先天的怪異恐怖症
ここは、数十年前の廃校舎。
「懐かしいね」
なんて言いながら入っていくのは、この学校を五年前に卒業した生徒たち五人。肝試しも兼ねようなんて言うクラス委員の言葉によって、五人は夜の廃校舎に忍び込むことになった。
虫は鳴いている。歩くたびに音を立てる床材。ガラスは割られ、ぱりぱりと音を立てる。
「そういえばさ、あの子元気にしているかな」
「あの子って?」
「あの、教室の隅にいて、いつも読書ばかりしていた子」
「ああ、そんなのもいたかもな。どうして?」
「どうしてって、結構美人だったじゃないあの子」
「そっかー。俺はあんまり覚えていないや」
五人は歩く。それぞれの思い出を懐古しながら、雑多な廊下を、ずんずんと。
先頭のリーダーは、そこに一冊の本があるのを見つけた。
「なんだこれ?」
一人の女は、その本を見て、青ざめていた。男が裏を見ると、そこには「サナエ」と書かれている。
「サナエちゃん。私、私だよ! ごめんね、ごめんね、ごめん………」
女は目を見開き、どこにいるのかもわからない「サナエ」に向かって懺悔を始めた。ほかの二人はこれを見て、これはまずいと感じたらしく、一人はしりもちをついてしまう。
男は本を開く。
「えーっと何々? 『5-4=1』? なんだこれ」
「……返して」
***
俺はそのオープニングの話をまともに聞くことはできなかった。足が震えてしまっている。
「もう、仕方ないわね」
はい、と手を出される。
「え?」
「え? じゃないわよ。こんな子供だましみたいなことでビビってんじゃないわよ。ほら、行くわよ」
不本意ながら、なんて言ってられない。これは緊急事態だ。何がラブコメだ、こちとら男女平等の世界に生きてんだよ。今まで男が手を引っ張った分、女に引っ張ってもらったっていいじゃねえか。………なんて適当なことをつぶやきながら俺は藍子の手を取った。
基本的に、内容は、その「サナエ」と書かれた本を教室の隅にいる、というかいないはずの「サナエ」ちゃんに渡す、というものだ。教室の隅の席には「サナエ」ちゃんはいないので、一番墨の机に置いてくることでこれは終わる。
「ちょっとこれ持ってなさいよ。それくらいはして」
と藍子は無造作に置かれていた本を俺に手渡してくる。
「お、おう。でも手は……」
「離さないわよ。もう。早くいくわよ」
藍子さん、まじカッケえっす!!!一生ついていきます!!! なんていう元気もなく。俺は藍子に引かれるようにして進む。
バリバリと何かを踏んでいる音が気持ち悪い。こんなに小さな教室なのに、とても長く感じた。角を曲がると、そこは教室のようだった。机が並べられている。
「ここね」
と藍子が本を置くべき場所を見た。
俺は安堵した。
だがその時
「………返して」
耳元に感じるのは冷たい息。何だか冷たい腕につかまれている?
なんだ、もう無理、本当にヤダ。どうしよう、動けない。
藍子が教室の隅の机に本を置いてくる。俺はそこから動けない。
「どうしたの?洸祐」
早くいくわよ。と藍子に手を引かれて、俺は何とか「サナエ」の手から逃れることができた。
***
「いやあ、大したことなかったわね。ってあれ?」
俺はこんなくそ暑い日だというのに、ブランケットが欲しいくらいには震えていた。
「『ありがとう』って言ってた……『ありがとう』って……最後に『ありがとう』って…」
意外にも俺の心を折ったのは、最後、教室から出るときの『ありがとう』という感謝の言葉だった。本当に、そういう、ことは、やめて、ほしい。
「どうじゃった、どうじゃった」
恋先輩は俺の背中をバンバンとたたきながら、満足げにしていた。俺がお化け屋敷が苦手なのを藍子から聞いていたらしい。
この性悪女め!!