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少女ネイビーとシャングリラ  作者: オカダ倭
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間章 卒業しても遊びに誘えるくらいが友人

それから俺とケンジは、その「マル秘」ノートが見つからないように、理科実験室に隠すことにした。この学校はほとんど理系選択がいないので、この教室は使われることが少ない。二段になった大きな黒板の前、天板が黒くなっている大きな机。埃が被ったビーカーや壊れているのだろうか、ガスバーナーなどが押し込められた引き出しに、そのノートを隠した。

きちっとそのガラクタをどけて、二重底にして、その下にノートを忍ばせる。取り出すときのことを考えて、少し底板を小さくするとか、穴をあけておくとかそういうことはしなかった。こんなものは見つからない方がいいというケンジの判断だった。

「やけに手慣れてるな」

ほとんどケンジが材料をそろえてくれた。と言っても底板と白のペンキと刷毛くらいだったが。

「そりゃあ、俺はデスノートが好きだからな。こんなノートを隠す方法なんていくらでも考えたさ」

……よかった、こいつにあのノートが渡らなくて。

神様ナイス!と思ったが、確かあれは悪魔のノートなんだったっけ?

ケンジが本当に未来が見えるとするなら、こいつにだけは渡しちゃいけないな。絶対に。

「でも、未来が見えるってんなら、そんなこと心配しなくていいんじゃねえの?その日だけ他の友達に手渡すとかで対処できそうなものだけど」

「……そんなに便利なもんじゃねえんだなこれが。神様がいるってんならそいつの悪戯であった欲しいよ。俺が見たくない未来ばかり見せやがるんだ」

詳しい内容は聞けなかった。それほどにケンジは歯噛みするような顔をしていたからだ。

「俺は、大学に行く。私立の名門大学だ。そこに一般受験で、主席で合格するらしい。それで、皆名前を聞いたことがあるような金融関係の仕事に就くんだ。そして……」

そして、仕事が軌道に乗ってきて、給料も上がり始めた矢先の夏に、死ぬ。『エゴイスティックサマー』と呼ばれる災害によって。

彼は言わなかったけれど、そんな諦めにも似た言葉が続くであろうことは鈍感な俺でも分かった。高校からの仲ではあるけれど、それくらいはわかる。

「でも、俺の未来だけは見えないんだろ?そんなの不確定すぎる。しかもその未來、お前がその大学を受けなければ破綻する。本当なのか?その能力」

単純な疑問だった。だけど、ケンジは動じなかった。まるで、その質問も知っていたという風に。そして自分がどう答えるのかも。

「お前の未来が見えないことに関しては、きっと、お前が生徒会長だってことが起因している。そこだけは、イレギュラーなんだ。そこだけ、あらゆる能力が干渉されない。自発的には。だけど、俺の未来の周辺を見るとすれば、お前の少し先の未来くらいは見える。俺とお前が一緒に居る限りは」

「じゃあ、大学は離れ離れになるってことだな」

「そういうことになる」

月一くらいは会おうぜ。なんて未来のことを話すケンジだったけれど、そこには悲しみとか哀愁とか、未来への期待とかは一切感じられなかった。ただ淡々と、決定事項を話している、そんな風に見えた。

「――そして、俺がその大学を受けないなんてことは、絶対にないんだ」

「どうして?」

「それは――俺の親父が学校から金を積まれたんだ。俺には内緒にしているつもりだけどな。この学校でそこそこ頭の良い俺がその大学を受けて進学してくれれば、学校側としても箔がつくし、WINWINっていう寸法だ。奨学金をもらってる俺んちの足元を見た、汚い学校だぜ全く」

そこそこ頭がいいなんてこいつは謙遜しているが、確か一番とか二番とかそういうトップクラスの成績だったと思う。自分から言い出さないし自慢をしたがらないケンジだから本当のところはわからないけれど。もしかしたらトップクラスなんていうのもおこがましいくらい、トップかもしれない。

この学校、時々胡散臭いところがあったけれど、そんなことがあるなんて。俺みたいな凡人にはわからない世界かもしれない。

ケンジの家がそれほど裕福ではないということは知っていたし、聞いていた。ほとんどの生徒が学食で済ませる中、ケンジは自分で作ってきた弁当だったということも一因だ。俺は自分で弁当を作って来るなんて家庭的ですごいと感心したものだけど、ケンジは「こんなの冷食つめただけだ」と謙遜とも自嘲とも取れる言葉を吐いたのだ。俺はなんとなくそこで察した。

本当に、心底下らないことだと思ったけれど。

だって、友達だから。

「だから、俺の未来はズレない。消えない。無くならない。これはきっと確定された未来なんだ。だから、生徒会長であるお前にしか、頼めないんだ。この学校を、世界を救ってくれ。紫吹藍子という女から」

他人から理解されないものが自分にあるように、ケンジにも俺に理解できない、そして理解させてくれない部分というものがあるのだろう。

けれど、俺はそれを理解できないからと言って、蔑ろにはしたくない。理解しようとする姿勢。それを相手に見せるということが敬意というものだと思うからだ。

だから、蔑ろにしないように。踏みつけないように、接してきた。

時々の軽口だって、それの現れだったのかもしれない。

いつも俺が帰ろうとすると、ひょっこりと現れて、「帰ろう」と言ってくるケンジ。ああ、あれももしかしたら未来が見えるからこそのものだったのかもしれないな。

「それはできない。たとえ、お前の頼みだとしても。いや、お前の頼みだからこそだ」

俺ははっきりと言い放った。いつになく真剣な口調で。多分初めてこんなケンジを見つめたと思う。それくらい、この言葉が伝わるように、真剣だった。

「どうして……」

俺は、世界70億人を敵に回すのかもしれない。

「世界を守る?そんなの願い下げだ。主語デカくしてんじゃねえよ、ケンジ。別に俺は世界なんてどうでもいい。心底下らないと思う」

ケンジは俺の方を見つめる。ようやっと、心が向かい合った気がする。

「本当の事は言ってやらない。それはお前が自分で言葉にするべきだからだ。だけどな、俺は世界なんかよりも、目の前の友達の方が大切で、重要だと、信じてる」

ケンジは、めったに笑わない。笑ったとしても、愛想笑いとか、その程度。けど、うれしいときの笑いってのは、結構大きいものだな、と俺は目の前のケンジを見て感心してしまった。お前笑ってた方がきっとモテるぞ。

「じゃあ、言い直すよ。親友。――俺は死にたくない。だから、俺のために、お前と友人で居続けるために、紫吹藍子を止めてくれ」

「もちろんだ」

実は俺とケンジは、学校の外で遊んだことが一度もない。学校内での友達という感じなのだ。みんなもいるだろう?そういう友達。

部活が一緒だったけれど、部活をやめた瞬間に話さなくなル様な関係性ってやつだな。

この制服に身を包んでいるときだけの関係性。

もしこの制服を押し入れにしまう時が来たら、破綻するような弱くて脆い関係。

ケンジが大学の話をしたからかもしれない。あと、忘れてたけれど、俺も受験生だからかもしれない。

とにかく、未来に思いをはせたとき、ケンジと一緒に居れないというのは嫌だった。


俺とケンジは拳を合わせる。

今度、バーベキューでもしようか。なんて思いながら。

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