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少女ネイビーとシャングリラ  作者: オカダ倭
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頭のおかしい女

「私は紫吹藍子。私の夢は、総理大臣になることです」

俺の隣の彼女はそんなことを言ってのけた。彼女と言っても俺とこいつは付き合っているというわけでは全くない。完全否定だ。

教室がどよよとざわついていく。少しだった揺らぎは教室全体を包んでいくことになる。「え?」「聞き間違い?」「なんだよ天然ちゃんかよ」「天然とか無理だわ」そんな声が聞こえる。

教室内には数人、まるでその波の防波堤のように動じない生徒たちが数人いた。

彼らは俺と藍子と同じ中学校であり、中には小学校から同じだというやつだっている。

だからこそ――俺たちは彼女のこんな言動に慣れている。こんな言葉、慣れない方がいいってものだとは思うが。いや、俺以外の彼ら彼女らは、もう聞き飽きているのだろう。だからこそ、彼女の言葉を聞いても微動だにしない。鍛えられ方が違う。面構えも。

「あ、ありがとうございます~」

なんて担任は気まずそうに拍手を促す。藍子の言動に唖然としていた彼らも、同じように同調して拍手を始める。ぱちぱちぱち。と拍手は教室を飽和させる。

ガララと椅子を引いて席に座る藍子。

彼女は俺のことをみて恥ずかしそうに俯くとか、頬を赤らめるとか、耳が燃えているとかそういったことは全くなかった。

ただただ、この日常がつまらない。

そんな風にして、頬杖をついて、空を眺めるのだった。


「なあ藍子。いつまでそんなこと言ってるつもりだよ。俺たちもう高校生だぜ?」

帰り道はいつも一緒だった。特に示しあ合わせたわけでもないのだが、家が隣ということで嫌でも一緒に帰らなければならない。目の前にいたり、後ろにいたりするのに、距離を取って気まずい調子でいる方が気持ちが悪いとなんとなく暗黙の了解的に一緒に帰っている節がある。

俺は別にいやではないし、俺は藍子のことが『友人』として好きだから楽しいとさえ思う。彼女がどう思っているのかは全くと言っていいほどに知る由もないが。

「うるさい。何にもできないクズ洸祐の癖に話しかけないで」

前言撤回。

俺、こいつのこと嫌いだわ。うん。

そして、こいつも俺のこと嫌いだわ。

なんてやり取りはしょっちゅうあるもんだから、さすがの俺もこの日常に慣れてきた感はある。だけど、先生、俺こいつのこと許せそうにないです………!

まあでも実際正鵠を射た発言ではある。

何もできないと揶揄された俺ではあるが、その言葉通りに何もできない。

別に日常生活を送るくらいだったらできるさ。もちろんとは言わないけれど。

でも、学生という身分である以上、運動と勉強ができないということは、何のとりえもないと十分に言えるだろうし、学校という社会では必須スキルとなっているであろうコミュニケーション能力だって平均以下だと思う。

それに対して彼女は、勉強は学年トップレベル。運動も得意で、アーチェリーの大会では負けたことが数えるくらいという才女である。

そして何より、美人だ。

きりっと整った目尻、それなりに通った鼻筋。髪は肩まであって、髪型はコロコロ変わる。

そんななんでもござれな紫吹藍子という女。

俺とは正反対と言っていいだろう。

「お前は黙ってれば美人なんだから、いつもそうやって黙ってればいいのに。むすっとした顔もかわいいぞ」

からかうように俺が言うと

「しね」

と一言だけ帰ってくる。


これはいつもの帰り道。

彼女の反応はどんな感じなのかって?正確に描写しろ?

おいおい、そんなピリピリすんなって。カルシウムとれよ。

まあ、ちょっとだけ正確に描写するとするなら。

赤いような気がした。とだけ言っておくとするよ。



その日の夜。

窓に何かコツンと当たったような音がした。

俺は窓を開ける。

「なんだよこんな時間に」

隣の家は藍子の家だ。そして、俺の部屋の窓は藍子の部屋の向かいにある。何かと用があれば彼女はよくカラーボールを窓に当ててくる。携帯で連絡すればいいのにと何度も言っているのだが、彼女は一向に連絡をよこそうとしない。

「ギターうるさい」

「ああ」

俺は言われるがまま、次の曲を弾き始める。

「うるさいって言ってるでしょ」

「何がいい?」

月明りが俺たちの間には差し込んでいる。

「あれ」

「わかった。あれな」

といって弾き始めるのは、Carpentersの『Close to you』だ。正直世代ではないのだけれど、彼女がこうして窓を叩く夜はこれを弾くのが通例となっている。

「うまくなったじゃん」

「まあな」

今日みたいなことがあった日は、必ずと言っていいほど窓が叩かれる。

慣れっていうのは怖いものだと、彼女を見ていつも思う。

慣れているからという言葉一つで、心がすぐにすり減ってしまうこともあるだろうから。だから俺は、ギターを弾くのだ。

「まだ頑張るのか?」

俺の言葉はとても曖昧で取るに足らないことだと思ったが、彼女には伝わっているらしい。いや、彼女はこんな言葉を幾度となく聞いてきたのだろう。

例えば仲が良かった女友達から。例えば進路希望調査を渡してきた担任から。そして何より、学校でのことを訊きつけてきた両親から。

遠回しに自分の軸を否定されるのは、まるで拷問だなと、思ってしまう。

「――私は、総理大臣になる。そして、戦争も貧困も環境汚染だって無くして見せる。」

夢物語。

妄想。

机上の空論。

いくらでも彼女の高すぎる理想を揶揄する言葉は出てきそうなものだ。

こんな時、俺が彼女を信じて、補佐でも出来たらいいと思ったんだけど、生憎俺は何もできないクズなもんで、蚊帳の外だ。

いつか彼女は言っていた。

『誰か、世界単位の共通の敵となる個人、もしくは共同体があれば、世界は一つに成れる。だから私はその一つに成るの。ならなくてはならない』

でも彼女は、まだそんな強大なモノにはなれそうにない。

箸にも棒にもかからない。

歯牙にもかけられていない。

世界からは取るに足らない存在として認識されている。

「だからね、私は仲間を集めようと思う。」

一人じゃ皆はついてこないみたいだから。と彼女は一人呟いたのを俺は聞き逃さなかった。俺は地獄耳だからな。

「具体的には?」

曲もそろそろ終盤というところ。

春の夜はまだ肌寒い。這入ってくる風が冷たい。

「明日、学校で」

彼女はそう言うと、窓をぴしゃりと閉めた。

最後の一ストロークを終えて、部屋には余韻が響いていた。

俺は

「やっとかよ」

と少しうれしそうな表情をしていたに違いない。

いや、藍子には絶対に言うなよ?

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