藍子は消しゴムを使い切るタイプ
「デート?」
俺の辞書にそんな言葉は存在していないので、俺は聞き返すように言葉を繰り返してしまった。
存在していないはずなのに、きちんと反応できてしまうのはおかしい?そこ、そういうこと言わない。
別に特筆すべきことでもなかったから、俺の容姿については何も言及がなかったが、之といった特徴もない、平凡な男、それが俺、降谷洸祐という男である。身長も平均身長くらいだし、顔だって整っていないとは言わないけれど、特別整っているかどうかと言われれば、皆が反応困るようなそんな微妙なラインだ。
そして、何よりも、俺の辞書に「デート」という言葉がないのは、深刻な理由がある。
それは。
「そう。デートよ。洸祐はデートとかしたこと無いでしょ?だから、私が初デート奪ってあげるわよ」
感謝しなさい。と胸を張る藍子。
そう。
原因はこの女である。
俺と藍子が幼馴染なのは、周知の事実と思うので、あえて書くことはしないが、この幼馴染という言葉だって曖昧なものである。
ただ単に近所に住んでいる程度なのか、それとも、四六時中一緒に居るのか、それとも、時々顔を合わせ話をする程度なのか。こんなにも差がある。
かくいう俺と藍子はどの幼馴染に属するのかと言われれば、俺はこう答えるしかない。
家族くらい。
と。
俺の家族は、父と母と、妹。俺に藍子が加わったようなものだ。
家族ぐるみ、という言葉に嘘はないのだけれど、藍子の家族、つまりは紫吹家の両親とも同じように四六時中一緒に居るかと言われればそうではない。
共働きである藍子の両親だから、俺の家に預けることが多かったのだ。
そうなると、必然と言っていいほどに、俺と藍子は同じ空間にいなければならない。
そんな多くの時間をともにした幼馴染と、デートだって?
俺は言葉を失わずに入られなかった。
「今日は……もう時間がないから、明日ってことにするわ。明日十時に、駅前に集合ね。持ち物は水着とやる気と着替え。後、洸祐はお金も持ってきてね。私にアイスを恵みなさい!」
時計を確認する。
もう時間は夜の十時を指し示していたので仕方がないといえば仕方がないが、何もそんな急に……。こっちにも準備ってものがあるのをだな……。
「何言ってるのよ。準備と言っても心の、だけでしょう?」
伊達に十数年いっしょにいないぜ。
よくわかってやがる。俺のことを。特に約束をしっかりとしなければ、俺が絶対に遅刻するってこともない。
「じゃあ、そういうことだから」
と、机の上に並んでいた勉強道具を整え、帰り支度を済ませていた藍子。
「あ、おい」
じゃまた明日。と言って出て行ってしまった。
何もかも見透かされているってのは、一見すると以心伝心みたいで、理想の関係と取られがちになるのだが、それをやってのけてしまうような幼馴染を持っている俺からすると、「それは面倒だ」という意見しかない。
逆に言えば、プライベートがないということになるし、そして、何でも知っているということは何も知らないということにほかならないからだ。
と言って、文章をこねくり回すのはよそうか。
単純に言えば、それは、「わからない部分もたまにある」ということだ。
ひいては、自分が思っている相手の感情はあくまで「自分が考える相手の感情」なのであって、それは主観と何ら変わらないということでもある。
だけど、小学校という義務教育の過程から「他人の気持ちになって」という教育を受けてきた俺たちは、その自分の想像した相手の感情を主観だと判別することなく、これは客観的なものだと誤認してしまう。
だから、自分の思った通りではない人間は、自分とはそりが合わない人物だとして、切り捨ててしまう。しまえる。
こう考えると、今俺が仲良くしている人間というのは、あくまで俺の主観が適応される人物であり、俺の想像を超えない人物ということにならないだろうか。
―――ならないだろうか。
―――ならないだろうな。
だってこんなにも、仲がいいのにもかかわらず、意味不明という四字熟語がにあう人物を俺は知っているのだから。
紫吹藍子。
もし家が隣ではなかったら、こんな関係に放っていなかったであろう女。
俺はまたこいつに振り回されることになるのか。
望む所だぜ。全く。
あ、ちなみに言い忘れていたけれど。
消しゴム忘れてるぜ、藍子。