君が欲しい
紫吹藍子がいた。
と言ってもそれは生徒会長と一緒に居たわけではない。どちらかと言えば、藍子が生徒会長に弄ばれている。という風な様相だった。
なんだかきれいに縄で簀巻きにされて、つるし上げられている。
良かった。なんだかいやらしい巻き方ではなくて。
――そんなこと誰も思っていないだろうが。
それよりも、この刺激臭を……。
「ああ。これね。少々この小娘を眠らせるために使わしてもらったよ。本当はこんなことをしてしまったら犯罪になるんだけれどね………まあいいでしょ。私だし。」
生徒会長だし。
と得意げに薬品の入ったビーカーをうっとりとした表情で眺める。
「…………藍子は……大丈夫なのか……」
刺激臭がとてもきつく、息をするのもしんどいくらいだった。
だが、そんなことよりも。
「あんたはどうして藍子を……」
簀巻きの状態で吊り下げられている藍子。意識を失っているらしい。
「――そんなの簡単じゃない」
成都海先輩は滔々と話し始める。
「と、その前に」
先輩は縄を切り、藍子を抱きかかえる。
そして――俺の方にひょいと投げた。
「―――もう目的は達成しているからね。こんな小娘はどうでもいいってことさ。それ、君の大切な人なんでしょ。返すよ。人から取ったものは返さなきゃいけないもんね。常識常識。」
このくらい理科実験室。「ああ、これももう必要ないね」と先輩はいって、アンモニアも捨て、換気扇を回し始めた。――何の力が加わったのか、教室の扉、窓までもが一斉に開いた。換気ということだろう。
「私は君と話をしたかったんだよ。私と同じく―――この紫吹藍子という女を好ましく思っているという、君とね」
こうして、ほとんど明かりの無いまま、理科実験室での問答が始まった。
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「俺は……別に」
好きではないです。なんて適当なことを言って、この場を逃れてみたかったけれど、それはとても真摯ではないような気がしたので、渋々付き合うことにした。
「――まあいいや。でも私は君が『そう』であると仮定して話すことにするよ。それで、君は生徒会に入ることが当分の目標ということでいいんだよね?」
厳密に言えば、俺が、ではなく、藍子が部の方針としてということなのだが、それを指摘するのは無粋だということになるだろう。
「そうなりますね。当分は」
「だよね。」
先輩は髪をいじくっている。とても長い髪だ。とても弄びがいがありそうなものだ。
「となると、この小娘はやはり生徒会長の座を狙っているということになるのかな。この私の席を」
先日のことを思い返せば、もちろんそうであるのだが、この髪の長い先輩を前にすれば、このさっきのような凍てつく視線を前にすればそんなことは言えないだろう。
「いえ。僕も藍子も一年生ですし、生徒会長になるとしても、それは先輩が卒業した後……になると思います。」
藍子にこんな弱気な言動を訊かれたら、「秘書失格よ!」とぽかぽか殴られるんだろうが、幸いと言っていいのか、彼女は俺の横で眠ったままだ。
「――いい。実にいい詭弁だね。『正確に言えば先輩の座を狙っているわけではない』と付け加えなかったのは良いと思うよ。そんなことをされてしまっては、私も何をしでかすかわからないからね。さて、本題に入るとしようか」
先輩はその華奢な体をうーんと伸ばし、俺の眼を見ていった。
「私はね、洸祐君。この私に『さっさとその席あけろ、髪の毛お化け』なんていうこの小娘なんかより、私は君に興味が尽きないんだよ。こんな爆弾みたいな、世界でも滅ぼしかねないような幼馴染を、扱ってきた君にね」
やや大仰な言葉が聞こえた気がする。
「端的に言おう。
――私は君が生徒会に欲しい。」