ストッパーってストレートパーマみたい
「これは一体どういうことでしょうね」
隣で俺の携帯を覗き込んでいたレイが探偵よろしく、顎に手をあててそんな声を漏らした。
「とりあえず、生徒会室に行ってみませんか――なんだか僕は嫌な予感がします。」
真剣な顔でレイは言う。
実を言えば俺はレイと正反対の気持ちだった。
幼少期のひと夏の思い出でしか彼女を知らないレイには悪いが、こちとら生まれてから今まであの破天荒娘の幼馴染やってるんだぜ。
これまでもこんなようなことはあった。
一例としてあげるならば、今回のようにメッセージでいかにも急いで打ったように見せかけるように平仮名で『たすけて』と送ってきたことがある。俺は血相を変えてあいつの家に突撃したのだが――そこにいたのは羽毛でまみれた藍子だった。
枕の中身には羽毛が入っていると聞きつけた彼女は、体中に羽毛を張り付けて、「鳥になっちゃった……」と俺のことを脅かそうとしたのだという。――実際に部屋に入って初めに思ったことは「天国?」だったが。
思いのほか舞い散って収拾がつかなくなったところで、ネタバラシがてら掃除を頼んだということらしい………。
――な?
彼女に危険が迫っているなんて、純粋な気持ちはもうとっくになくなってんだよ。こちとら。まあ、言い方を変えれば、俺もレイと同じように『嫌な予感』ってやつを感じているということになるんだろうが。
まあでも?
俺は後悔の味が一番嫌いだし?嫌いな食べ物は何ですかと聞かれたら迷わずに『後悔』です。と答えるくらいには、のちに悔やむことが嫌いな俺だから。
今回くらいは、だまされてやることにしようか。
午後の授業が始まるチャイムを、俺とレイは廊下で聞いていた。
もちろん今日の授業の場所が廊下であるということでは全くない。そんな授業があってたまるか。
ただ単に、俺とレイは授業をさぼっているのだった。
クラスの連中からの情報では、藍子は昼休みにすぐにどこかへ姿を消したきり帰ってきていないという。確かに、午前の授業が終わると、颯爽と教室から出て行ったのを見た覚えがある。
でも帰ってこないというのはどうにもおかしい。
「どうしてですか?彼女ならやりかねないような気もしますが」
レイが聞いてくる。まあ、そうだろうな。あいつならやりそうではある。だが。
「でも考えても見ろよ。あいつは『総理大臣になる』って豪語していた奴だぞ。しかもその一歩として生徒会に入ることをひとまずの目標としてやがる。だから……」
「……校則を破るなんてもってのほか。授業を欠席することなんてしない。と言いたいのですか」
「ああ。そういうことだ」
これは勝手な推測であり、全国の生徒会長、および生徒会には申し訳ないのだが、生徒会というのはきっちりかっちりと、規則という規則を遵守するというイメージがある。
そして、藍子のパーソナリティ。
破天荒という前人未到なことをしてのける彼女だが、それは未開拓の土地を開くことに定評があるというだけであって、何も他人のテリトリーまで浸食したりはしない。
人をないがしろにしてまで自分の夢を実現したいとは思わないというのが彼女だからだ。
そう。変なところで理性がある。いつもは何をしでかすかわからないような言動や行動をしているのにもかかわらず、公序良俗に反するようなことは一切しないのか紫吹藍子という女だ。
彼女はきっと自覚していないだろうが、彼女には無意識のストッパーが備わっている。
規則を守る。というストッパーが。
――だから俺は、
「今回はマジでやばいかもな……」
と、汗をぬぐう。
やはり、俺も、嫌な予感がするぜ。