ちゃんと言葉には意味がある
まず、俺たちが向かったのは、もちろんレイのクラスだった。
「いらっしゃいませー」
実際はこんな普通な声はしていない。濁音がすべてに含まれるようなだみ声だった。というか体が大きいからという理由かもしれない。
確か名前は森本。筋肉メイドがお出迎えをしてくれた。
「レイ―来たぞー」
森本はレイを呼ぶ。始まって間もないというのに、レイの周りには人だかりができていた。
というか、人というよりは女性の方がレイの周りにはたくさんいた。
「いらっしゃいませ。藍子さん、洸祐さん」
控えめに言っても、レイは美少女という感じだった。この前見た時には、服のサイズを確認するだけだと言っていた。だからかもしれないが、こうしてウイッグをかぶり、髪を巻き、少しメイクもしているだろう、そうして身なりを整えれば、美少女の完成だった。
少し肩幅が広いこともあって、よく見れば男ということがわかるのだが、やはり遠目で見れば、完全に美少女だった。こんな美少女といったのは人生で初めてかもしれない。
「どうですか、ご主人様。お嬢様。似合ってますか?」
「そうね。とても似合っているわ。かわいいわよ」
「ありがとうございます」
「お主人さまは何にしますか? こちらのおすすめとしてはスペシャルコーヒーがお勧めになってます。」
「じゃあそれで」
「かしこまりました」
レイはスカートをひらりと広げ、淑女を完全にやり切っていた。
「さすがにすごかったわね。確か服飾の道を志している人がいるとかいないとかで、衣装が本物だったわ」
「そうだな。本当に自分がご主人様になったような気持になった」
「それは一生ないわね。だから今日のことをかみしめなさい」
「はーい」
なんて言いながら、俺たちは次の教室に向かう。
ほかにも、アミューズメントパークを模した人力コーヒーカップや、簡易的なジェットコースター。そしておいしいカヌレ屋さんや、アイス、焼きそばなど、俺たちは、文化祭を満喫した。
特に俺が気に入ったのは、アイスで、小さな粒粒が集まった色とりどりのものが特に気に入った。藍子も、「これ、初めて食べるわ…」なんて言いながら目を輝かせていた。
藍子は、特に焼きそばが気に入ったらしかった。独特の味わいが癖になるといっていた。俺も一口もらったが、塩焼きそばの味がした。藍子は塩焼きそばというものを食べたことがないらしい。まあ確かに焼きそばといえばソース焼きそばという感じがするしな。仕方がないか。
意外にも、他人の色恋沙汰に周りのみんなは興味があるらしく、俺と藍子が一緒に歩いていると、いろんな人から声をかけられたり、ひそひそとうわさされたりした。
はじめは特に気にもしていなかったのだが、こうもずっとされると、少し居心地が悪いというものだ。
「恋せんぱーい。来ましたよ~」
さすがに先輩は忙しいらしい。だというのに、しっかりと教室のシフトに入るというのは、本当に律儀な性格だと思う。
俺と藍子も文化祭実行委員ということで、会場設営、そして当日の衛生管理が適切かなどを、出店を回りながらということでしっかりとこなしたが、生徒会はこれに加えて、金銭関係や、駐車場の案内、お年寄りその他体が不自由な人のガイドなど、もろもろの作業を受け持っているらしい。来年から俺たちもこうした仕事を任されるようになるということを考えると、ぞっとしないものがある。
「おうおう、待ちわびたぞ。待ちわびて木になるところじゃった」
「なんだか言い回しが、言葉通りの年齢に近づいている気が……」
「うるさいわい。それで? 一緒に入るのか?それとも、一人ずつ?」
俺は藍子のほうを見る。というか、懇願するように見ていたかもしれない。俺はお化け屋敷が得意ではないから。なんて言えるはずもないから口には出さなかったけれど。
「愚問じゃったな。 二人~。準備はできてるか~」
恋先輩は、教室の中に首を突っ込んで合図をする。中から、オッケーサインが来たらしく、顔を戻して、
「いいぞ。じゃあ、楽しんで来いよ」
なんて男前なセリフを吐くのだった。