推薦書とポカポカ
「へえ。そんなことがあったのね。私、全くと言っていいほどに気づかなかったわ。なんだか嫌な夢を見た気がしたけれど」
帰り道。
なんだかどっと疲れが襲ってくるような気分に襲われる。――今日はちょっと張り切りすぎたかな。
まだまだ夏は愚か、梅雨にだって入っていないというのに、日中の暑さがしっかりと残った、そんな夕方だった。
「まあ、お前はそれでいいのかもしれないな」
闇に鈍いというか、それとも無意識的に闇を見ることができないとでも言うのか。
彼女はいつだって、嘘みたいに一貫しているのだ。
よく言えば一貫している。悪く言えば――変化がない。
「なんだか、知らないうちに学校が終わってて、そして知らない間に保健室にいて、気が付いたら放課後になっていて……。ってなんか私とっても怠惰な学生みたいになってない……?」
「大丈夫だ。なってないから。お前は不慮の事故に巻き込まれた、それだけなんだよ。」
「………?」
何言ってんだこいつ。きちんと説明しろよ。という視線を感じてはいるが、まあいい。俺はもとから伝える気なんてさらさらないんだ。
言っても伝わる話ではないのだろうしな。こいつみたいな優等生には。
「そういえば、忘れてない?私が生徒会長になりたいってこと。今日という日をまるで無駄にした私が言うのも少し変だけれど、なんか今日は進展はあったのかしら?我が秘書。」
眼鏡なんてかけていないのに、心の眼鏡をくいっとあげる動作が見えた気がした。
得意げに、胸をそらすように、彼女は俺に言った。
それほど大きくもない……なんてことは言ったら殺されるのでやめておこう。何がとは言わんが。
「成果。こんなもので成果と言えるならば、これは成果になるだろうよ。」
ほい。と俺は一枚の紙を手渡した。
「推薦書…?第58回生徒会……副生徒会長に降谷洸祐を推薦する……?」
そう。
俺はあの生徒会長であった成都海先輩から、この一枚の紙を手渡されていた。こんな紙切れ一枚で決まってしまうような成都海というのはいささか気持ちが悪い気がする。
これだけで俺が生徒会副生徒会長になることは決してないのだが。だが、あの生徒会長が自ら推薦人を担ってくれるというのだから、ほとんど確実と言っていいだろう。こんな競走馬がいたとするならば自ら立候補する人もいないだろうから。
「何よ!洸祐すごいじゃない!おめでとう!」
と、藍子は目を輝かせながら俺の偉業?をきちんとほめてくれた。
――なんてことは全くなかった。
実際はこうだった。
「何よ。私が生徒会長になりたいのよ?洸祐が仮にも生徒会副会長になるなんて私は求めていないのよ。これじゃあ、洸祐が私の推薦人になれないじゃない……!」
と怒りをあらわにするのだった。ぽかぽかと殴ってくる。
「まあまあ。落ち着いて。お嬢さん。俺は副生徒会長になんてなるつもりはないからさ。そんな面倒なことやってられるかってんだよ」
正直な所、これが本心であった。
ただでさえ、この幼馴染の世話で手いっぱいだというのに、他仕事を増やしてどうすんだ、ということだ。オーバーワーク。死んでしまいます。
藍子は小さく、安堵したように「そう」と納得したようだったが、煮え切らない思いがあることも確かなようだった。
自分がなりたいものは、他人にとっては取るに足らないものだと知ったときに感じる、虚脱感の様なものだろうか。それは少し悪いことをした。「ごめんな」と小さく漏らしたけれど、それは果たして届いたのか。俺にはわからない。
「ところで、私、ずっと気になっていたことがあったのよ。あの生徒会長、の髪の長い先輩の事なんだけれど」
「おう」
「どうして私達と同じネクタイの色なのかしらね」
ずっと疑問だったのよ。と付け加える彼女。
でも、優等生で頭もいいお前ならすぐにわかることだとは思うぞ。
答えはいつだって単純なのだ。