認識は記憶を掘り起こす
「僕が、告白するとき。藍子さんは、一つだけ言ったんですよ。
「もう何年前ですか? 十年前くらいですね。とても苦しそうに、話してくれましたよ。自分の父親の家族は医者の家系だから、私はこれから東京に行って、医者になるために勉強しなければならない、と。
「だから、僕は一足先に藍子さんが、いなくなるのを知ってました。ごめんなさい」
レイは、十年越しに頭を下げた。
これは酔いが回って頭がぼうとしているのか、それとも怒りに支配されて、ぼうとしているのかはわからなかった。ただ、そこで行動に出るほど、俺は若くないということだけが分かった。
「いいよ。十年前のことなんて。俺は別に藍子のことなんてどうでもいいからよ」
からっと笑って見せた。
けれど、レイの顔は曇って見えた。ごめんな。こっちこそ。
「けれど、よかったですね。こうして晴れて議員になったんですから。夢を追いかける美人議員。そんなキャッチコピー。藍子さんらしいじゃないですか」
「そうだな。ところでレイは戻らなくていいのか?今日の主役だろ?」
「そうですね。では、僕は中に戻るとします」
レイは、またカラッとした笑みで、帰っていった。本当に久しぶりに会った。レイは何も変わっていなくて、あの頃のままだった。ただ、作用反作用のように、俺が変わってしまっただけだった。だから、俺は俺たちの関係に気持ち悪さを感じてしまう。
「じゃあ、俺たちは帰るわー」
しずくは完全にダウン。というか寝てやがる。とりあえず、タクシーを呼んでおいて正解だったかもしれない。酒弱いならワインなんて飲むなよ……。
「コウ君……そういえば、いたね」
寝言なのか、よくわからないが、しずくはぼそぼそといった。タクシーの中は少し酒臭い。申し訳ない。
「いたって、何が?」
「あの、髪が……なが……」
髪の長い。
そんなのは、いくらでもいるだろう。
「男の人。四年生の……」
四年生? 髪の長い?
「そんな人、いなかったよ」
***
俺はしずくを家のベッドに横たえ、水をいくらか飲ませた後、深夜の街に繰り出した。酔いはほとんど消えていた。
「行ってくるね」
音のない部屋に、挨拶をする。もしかしたら、帰ってこないかもしれないな、と思いながら。