喜べ男子!
「洸祐さんは藍子さんとどのような関係で?」
もうすっかりとこの部活になじんでしまったレイはどこから持ってきたのか、紅茶を啜りながら俺にそんなことを突然聞いてきた。もちろんここには彼女はいない。彼女は何やら用があるといってどこかに出かけてしまった。
「そんなの、ただの幼馴染だよ。あいつには昔から迷惑してんだ」
なんだか変な愚痴のようなものも一緒に吐きだしてしまった。ああ、奴がいなくて本当によかった。――いたらきっと殴られていただろうからな。
「そうなんですね。つまりは男女の関係にはどうあがいても発展しないと。そういうことですね?」
レイがそんなことを馬鹿真面目に聞いてくるものだから、俺は口をポカーンと開けてしまった。……なんだって俺とあいつが男女の関係?
「笑わせるな。そんなことにはならねえよ。あいつは―――」
と、これから先は危険だと俺の本能が言っていた。今俺はとても気持ちが悪いことを言おうとした。それはきっと、『気持ちが悪い男の言動』なんてアンケートを取ったならば、二位くらいには入ってきそうな言葉。「こいつ、妹みたいなもんだから」というやつだ。危なかった。
そんな、くだらないことを考えていると、レイは「ふふっ」と笑った。
「なんだよ」
「いえ。洸祐さんもそんな顔するんだなと思いまして。僕のイメージでは洸祐さんって、鉄の女ならぬ『鉄の男』って感じでしたから。いつもしかめっ面だし、かと思えば、藍子さんと一緒に居る時はとても楽しそうにしている。」
ほとんどの人はそういう風に思っていると思いますよ。
と後から意味深に付け加えられた指示語に俺は疑問を呈したくなったのだが、ここは抑えておこう。もしここで反論でもしようものならば、それは肯定しているのと同じということになってしまうだろうから。
「僕はそういうわかりやすい洸祐さんも好きですよ」
「も?」
変な助詞が入った気がしたので、俺は思わず声に出してしまった。
「そうです。僕は藍子さんのことが好きなんです。だからこの部活にも入ったんです。―――あれ、言ってませんでしたっけ?」
「な」
そう、俺の目の前に座る美男子は、何の躊躇も逡巡も無くそんな面はゆいことを言ってのけるのだった。
俺は絶対にそんなことは言わないけれどな。
「あ、でも僕の祖父が総理大臣なのは本当ですよ?でも、それはあくまで僕にとっては二次的なことです。僕は彼女とお近づきになりたかった。そのために自分のカードを切った。それだけの事です。」
俺の、お前もしかして――という疑惑の目に、レイは答えた。
「紫吹藍子さん。僕が初めて彼女を見たのは、入学式の時でしたね。そして、あとから話を聞いてみれば、『総理大臣になる』なんてことを、自己紹介の時に言って見せたらしいじゃないですか。僕はこの時、とてもクサい言葉になりますが、『運命だ』と思いましたよ。一目ぼれした女性が、僕と同じ夢を持っているなんてね」
「え?お前も、総理大臣になりたいの?」
「はい。でも今では彼女の補佐という役割の方が面白そうだと思ってます。なんだか、藍子さんってカリスマがあるような気がするんです。僕は昔からそういう政界の名だたる人たちとかとあってきましたからそういうのわかるんですよ」
まあ、確かにカリスマはあるのかもしれない。紫吹藍子という女には。
団地に住んでいないのに、団地のグループの中心人物となっていたこともあったし、学校なんかでは常に彼女の周りからは人が絶えなかった。
「でも、それなら学級委員とかもやってらしたんですか?藍子さんは」
「いや」
彼女は何故だか学級委員や生徒会長のようなわかりやすい役職にはついたことがついになかった。
もちろん人望の厚い彼女の事だから、推薦されることもあったのだが、彼女は毅然とした態度でそれを断り続けていた。
だから、高校生という時期にもなって、『総理大臣になる』なんてことを言ってのけ、今まさに部長という役職についているということは少し違和感を感じるところではあった。
違和感と言っても、彼女に対するではなく、結果に対する、であるが。
正直言って、彼女の行動原理とかは全くと言って変わっていないように思う。
ただ、結果が違う。
「なあ、袖ケ浦。その…藍子が好きっていうのは……」
「はい。もちろん異性としてですよ。まあ僕は藍子さんの性別が男であったとしても、同じ気持ちになっていたという自信がありますが」
……お、重い。
なんだかこいつは怖い。愛が重すぎる。
もしかするとこういうやつが将来的にストーカーになったりするのだろうか。なんて不謹慎なことを考えていると、部室のドアが勢いよく開いた。
否。それは開いたというよりは、破られたという方が正しいような乱暴な開け方だった。
「喜べ男子!我々の部活に、美少女が入ったぞ!」
藍子は鼻高々に声をあげる。その鼻は天井に上るかと思うくらいに伸びているように感じられた。
そして、その華奢な腕に抱えられていたのは―――小柄な女子生徒だった。