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少女ネイビーとシャングリラ  作者: オカダ倭
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サマーエンディング・ハイ

茂みをかき分けて進む。足のどこかがきれて痛かった。どうして昔はあんなに痛みに無自覚で居られたのだろうか。今でも不思議に思う。

「それは、私たちが大人になったからよ」

屋台の裏。ちょっとしたベンチに座る美女が一人。スーツを着ている。だけど、俺がよくスーツを着るからわかるが、そのスーツは俺がきれるような安いものではないことがわかる上質なものだった。

彼女は、缶ビールを片手に、こっちに来なさい。とベンチをたたいていた。


***


「お前、本当に藍子か?」

「そうよ。今は紫吹じゃないけど。」

「じゃあ、子供のころ、この祭りで俺がつけたあだ名は?」

「ネイビー。それで洸祐はシャイニーでしょ」

「じゃあお前は藍子だな」

「何よそれ」

意外だった。こうして十年ぶりくらいに会う人間と、こうして昔みたいに話せるというのが。離れていた時間よりも接していた時間のほうが長いからだろうか。もしかしたら、レイとか恋先輩とかでは、できないのかもしれない。

「聞きたいことはいっぱいあるだろうけど、とりあえず、乾杯しましょ」

「そうだな」

「私の議員当選に」

「レイと恋先輩の結婚に」

「「乾杯」」


「え、結婚したの!?あの二人!?」

藍子はビールを一口あおってから、驚いて見せた。もうね、その衝撃は終わったんだわ。俺も結構遅いほうだったけどな。

藍子の指には光るものがある。俺にはない。藍子はあえてそこには触れないみたいだった。

「ここの牛串食べた?本当においしかったわよ?ちょっと買ってきてよ」

「なんでだよ。自分で行けよ……って思ったが、お前有名人だもんな。ちょっと待ってろ」

面倒になったものだ。だからこうして屋台裏のぼろいベンチに座っているのか、と合点がいった。ペンキがはがれている、雑なつくりのベンチだった。

牛串を二本持って、藍子のもとへと向かう。

藍子は楽しそうに鼻歌なんかしながら缶ビールをあおっていた。

俺は高校一年の九月に藍子と別れているから、こうして酒を飲むのは初めてだった。

こんな愉快な酔い方をするなんて知らなかった。

「それ、なんの曲だ?」

隣に腰掛けて、牛串を手渡しながら言った。藍子はあまり歌が得意ではない。

「あの、いつも弾いていた曲だよ。あの曲、洸祐みたいだからさ」

「俺みたい? そうか? ただ俺が弾いてただけだろ」

「確かにそうかも。でも私にとっては洸祐の曲なの。洸祐にとってこの曲は誰の曲?」

「俺にとってか………」

きっと藍子のことを思っていたんだろうな。家にギターは持ってきたが、しずくの前では『close to you』を弾いたことはない。なんとなく、俺と藍子の曲になっていたから。

でも、そんなこと言えるはずもないので、俺は「誰だろうな」なんて誤魔化した。


祭りが終わる。花火はない。

しっとりと。緩やかに。祭りの喧騒はなくなっていった。

俺と藍子は山を下った。

夜の海には近づくな。なんて言葉があるけれど、その通りで、風が海に向かって吹いていた。これでは、海に吸い込まれてしまう。

夏の暑さも本格的になりそうな季節。海の近くはやはり肌寒かった。

「連絡、取れなくてごめんね」

堤防の上をハイヒールで歩きながら藍子は徐に言った。

「医者になるために、『あんな低俗な人たちと付き合うのはやめなさい』って言われたの。それだから、住所も教えられてたのとは違ったの。だから、実際の住所とは違うところの紙を渡してしまった。ごめんなさい」

「そうだったのか。まあ、こうして会えたんだし、いいんじゃないか?」

「そう言ってくれると助かるかも……ありがとう」

「おうよ」

俺は堤防に乗るなんて馬鹿な真似はしない。というかハイヒールで登れる藍子が単純にすごい。足をひねるなんてこともなさそうだし。

「洸祐は、どう思う?」

「何が?」

「今の世の中について」

「政治家らしい言葉だな」

「でしょ」

「そうだなー」

俺は言葉を選ばなきゃならない。

「変えなきゃならない。って言ってる人たちも、いずれ、議会で居眠りするようになるんだろうなって思うよ。多分金ってのは劇薬だから。ないことよりも、あることに酔ってしまえる、そんなものだから。だってそうだろ?はじめはあの人たちも『変えたい』って言ってなったわけだし」

「そうね。洸祐は、生きやすい?」

「生きやすくはないな。もし、大人になるってのが、こうやって『あきらめていく』ってことなら、正しいのかもしれない。けど、俺は『あきらめたくない』。」

――お前みたいに。

とはもちろん言えるはずもなく、腹のうちにしまっておいた。

藍子は後ろ手を組みながら、歩いている。

けれど、止まって俺の話を聞いていた。

きっと反論はいくらでもあるだろう。彼ら彼女らはきっと俺らみたいな一般人にはわからない苦労があるのだろうし、そういう怠惰な議員は一部なのかも知れない。だから、藍子が言葉に詰まるのも仕方がないのかもしれなかった。

「私はさ。昔から、思ってたことがあるの」

いつの間にか、夜の雲は晴れていて、星空が瞬いていた。

「私も、この世界が、心底―――生きにくい。ってね」

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