君とか少年って呼ばれたい
青いどろっとしたヘドロのようなものを踏みつけるたびに、「ひえ」という情けない声を出している小さい先輩や、「何これ」と得体の知れない生物を興味津々に見つめている俺の幼馴染などなど。そして俺の隣にいるキザ男は、黙々と作業をこなしていた。こいつは坊ちゃん気質かと思えば、意外とこういう事は真面目にやったりするんだよな…。やっぱりいいやつすぎて、いけ好かない。別に嫌いということではないが。
かく言う俺もなんだかんだ文句を言いながらも仕事はやるタイプなので、サボっている幼馴染と小さい先輩そっちの気で黙々と作業を進めていた。
「少年は、ああやって遊ばないのか?」
生徒のことを少年というのは先生の癖なのだろうか。先生も俺と同じように、というか先生だからなのかも知れないが、黙々と作業をしていた。
流石に悩殺ボディーを見せびらかすのに羞恥心を感じたのか、またもやシャツを上から羽織っていた。残念な気持と、ありがたいという気持ちが背反する。
「俺は家が好きなんで。早く終わらせて早く帰るために頑張ります」
「なんだ。可愛くないなあ」
短い会話を何度かしているうちに、プールの3分の1が綺麗になりつつあった。
対して、幼馴染と小さい先輩とレイのグループはといえば、まあ、ある程度は進んだんじゃない?と言うくらいだった。うん。ほとんど進んでいない。
「先生は、どうして先生になろうと思ったんですか?」
別に、なんでもよかったんだと思う。口を誤魔化すためになんとなく考えもせずに発した言葉だった。もしかすると、この質問は「先生はこんなに先生に向いてないのに、どうして」という文言にとられても仕方がないような、人間に向かって、「どうして人間なんですか」と尋ねるような質問かも知れなかったのに。
「いきなりだね、少年。──私にはこれしかなかったとか、子供の成長と共に自分も成長したいとか、青春を取り戻したいとか、勉強が好きだからとか、そう言うことではないんだろう? 少年はそういう『定型句』みたいなの嫌いそうだしな」
一見すると、これも先生は先生で、ほとんど初対面の人物にこんな決めつけにも似たようなことをすると言うことは失礼なことのようにも思えたけれど、これは実際に的を射ている言葉だったと思う。
俺が常々考えている事は、生存者バイアスとか、そう言うことだ。もしかしたら自分の考えなんてものは穿ったものなのかも知れないとかそういう。
「そういう答えを受け付けないとするなら。私は一つだけ答えを持っている。少し問題発言なのかも知れないけれど、どうかプール掃除のよしみと思って他言は無用で頼みたいんだが…」
「わかりました」
先生はモップの動きを止めて、その上に顎を乗せながら、言った。
「君のような少年に出会うため。っていう感じかな」