嬉々とした声は時に雑音に変わる
仕事が終わり、しずくに「今日は遅くなる」と連絡を入れて、俺は居酒屋に向かっていた。
酒はそんなに好きではないが、最近は飲む回数が増えつつある。付き合いもそうだが、こうして一人で飲むことが増えた。安いビールを、うまいともまずいとも思わずに、かっくらう。枝豆と唐揚げだけで、安く飲む。金はかけられない。
大人になれば、もっと贅沢できると思っていた。仕事が終われば、ちょっと高いバーに行って、出会いがあったり、久しぶりの友人に会ったり。だけど、そうもいかないことに気づきつつある。金がない。そう思えば思うほどに、自分が汚くなっていく気がする。
そうすると、嫌でも政治に関心が出てきてしまう。税政策は?予算は?社会保障は?大きな体制がいつ変わるのだろうかと、選挙に関心が出る。心底ダサい。そう思える。きっとこれでももっと下がいる。カンを集めて生活している人はいるし、生活保護をもらっている人もいる。中には生活保護のほうがいいといって、仕事を辞める人すらいるらしい。実際、生活保護のほうがいい暮らしができる場合さえあるのだという。
本当に、くだらない。
やめてほしい。
寝ているだけで、金がもらえるような仕事なら、どんなに楽かと思う。
「おにーさん。それくらいにしておいたら?」
しばらくそんなことを考えながら飲んでいると、店主が酒を止めてきた。周りには六杯のジョッキがあった。あまり酒が強いほうではないのに、これはやりすぎたかもしれない。
居酒屋のテレビをぼーっと見る。
『美人議員――藍――が当選しました。――子氏が当――』
そういえば、そんな時期だったか。当選している、美人議員とやらを見る。
手に持った七杯目のジョッキを、俺は落とした。
「ちょっと、お客さん! 困るよ~」
店主がカンカンに怒っているのなんて気にならない。
俺は周りの喧騒が遠のいていくのを感じていた。地面だって瓦解しているのではないかという落下感に襲われる。
藍子が、議員になっている。
***
調べていないわけではなかった。だが、彼女は名字が変わっていた。父方でもないし、母方でもない名字だから、藍子は結婚したのだろう。だから検索してもヒットしなかった。薬指には結婚指輪らしき輝きがあった。
俺が居酒屋を後にすると、一本の電話が入っていた。
「もしもし」
『洸祐さんですか!?見ましたか!?』
「見た。見たよ」
『本当に、僕は嬉しいです。藍子さんは変わっていなかったんですね! まだ総理大臣を目指していらっしゃる……!』
久しぶりの電話だというのに、レイは「お久しぶりです」の一言もなしに、まくし立てた。まるで主人公を得た物語のように、進み始めた。
「俺は素直には喜べねえな。連絡の一つもよこさねえで」
『確かにそうかもしれませんが、そんなのいいじゃないですか! ほとんどつてなしに国会議員になるってのはとても難しいことなんですよ!本当にすごいなあ、藍子さんは!』
「そうだな」
これ以上聞いてられそうにもなかったので、俺は電話を切ってしまった。
ごめんなレイ。結婚式には出るからよ。