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少女ネイビーとシャングリラ  作者: オカダ倭
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ワクワクとしている自分がいた

「やっと思い出してくれたか。待ちわびたよ」

海岸沿い。堤防の上。四年生だった先輩は足をプラプラさせながら、りんご飴をほおばっていた。

相変わらず髪は長い。

「俺はどうすればいい。何をすれば、この世界は終わらない……?」

「そうだね。そのためには、紫吹藍子を選ばなければならないね」

「選ぶ?」

「そう、選ぶ。『エゴイスティックサマー』を防ぐためにはそれしか方法はないだろうね」

「もっと具体的にないのか?」

「それは、私にもわかりかねるな……こんなの前例がないからね」

俺は、彼と出会って、思い出していた。しずくから「髪の長い男」の話を聞いて、「この人に出会わなければ」と思えるほどに。聞いたところによると、この話は「マル秘」であるから、そういったトリガーを見つけなければ、思い出せないようになっているのだという。

『エゴイスティックサマー』

それは、今年の夏に起こる、大災害。

もう、空は明るくなっている。酔いもすっかりとさめている。明日も仕事はない。そんなことよりも、俺は生気をもらったように、生き生きとしたような気持だった。


***


もちろん、藍子のもとに行こうとしても、ダメだった。国会議員の家ということもあって、警備は厳重になっている。いたるところに監視カメラはあるし、警備の人は各門に二人は立っていた。

「降谷洸祐の名前を出せば」と思い立って、取り次いでもらおうとするが、「そんな人は知らない」といわれて、はねのけられてしまった。

「どこまでも、俺を拒絶する気かよ……」

俺は携帯を取り出して、連絡をつけようとする。もちろんあいてはレイだ。あいつもこのことについて知っているかもしれないから。少なくとも、成都海先輩のことは知っているはずだ。

「もしもし、レイか?」

『はい、どうかしましたか? しずくさんは大丈夫そうですか?』

「しずくなら部屋で寝てるよ。それよりさ、髪の長い男の先輩って覚えてるか?」

『ええ。覚えてますよ。はじめ、藍子さんを拉致した人ですよね。』

「そうそう。それで『エゴイスティック……」

俺は言おうとした瞬間、恋先輩のことを思い出していた。二次会の間、あまり酒をたしなまない先輩を見かねて「大丈夫ですか?」と小声で心配したときのことだ。恋先輩はさりげなく、おなかをさすり、レイのほうを一瞥してから「内緒だぞ?」とにやりと笑った。

俺はその時、気障なレイがうろたえる姿が目に浮かぶようだった。

………そんなことを思い出しては、言えるはずがなかった。

「やっぱり、なんでもない。恋先輩から聞いたか?」

『……? 何をでしょうか』

「それならいいんだ。お幸せにな」

レイが、なんのことですかー!なんて遠くで言っていたような気がしたけれど、俺は電話を切った。

そうだな。これ以上、巻き込まないほうがいい。レイも恋先輩も。そしてしずくも。

俺は一人でやるしかないのだ。


***


それから、俺は藍子の邸宅のあたりを散策していた。もしかしたら、ばったりと藍子と出くわすこともあるかもしれないと思ったからだ。

だけど、これが想像以上にきつかった。

なんせ、藍子の邸宅は、山の上にある。階段もないので、車で行くのが普通なのだが、俺は自動車免許を持っていないから、歩くしかない。と思っていたが、タクシーと言う手があることに今更ながらに気づいた。山中だから、携帯の電波は効きにくい。だけど、三十分もすれば、タクシーが来て連れて行ってくれた。

でも、俺は途中で降りた。

なんだか、懐かしい音が、明かりが見えたからだ。

「この辺って、キャンプ場があったりします?」

「そうだねー。ほんの十年前くらいまではあったんだけどね。あのー山の上の国会議員が来てから、キャンプ場はなくなってしまったんだよ。結構にぎわってたのにね」

「そうですか。ありがとうございます。ここで大丈夫です」

「え?ここでいいの? あ、そういうことね。お祭りに行くのかい。でもそれなら。もうちょっと下で言ってくれればよかったのに。茂みは危ないよ?」

「大丈夫です。慣れているので」

「そうかい」

いくらかの金を渡すと、タクシーは山を下って行ってしまう。

道路に一人。山に街灯はほとんどない。ここは町ではないから当たり前かもしれないが。

コンプレッサーのブルブルとした音。ほんの少しのガソリンの香り。そして香ばしいソースの香り。

明かりは暖かい色をしている。子供がはしゃいでいるのを見て、大人は微笑んでいる。

綿菓子の香り。焼きそばの香り。牛串の香り。そしてりんご飴の香り。

多分。ここは、俺と藍子が来ていた祭り。

あの時の、祭りだった。

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