一番が自分のものだけではなかった時の気持ちと似ている
次の日。
学校に到着した俺は、ある違和感を抱いていた。
別段、気にすることでもないと思うほどの他愛のない日常の一コマなのだが、一応話しておくことにしようと思う。
あれほどに『変人』扱いされてきた藍子。そりゃあ「総理大臣になる」なんて豪語してのける女子高生、そして「総理大臣部」なんて部活を率いている彼女の事だ。変人扱いされても可笑しいことは何一つないだろう。
そんな彼女。
俺の幼馴染であるところの紫吹藍子。
彼女の周りには、たくさんの人間がいたのだ。
「あの一件大丈夫だったの?」「学校に来てくれてうれしい」「洸祐君とはどういう関係なの?」「袖ケ浦君とは……?」「あのちっこい子は妹さん?」
そんな感じに彼女の周りには人だかりができており、これではほとんど変人扱いどころか、人気者扱いと言った方がいいくらいまでになっていた。
「おい、藍子………」
と人混みをかき分け、藍子の元に行こうとして声が届かない。人混みにはじき出されるようにして、俺は藍子から離れなければならなかった。
「どうなってんだこれは……」
何が起きたのか俺には全くわからない。そうして、俺が頭を抱えていると、廊下の方から聞き慣れたきざな男の声が聞こえてくる。
俺はクラスの友達だろうか、レイと話している女の子をそっちのけで、情けない言葉を吐いた。
「助けてくれ、レイ」
彼は「いいですよもちろん」と快諾してくれ、割り込むように話しかけたにも関わらず、隣の女の子も同じように快諾してくれた。後で聞いたところ、道案内をしていたらしい。転校生なんだとか。
転校生なんて甘美な響き、いつもの俺ならばきっと飛びついてただろうが、今日は事がことである。それどころではなかった。
「そんなに訝しい事なんでしょうかね」
と俺の前でカレーを頬張るレイはいう。
「藍子さんは綺麗ですし、人見知りもしませんし、というかとっても社交的な方じゃないですか。とは言っても浩介さんの方が藍子さんについては知っていると思うのでこれくらいにしておきますが。とどのつまり、僕は何もおかしいことではないと思いますよ。きっかけさえあればそうして有名人になれるような人物だと、藍子さんのことを僕は認識していましたよ」
──それについては俺の同感な部分はある。
確かに藍子は美人だと思う。ほとんどの時間を彼女と過ごしているということもあり、忘れがちになるのだが、彼女はこの町では一番と言っていいほどの美人だと思う。これは幼馴染馬鹿なのだろうか。
そして、その社交性も、光るものがあると思う。
総理大臣になりたい。という彼女だ、それはもちろん世渡り上手であるということは間違いないと思う。学校の先生にも気に入られるような生徒を演じるのが上手い。
でも、高校一年生にして、「総理大臣になりたい」だなんて大っぴらに、堂々と、一点の曇りもない瞳で、初めの自己紹介に言えるような人間だぜ?幼馴染じゃないなら俺は自発的に彼女にか代わっていたとは思えない。
この学校という社会。中学までの九年間。もしかしたら俺が認識していないだけで幼稚園の頃からあったのかも知れないが、彼女はマイノリティの一途を辿っていたはずだ。
そんな彼女が、一夜にして人気者になるなんてことがあっていいのだろうか。
「──洸祐さんはもしかすると、嬉しいんじゃないでしょうか」
話を聞く限り、そう思いました。とレイは知ったようなことをいう。この言葉に俺は少しだけ胸のわだかまりを覚えた。
「いつも真っ直ぐで、それだからこそ曲げられそうになっている藍子さんのことを洸祐さんは気にかけていたんですよ。素直じゃない洸祐さんのことだ、きっとそんな事思ってないって思ってるんでしょうけれど。最近は僕も嫉妬するくらいに、二人はお似合いというか、以心伝心という感じがして、とても好ましいです」
なんて、レイは恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言ってのける。
俺が嬉しいと思っている。
うまくいえないが、そんな感じなのかも知れない。
「嬉しい時は嬉しいといえば良かろう」
とわって入ってくる声、恋先輩が唐揚げを片手にレイの隣に座って座る。
「第一印象なんて、話してみれば取るに足らないものだったと思うものじゃよ。わしはお主らよりも多い人と会ってきたからわかる。わしは藍子は嗚呼やってちやほやされてもいい人間だと、先日話してみて思ったよ。第一印象は最悪だったが……」
なーんて、二人の話を聞いても、どこかうわの空に見えないように、俺は熱心に聞くふりをしていた。二人の言葉はほとんど入ってこなかった。ただ、胸に沸いた、そして今も湧き出てくる疑問符だけが俺の心を支配していたからだ。