何事も傾向と対策
次の日。
俺は藍子の家に来ていた。
「別に二日やそこら休んだところで勉強に支障なんて出はずがないだろ……」
「あんたは学年でも指折りの馬鹿だからそんな悠長なこと言ってられるのよ。学年一位を取らなければならない私は授業の一秒だって聞き逃せないのよ。――中学と違って、授業進度も早いし……」
前者に対してはまだしも、後者の意見については賛成したい。なんだか授業進度は中学のころと違って体感三倍速くらいになったイメージだ。
「でも、やっていることは教科書の内容だろ? 別に授業を聞かなくたって、藍子くらい頭が良ければ、教科書で補えるんじゃないのか?」
と、言いつつ、俺は麦茶を飲む。
なんだか嫌味っぽくなったような気もするが、これは俺にとっての本心というか、かねがね思っていた、持っていた疑問だった。
「はあ。あんたが、勉強は得意でも学校のテストが苦手な理由はまさにそこね」
と、麦茶のお代わりを催促する藍子。ため息が大きいぞ。幸せが逃げる。
「学校の定期テストは学期とか学年にもよるけれど、九教科以上勉強しなければならない場合もあるのよ?それをいちいち一から勉強していたんじゃ時間がいくらあっても足りないわ。だから、先生の授業を聞いて、出る問題を予測するの。そしてそれを完璧に解けるようにして、それから教科書に戻ってくる。これが私の必勝法よ。」
――と語ってくれた藍子だけれど、俺はどうでもよかった。
「どうでもよかった、じゃないわよ」
流石幼馴染。心の中までも読めるなんて。
「ところで、副生徒会長さんはそんな成績で大丈夫なのかしら。私だったら、学年でもトップを争う馬鹿な人間に、生徒会なんて言う生徒の規範となるような役職にはついてもらいたいとは思わないけれどね」
辛らつだなあ。
それについては俺も同意だが。実力の伴っていない役職ほど見苦しいものはない。服に着られている、というか、役不足だ。ん…?力不足というのが正しいんだっけ?俺は馬鹿なのでわからない。
「でも、俺は勉強はしばらくお預けかな。受験勉強から逃れたと思ったら、すぐに大学受験が待ち受けているなんて、想像もしたくないぜ。世知辛い学歴社会だな」
「あらそう?私はこんなに簡単な作業でしかない『お勉強』で地位が確立される世の中でよかったと思うわよ。単純明快でいいじゃない。しかも、この学校なら、ある程度勉強ができていれば、先生方にとやかく言われる筋合いもないしね」
筋合いはあると思うのだが……。
まあそんな言葉の上げ足取りは置いておいて。
「じゃあお前は『総理大臣部』を確立させるために、名誉を挽回するではなくとも、名誉を維持するために勉強を頑張っているのか? それこそ、順位の特権を使って」
学年三位だったか、いやそれはレイだったな。あれ、こいつって何位なんだっけ?あまり聞いたことがなかったな。というか学年ビリを争っている俺からすれば、文字通り雲の上の存在なわけで、考える余地刷らないのだ。張り出される学年順位も、上位50番目までらしいし。もちろん俺は載っていないから。
「まあそうね。発言力を得るためにはまずは実績が必要ということね」
と、彼女は一枚の短冊くらいの紙切れを見せてきた。
これは俺も見覚えがある、一学期中間テストの個票だ。
なんだか順位欄がとてもすっきりとして見えるような気がする……。もしかして俺の個票とはフォントが違うのか?
「そんなわけないじゃない。ただ数字が小さいだけよ」
そうやって現実逃避をする暇さえ与えられないとは、実に手厳しいものだ。
そして、一番端の学年順位の欄を見れば
「お前が主席とか、世も末だな」
そう。ほとんどの順位欄には「1」という数字が丁寧に刻まれていた。
昔から、藍子の一番好きな数字だ。
「脱線脱線。とんだ暴走列車ね。で、結局その『果たし状』とやらは受けることにしたのね?月曜日の午後六時。校庭集合のいかにも怪しい呼び出しに」
ああ。そうだとも。
というか、このプチ勉強会を開いたのはこの話を藍子に相談するためだったのに俺としたことがすっかりと忘れていた。是も学年三位なせる技なのかもしれない。
「何が目的なのかしらね……。杠葉先輩から何か聞いていないの?あの小さい先輩確か生徒会の会計じゃなかったかしら」
「聞いたと言えば聞いたんだけど、俺にはちょっとわからなくてな。というか先輩も目的とかはわかっていないっぽかった。なんでも、生徒会ってそんなに仲がいいものではないらしい。自分の仕事に手いっぱいというか、他人と関わるのは業務連絡くらいなんだと」
「なんだかそれは、健全とは言い難いわね。まあ、仕方ないことなのかもしれないけれど」
「仕方ないって?」
「ほとんどが三年生が主体になっているでしょ?今の生徒会って。だから、受験勉強とか、推薦入試とかのことで頭がいっぱいなのかもしれないって話。こんな私立学校の進学校なら、有名大学に行かなければならないって親にしつけられている人も、ザラにいそうだしね。――それ以外の大学を見下すようにして」
「学歴社会の闇だな」
「そうね」
ちょっと勉強の話はもうやめにしないか?
俺のメンタルが削られていく。
この学校は進学校なのだから、俺も中学の頃はそこそこの成績を収めていたはずなのに、生徒会の関係や、何を隠そうこの目の前の紫吹藍子という幼馴染に『総理大臣部』なんて言う部活動に参加させられていたせいで、学年ビリという結果を突きつけられる羽目になったのだ。
いや、こうして被害者のようにふるまうのは俺としても不本意だ。やめておこう。あくまでほとんど同じような状況で生活してきた藍子が一位という結果を修めている前でそんな恥ずかしいことはできそうにもない。
「でも、先輩は会長のことを『川越』と呼び捨てにしたのよね? じゃあ、結構仲が良かったんじゃないの?」
何がでもなのかはよくわからなかったが、置いておくとして。
確かにそれは盲点だったというか、日常的に人を呼び捨てにする癖のある俺としては、気にも留めない事柄だった。名前は名前であって、別に恥ずかしいとかはないと思うのだが……。これはきっとマイノリティなんだろうな。この国では。
「じゃあ、明日はデートするわよ」
唐突。