妬みと嫉みと嫉妬って違う気がする
もし、藍子さんが洸祐さんに嫉妬をしていたとすれば、説明がつきそうじゃないですか?
レイが食堂で言ったことだ。
藍子が俺に嫉妬?そんなのはあり得ない。と言い返しそうになったけれど、状況と目的を考えればそれもあり得るのかもしれなかった。そのためには今俺が持っている藍子の人物像を書き直さなければならないだろうけれど。
自分の夢があるとして、あとからそれを志した人物の方が才能が有り、その夢をかなえてしまう。そんなときに生じる感情のようなものだろうか。
彼女が生徒会長になりたいというのに、そういったものにさして興味がなかった俺が生徒会副会長になってしまった。俺が藍子の立場なら、というかほとんどの人が藍子の立場なら――嫉妬の感情をもっていいのではないだろうか。
仕方がないことだと思う。
けれど、俺が一晩考えてもこの「嫉妬」という言葉にたどり着けなかったのは、藍子はすべて自分本位で、他人なんてどうでもいいと思っていると思っていたからだ。そういう人物であると、俺は認識していた。この十数年間。
「洸祐さんは藍子さんを過大評価しすぎなんですよ。たった数か月ご一緒させてもらっただけですが、藍子さんは言動とか考え以上に幼い方なんだと僕は理解してますよ。きっと僕らと変わらない。ただの高校一年生なんです」
レイは言った。
まるで自分の足場が瓦解するような感覚に襲われた。ずっと見てきたということが邪魔をして、彼女を誤解していたのかもしれない。時間ではなく、密度だった。
いつもは藍子がいる帰り道。
夏の香りがして、どこかで祭りでもやっているんじゃないかと思うほどにいい陽気だった。今日は一人だから、少し寂しいようにも感じられた。考え事をするならぴったりだ。
何が正しいのか。そんなのはわからない。彼女の心を分解して、覗き見ないことには。そんなことはできっこないから、その表面だけを見て、俺たちは自分勝手に判断をする。それの愚かしさを今日知った気がした。
もちろんレイの考察があっているとは言い切れないけれど、あの言葉、「よかった」という安堵の言葉の説明としては十分な気がした。潜在的な部分で、妙に納得してしまった。もしかしたら俺は見ないふりをしていただけかもしれない。
「悩んでいるね。洸祐君。それは紫吹藍子の事でかな?」
「……成都海先輩」
とぼとぼと俯き加減で歩いていた俺の前に四年生の先輩、成都海先輩がふらっと現れた。十字路の横の角からひょっこりと。もしかして、待ち伏せをしていたのだろうか。
「少し付き合ってくれないか。私はスターバックスの新作が飲みたいんだ」
「俺が付き合わなければならない理由は?」
少し苛立っていたのだと思う。長い髪を背中に流した先輩にではなく、俺自身の不甲斐なさに。語気が強まってしまった。でも先輩はそんなことに動じないらしく、
「もちろん、君の知りたいことを教えてあげよう。君の知らない、紫吹藍子という女についてね」
先輩は、俺の心を分解して覗き見たように、俺の知りたいこと、今一番欲しいものを言い当てるのだった。