地獄は想像よりもきれいだった
目が覚めると、そこは海沿いの納屋だった。
だが、けたたましい音で目が覚めた。
「何が起こってる……?」
空が明るい。それは普通なのかもしれない。時刻は……確認できないが。きっと朝になっているのだろうから、それはあり得る話だ。
だが、星が降っている。願いが叶い放題だ。
「始まったのか……!?『エゴイスティックサマー』が……」
星が降る。波は声を上げる。風はいななく。きっとこの納屋も、すぐに飲み込まれてしまうかもしれない。外に出ても、藍子の姿は見当たらない。
さっきは携帯を捨ててよかったなんて思ったが、こうなると不便だ。後から聞いたことだが、実はこの時、電波というものは何の意味もなさず、携帯はただの薄い板と化していたいたらしい。だから、合ってもなくても変わらなかったらしい。
地面が揺れる。山に大きな星が降ってきて、俺が元居た納屋が吹き飛ばされる。山は赤黒く溶けていき、木々はバキバキと割りばしのように折れていく。堤防の陰に隠れていなければ俺は海に投げ出されていただろう。あんなに荒れている海に投げ出されたら、きっと岸に帰ってこれないだろう。
「藍子! どこにいる!? もういいだろ! お前を俺は選ぶから!」
きっと心はそうではなかった。だから、星は止まらない。きっと藍子の心ひとつで、終わってしまう。
これが『エゴイスティックサマー』。
ここには、人がいないらしい。
とりあえず内陸部に向かわなければならないと思って、自転車を拝借して町へと向かう。けれど、どこもかしこも人がいない。窓ガラスは割れ、古い建物は崩れ去っている。すべてが荒廃していた。人がいないだけで、いくらか寂れて感じるのも相まっている。
地面は断続的に揺れている。
星はずっと降っている。
カラスが空に群れている。
「洸祐さん!よかった!人がいた!」
家の近くまで来ると、レイがいた。
「レイ! ほかの人は!?」
「恋さんはいますが、それ以外の人はいなくなってしまいました。洸祐さんのほうは?」
「今から部屋に向かうところだ。一緒に来てくれ」
「……はい。わかりました」
レイは「珍しいこともあるもんだ」なんて言っていたが、俺にはよく意味が分からなかった。
「ただいま。しずく~居るか?」
呼びかけても返事はない。やはり、しずくは消されている。
ただ寝室の机に、日記らしきものが開かれていた。ペンも転がっている。しずくはきちんとペンはペンケースに入れる几帳面な人だから、こうして無造作に置くとは考えにくい。それに椅子も出したままというのも、おかしい。きっと、なんの感慨もなく、一瞬のうちに、ほとんどの人間を消したのだろう。藍子が。
「洸祐さん……そうですか」
一緒に出てこなかったのを見て、レイは察してくれた。こういうところは素直にありがたいと思う。俺は書きかけのしずくの日記を抱えて、部屋を後にする。食器が散乱していたので少しだけ片付けておいた。しずくが帰ってきたとき、ケガをしないように。
「とりあえず。生きている人を探そう。恋先輩とかほかにもいるかもしれないから」
二十五歳の夏。
社会人三年目の夏。
あの夏から十年後の夏。
俺と親友と、友人は、星が降る荒廃した街を、歩く。