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少女ネイビーとシャングリラ  作者: オカダ倭
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間章 妄想は未来とは違っている

この話は、私こと成都海が高校三年生だった時の話だ。

今や四年生として高校生活を送っている私だけれど、この時はまさか私が、生徒会長であった私が留年まがいのことをして、大事な仲間たちと卒業できないなんてことは思ってもいなかった。

例えば、君は、夜寝て、朝起きたらイグアナになっているかもしれないなんて思わないように。私は微塵も、そんなことを思っていなかったんだ。本当に、頭をガンと殴られたような気分になったものだよ。

今は卒業して、そして都内の超有名私立大学に進学した私の親友、ケンジは私と一緒に生徒会を率いてくれていた。私が会長で彼が副会長という風にね。他には、今や私の後を継ぎ、しっかりと頑張ってくれている鶴ヶ島君も書記にいたし、総務として杠葉ちゃんもいたよ。

そんなことは置いておいて。

これはある一件の話。

私が、まだ「私」になる前の話。


「カイ。この資料はどこに置いておけばいい」

「あー適当にその辺に置いておいてくれ。俺が何とかしておくから」

「……しっかりしてくれよ、生徒会長。ここにまとめておくからな。手伝うことがあったら言えよ。お前は部活もやっていて大変なんだから」

「ありがとう、ケンジ。まあ、ぼちぼち頑張るさ」

ケンジは、俺の親友とでも呼ぶべき男だ。彼はイケメンだと俺は思うのだが、それは男目線からの話であるらしく、男受けするイケメンということらしかった。浅黒い肌に、程よく筋肉がついた全身、そしてきりっとした眉に白い歯。そんな感じの爽やかな青年がケンジだ。彼女はできたことがないらしい。

もっとやんちゃして良そうな見た目なのに、彼はクソがつくほどにまじめで、いつだって成績を上位でキープしている。大学に行ったら死ぬほどモテそうだなこいつ。

「そういやカイ。それ、髪伸ばしてんのか? あんまり長いと他の生徒に示しがつかなくなるから、言われる前に切っておけよ」

「だな。にしても最近伸びるのは早くて。美容室に行ったの二週間前とかなんだぜ?」

「そりゃ金がかかってしょうがないな」

「だろ。金くれ」

「いやだ。俺はそういうところきちんとしているんだ。」

こういう、生真面目なところが、とてもかっこいいと、俺は思うのだった。


その翌日に、抜き打ちで整髪の検査があった。

生徒会主催のものではないのでもちろんその他大勢の生徒と同じように整髪の検査を受ける。襟足は襟にかからないか、耳に髪がかかっていないか、前髪は……というようなどこにでもあるが、よく意味は分からないものだ。

よくある言説に、爽やかさが、だとか、事件に、などがあるが、とするならば、それは高校生であるから起こることなのかは議論の余地がありそうだ。大人になったならば、これの意味を理解できたりするのだろうか。

と、一組から順に始まっていき、ようやっと四組の番が来た。

短髪のケンジはよく見られることもなく素通りのような形で生活指導の先生の横を抜けていく。他の生徒も同じように素通りで抜けていく。

俺の番が来た。先生が止まった。手持ちのクリップボードに何やら赤色で何かを書き込んでいるようだった。

「成都君。これは少し長すぎるんじゃないかね。襟どころか背中まで髪が伸びているよ。後日再チェックだ。わかったな」

と、加齢臭が始まってきたバーコードの先生が煩わしそうに言う。


教室に戻ると、ケンジが「ほらな」という風に俺の方をみてくる。こんなことは言いたくないが、もしかすると彼は今日の検査を知っていたのかもしれない。何かしらの暗躍をして。

「というか、本当に髪が伸びるのが早いな。なんかそういう病気とかじゃないのか?」

「病気なら、それの方がいいのかもな。……なんだか不思議、というか奇妙だと思うよ。昨日からたった一日で、髪が三センチも伸びるなんてな」

なんて冗談交じりに、俺とケンジが話していると、一限の授業が始まるチャイムが鳴った。


正直に言って、俺は言葉以上に、見た目以上に焦っていたように思う。だっていきなり髪が長くなるんだぜ?生まれてこの方、耳に髪がかかったことがないような男が、背中まで髪を伸ばすことができると思うだろうか。中途半端な長さの時の、目にささる感じだとか、後ろ髪が風にたなびいて顔に当たってしまうような煩わしさを、耐えられるとは思えない。

とすると、ここでこの奇妙さに答えを無理やりつけるとすれば、それは俺だけ時間が飛んでいるということにならないだろうか。ひいては俺の髪だけが。

「なーんて、な」

と一人の帰り道で一人ごつ。

そんな空想に浸ってしまうのは、俺の悪い癖かもしれない。世界が自分の想い通りになってしまえばこの世界は楽しいんじゃないか、なんてことを考えてしまう、幼稚な俺の悪い癖だ。

昔から、空想に逃げてきた節がある。

何でもうまくいってしまう、と言うと、嫌味らしく聞こえてしまうだろうが、ここはひとつ許してくれ。

そうやって、要領よくやってきた俺だから、つまらない、と感じることが多かった。

肩透かし、暖簾に腕押し、糠に釘。

そんな風に、やりがい、だとか、熱中というものをしてみたくて、どんなこところにでも困難と話の起伏を持たせるためのイベントがある、そんな空想の世界に浸るのが好きだった。

自分にはない何かを埋め合わせられる気がして。


奇妙さ、不思議さなんて、俺が求めていたことじゃないか。

俺はこの長くなった髪に少しだけ顔がほころんだ。

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