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王子殿下と想定芝居  作者: 堂 ジヨン
第一幕 誰ですか馬車をひっくり返したのは
9/15

1.9王子殿下とわたしの宿問題:続続


「ハイド様、これ、構造的に欠陥があると思うんですが」

「…」

「いや、真ん中にあるって言うのもなかなか斬新ですけど。こんなに透明じゃ丸見えですよね」

「……」

「あ、お湯を入れると湯気で良い感じに目隠しになるんですかね?」

「………殺す」

「え?」


 「あの第五皇子殺す」と低くつぶやくハイド様に怯えて透明な壁にぶつかってしまう。ガラスだと思うけど、結構丈夫だ。丈夫なのは結構、でも透明じゃ中を隠せない。

 そもそもお部屋の真ん中にお風呂があるって、不思議。




 上機嫌なままわたしたちを案内してくれたサントウィラード皇子は「この部屋一番いい部屋だよぉ」と言い残してさっさといなくなってしまった。きっと皇子様は忙しいんだ。だから、2人なのに1部屋だけ案内してそのまま放置してくるし、案内された部屋の真ん中には透明な仕切りで囲われたお風呂があって、そのそばにベッドが1つ寄り添っているのだ。


 ひたすら不思議で首をひねるわたしとは違ってハイド様はなぜか殺気立っている。やはり、一国の王子さまを案内するのには適さないお部屋なのかしら。

 多分、殺気の向かう先はわたしではなく陽気な皇子様なのだけど、現状この部屋にハイド様といるのはわたしだけなので、殺気にさらされるのももれなくわたし。怖いです。


 なので必死に空気を変えようと、思いついた話をする。


「なんか、前にお母様がお父様と行きたいって言ってたお宿に似た名前だったんですけど、ここのことだったんですかね」

「…は?」

「いえ、お母様がお父様に一緒に行こうって誘ってた宿場があって。お父様は子どもたちの前でする話じゃないと、お母様が見せてた案内の紙らしきものを没収してましたから詳しくは知らないんですけど……ハイド様?」

「お前の両親は相変わらず仲がいいな…」

「はい。とっても仲良しですけど…それが何か」

「恐らく、お前の母君が言っていたのはここで間違いないだろうな」


 そうなんですかと言ったらテーブルにあったメモ用紙に何事かを書きつけ始めた。わたしは聞き取りがあまり得意ではないけど、文章なら結構読める。これ、ミネオーア語だ。

 問題は、読めるけどハイド様がなぜ急にこんな単語を書き始めたのかということで。


 わたしが書かれた文字を見て固まったのを見て読めたと解釈したのだろう、ハイド様がいつもと変わらぬ淡々とした声で説明を始める。


「サントウィラード皇子が、ここのことをこう言っていただろう」

「そう、なんですか……?」

「ここに夫を誘うとは。大変仲睦まじいことだ」

「お、お母様はお父様が大好きなんです!!ついでに子どもが好きなんですぅ!」

「まだ増やす気か」

「そんな言い方しないでください!!」


 顔が赤くなってしまう。お母様、あんなに可愛くおねだりしてた内容がこれですか?


「確かに私やアレク、アイちゃんが下のきょうだい欲しいって言うよりも先に尚且つ熱心に子どもが欲しいっておねだりするのはお母様ですけど!お父様毎回真っ赤になってますけど!!」

「そんな話聞きたくない」

「自分から言ったんじゃないですか!!」

「何か話してないと気まずい」


 はたと会話が止まる。そう言えば今日はここに泊まるんでしたね。

 お母様のおねだりの内容によって上った血が、ますます量が増える。


「あの、えと」

「…あの第五皇子をしばいて部屋を変えさせよう。無理ならお前ひとりでここで寝ろ」

「ハイド様」

「なんだ」

「昨日寝てらっしゃらないんでしょう?イオ君から聞きました」

「…それが?」


 もじもじしていたら変な空気になりそうなので、頑張ってぴしっと立つ。


「お部屋、別々にこしたことはないでしょうが、わざわざ案内した上でこの部屋ということは他に空いてないという可能性が高いと思います」

「そう、だな」

「その場合は一緒に寝ましょう」

「は?」

「大丈夫です、何もしません――みゅう!?」


 即座にほっぺたをつぶされる。今までにないくらい強い力で。


「なぜお前と同衾しなければならない」

「だって寝てないんでしょう?!そんな人を起こしたまま眠れるほど図太くありません!!」

「あのな、お前が如何に慎みからかけ離れた存在だとしても一応は伯爵家の令嬢だろ。男と簡単に床を一緒にしようとするな」

「だから、ハイド様を襲ったりしませんって!!」

「お前に寝首を掻かれることを危惧するほど俺は弱くない」

「―――心細いから一緒に寝てください!」


 らちがあかないから正直に叫んだ。ハイド様も突然のことにキョトンとしている。いつもきりっとしている人がそう言う表情をするのはずるい。わたしがキョトンとしても間抜け面になるだけなのに、ハイド様がするとなんだか可愛い。


「あの皇帝陛下が何言ってたかは分からないんですけど…視線がちょっと、嫌な感じだったので。あの後ですぐ1人になるのは、怖いと言いますか」

「お前……そういうのがわかるのか…?そしてそれを不快に感じることができたのか?」

「なんでそんな驚愕するんですか?」

「そんな精神作用があったとは…」

「わたしのことなんだと思ってるんですか!!」


 本気で信じられないものを見たというような顔をする。ひどい。誰だって全身を嘗め回すように見られたらいやな気持になると思うの。


 そう言ったらちょっとバツが悪そうな顔をして、そうしてわずかに頭を叩いてくる。ひょっとするとなでてくれたのかもしれないけど、時間が短すぎて分からない。


「…そういうことなら余計に俺と一緒の部屋は避けるべきだろう」

「どうしてですか?ハイド様以上に頼れる人いないんですけど…どうしてつねるんですか!!」

「腹立たしい」

「た、頼りにしているだけなのに?!」

「うるさい」


 解放されたほほをなでている間に、ハイド様はわたしから距離をとろうとしている。これでは一人、この広い部屋に置いて行かれてしまう。そう思うとひどく心細くて。


「~~一緒に寝てくれないと眠れません!!」

「――っばか!!」


 後先考えずに突進してしまった。着地点はベッドだったから怪我も何もないけど、よくよく考えてこの体勢は結構まずい気がする。綺麗なお顔がすぐ近くにあって、二人でパチパチと瞬き合う。


「…これは襲った判定に含まれますか……?」

「…有罪だな」

「あ、あのこれはつい出来心と言いますか」

「情状酌量の余地なし」

「――どうか命だけは!なんでもしますから!!」


 双子ちゃんに挨拶するまでは何があっても生き延びたいわたし。ハイド様を押し倒している状態のまま必死に懇願していたら天地がいきなりひっくり返った。


「…『何でも』?」

「はい、あの、命に関わらないことなら…」

「そうか…」


 ふにふにとわたしのほほをやわくつまみながらハイド様は話す。距離が近いから、ささやきのような音でもよく聞こえる。位置的にハイド様の方がわたしの上にいるわけだけど、不思議と体重はかかってない。さっきのわたしは遠慮も何もなく全体重をハイド様にかけてしまっていたなと思いつつ、ハイド様の要求を待つ。


「…馬車でも聞いたことだが、どうしてお前は逃げろと言ったり隠れろと言ってもそれができないんだ?」


 優しい手で頬をなでる人の声は同じくらい優しい。でも、言い逃れができそうにない音色でもある。


「それは…」

「何でもすると言ったな?それともこの問いは、お前の命に関わることか?」

「いえ……」

「……お前、何を怖がってるんだ?」


 思わず身を竦めてしまう。怖くなんかない。怖がってなんかない。ただ、酷く寒いだけ。


「そんなに話したくないなら無理にとは言わないが」


 いつもなら冷えてく体温に、優しいぬくもりが添えられる。

大きい手、強い人の手。わたしと違う、ハイド様の手。




「…昔、まだアレクがお母様のお腹の中にもいなかった時のことです」


 そんな手に甘えてしまうわたしは、その頃と変わらず弱虫だ。




 あの日は陛下が家に来ていた。夜もそれなりに遅かったから、わたしはお母様と一緒に寝に入っていた。少し寒い日だったけど、横で寝るお母様があったかいからすぐまどろんでしまった。


 何時だったかは分からない。急に騒がしい音が聞こえて、お母様がわたしを抱きしめた。冷たい風が顔をなでて、窓は締めてたはずなのにどうしてだろうと思ったら、お母様とは違う手に引っ張られそうになった。


「やめてください、子どもには何もしないで」


 お母様が必死に背中に隠してくれたから、相手がどんな顔をしていたかは見えなかった。でも、いつものお母様とは違う、どこか怯えたような声だったから。お母さまの体が震えてたから。

 お母様が小さくお父様の名前を呼んでたから。


 何か怖いことが起こっていると思った幼いわたしは訳も分からず泣き叫んでしまった。



「…わたしの声を聞いてお父様が駆けつけれくれたんですけど、相手の方が力が強くて」


 お父様はあんまり荒事が得意ではない。あの時も力負けしてしまって、首を絞められてしまった。

 お母様は必死にお父様から男を引きはがそうとしたけど、殴られて振り払われて。それを見てお父様が怒鳴ってた。お母様も何かを叫んでた。


「何にもできなくて。ただ怖くて震えて泣いていたら、お父様が入ってきたときに開け放ったままだった扉から、陛下が現れました」


 一瞬わたしを見て、「目を瞑りなさい」って一言だけかけた陛下は、そのまま何のためらいもなくお父様に覆いかぶさっていた男に向かっていった。


「その後のことはお母様に抱きしめられたんで何も見てないんですけど、それ以来同じようなことがあるとなんだかとても寒くって。何かしなきゃいけない気がするんです」


 今日、イオ君を殴ってた男と向かい合ったとき。ストル様に教わった方法で対処しようとしたのだけど、やっぱり寒くてできなかった。


 もう十分に大きくなったのに、いつまでたってもわたしは弱い。


 並んで横になりながらぽつりぽつりと途切れ途切れに話すわたしを、急かすこともなく黙って話を聞いていたハイド様はおもむろに口を開く。


「…お前には何の責もないだろ」

「小さな体を利用して死角から攻撃するとか何か出来たんじゃないかなーとか」

「アル」

「……わたしが、何も考えずに泣いたりしたから。お父様が首を絞められたりお母様が殴られたりした気がして」

「お前の声を聞かなかったら、お父上が助けに入れなかっただろう?」

「でも、」

「お前は弱い」


 それはそう、私は弱い。ハイド様から見たら話にならないくらい弱い。


「だが、弱いこと自体は悪ではない。咎めるべきはそうと知りながら助けを求めないことだ。身の丈に合わぬものを背負い込んで何とかしようとすることだ」

「…助け?」

「お前の父君は確かにあまり荒事に向いていないだろうが、決して弱くはない。有利な状況に持ちこまれたらかなわないと俺の父も言っていた。今、お前が話したときは、おそらく細君が置かれた状況を見て頭に血が上ったために窮地に陥ったんだろう」

「…なんか、陛下もそんなこと言ってました」

「だから、父君に助けを求めるの悪いことじゃない。少なくともお前よりは強い方だ」


 添えられたぬくもりがゆっくりとわたしの頭をなでる。

お母様のほど温かくはないけど、お父様のと同じくらい優しい。


「そうして俺はお前よりずっと強い」

「そうですね」

「ストルも、あと父上もだ」

「……陛下って、意外と…と言うと失礼ですかね。喧嘩とか強いですよね」

「俺の母上には度々剣で負けるらしいが」

「アカンサ様ってそんなに強いんですか」

「俺もたまに一本取られる」

「え?」


 思わずハイド様の顔を見る。ちょっとムッとした顔をしていたので思わず笑ってしまう。


「…笑うなよ。これでも子どもの頃よりはましになったんだ」

「ハイド様もそういうの気にするんですね」

「息子が乗り越えるべきは父親であって母親ではないと思う」

「あ、気にしてるのそこなんですか?…陛下と打合とかされるんですか?」

「結果が目に見えてるのにやる必要はどこにあるといつも煙に巻かれる」

「ハイド様の方がもう背が高いですもんね」


 わたしに比べたら陛下もお父様も十分背が高いのだけど、ブリオニアの平均身長から見るとちょっと低いらしい。因みに、陛下とお父様を比べるとお父様の方が少しだけ低く、お父様は結構深刻にそのことを気にしている。そしてお母様はそんな姿を見て「ララちゃん可愛い」と抱き着く。わたしの両親はとても可愛い。


 そう話したらハイド様は何とも言えない顔をする。どうしてでしょう。可愛いものは可愛いでしょうに。


「そういえばさっきの出来事の後、お母様がお父様そっちのけで陛下に引っ付いてしきりに助けてくれたお礼を言っていたので物凄くお父様が落ち込んでました」

「それは、…何と言っていいか」

「多分ですけど、お母様がお礼を言ってたのはお父様を助けてくれたことに対してなんですよね」

「お前、それ、父君に言ってやったか?」

「え?」

「…まあ今更か。しかし、父上がお前の家に訪れていたことがあったとはな。今はそんなことほとんどないだろ」

「ああ…」


 確かにあの日以来、陛下が遊びに来なくなったとお母様がしょげていた。お父様も何も言わないけど少し寂しそうにしている。


「これも多分なんですけど…あの時の襲撃って陛下を狙ったものだったらしくて」

「…なるほど。とばっちりを受けて災難だったな」

「いえ、そういうことを言いたいわけでは」


 あわあわし始めたわたしに、ほんの少し笑ったように見える人はそっとわたしの目に手をかざす。


「気にするな。どの道お前の両親と父上が懇意なのは周知のことだから、家に訪れがないくらいで巻き込みを回避できるわけない。せいぜい家の守りを固めておけ」

「陛下は今もそんなに命を狙われてるんですか?」

「どうだろうな。あの方は何も言わないから」


 言った言葉になにか悲しい気持ちが滲んでいるような気がして、目元に置かれた手を握る。


「…ハイド様」

「そろそろ寝るぞ。いい加減疲れた」

「え。このままでですか?」


 思わず握った手を除けて、晴天の瞳をのぞき込む。横並びでなおかつ、わたしの頭の下にはハイド様の曲げられた左腕がある。因みにハイド様の頭の下にも同じ手があるので、わたしたちの距離は大分近い。ついでにハイド様の右腕の方はわたしの腰のあたりを経由して、背中側に置かれた剣を握っている。

 何かあった時、とっさに剣を抜けるようにとのことだけど、そうするとわたしという障害物が非常に邪魔な気がする。


「お前が言いだしたんだろ。一緒に寝ないと眠れないって」

「それはそうですしもし今どこかに行かれると心細くて泣いちゃいそうなんですけど、腕、このままだと痺れちゃいません?剣抜くのにそれじゃ困りますよね」

「お前の頭乗せたくらいでどうにかなるような柔な腕じゃない」

「わたしの頭が軽いってことですか?中身がないと?」

「どう取ってもかまわない。良いから寝ろ。俺は寝る。」

「……わたし、枕は柔らかい方が好きなんですけど」

「我慢しろ」


 何を言っても聞いてもらえそうにないから、ちょっと腹が立ってきた。別に純粋にわがままで言っているわけじゃないのに。

 ちょっとむくれたら途端に脇腹をつねられた。ひどい、剣から手を離してまでわたしのお肉をつまむ必要性がどこに。


「その顔はやめろといっただろ」

「目を瞑っていらっしゃるのにわたしがどんな顔をしているかわかるって言うんですか」

「唇を尖らせてる」

「なんでわかるんですか」

「なんとなく」


 お前、気に食わないことがあるといつもその顔をするよな。


 そう言って微かに笑う人を見ながら落ちていく夢は、一体どんなものだろう。











 なんだか鼻と口の辺りがこそばゆい。


 そう思って目を開けるとハイド様のお顔が全面に見えた。こそばゆいはずだ。互いの鼻はくっついてるし、口も、もうちょっとでも動くと同じ運命をたどりそう。


 よし。落ち着くんだわたし。動揺して動いたらさすがに大事故。王族の方にこのような無礼を働いてはいけません。

 冷静になるために他の事に意識を向けよう。動けないから目の前のことを考えるしかない。

目の前。産毛も見えない滑らかな肌。閉じた瞼に揃う意外と長いまつげ。すっと通った高い鼻。薄く開いた形の良い唇。ゆっくりした呼吸がそこからわたしに伝わる。

…まつげでも数えようかしら。


「…ん、」

「おわっ」


 4本目まで数えたところで急にハイド様が動いた。ちょっと、若干。口に何か触れたような気がするけど気のせいよね。それより今の姿勢の方が問題だ。

 わたしの首に顔を埋める形になったハイド様はそのまま私を抱き込む姿勢をとっている。


「あの、ハイド様…」


 声をかけるけど微かに呻いて頭を動かすだけ。動くたびにわたしの首筋にさらさらとハイド様の髪が触れる。思っていた通り柔らかい。いや、そうじゃなくて。さすがにこれ以上は…。


「んん…ふふ、くすぐったいですよぉ」


 我慢できずに身をよじって笑ってしまう。こそばゆい。髪だけじゃなくて息もかかるから。

 抱き込められた中でぺちぺちハイド様の胸元を叩くとようやく目が覚めてきたらしい。ゆっくりとわたしの首筋から離れたところで目があう。ぼんやりとわたしを映す空色は眠気でとろけていつもより柔らかい色に見える。


「…アル?」

「おはようございます、ハイド様」

「……はよう…」

「あ、ちょっと」


 朝の挨拶をしたのにまた寝るとは何事ですか。今度は首元じゃないけれど、そこに埋もれられてもいろいろ困ります。くすぐったいのは変わりませんし。


「起きてください、もう朝ですよ」

「……起きたときが朝だ」

「なんですかそのお寝坊さんの理論は」


 ストル様が「あいつは寝起きが悪いんだよな」と言っていたことを思い出す。機嫌が悪いとかじゃなくてすっと起きられないってことだったのね。

すぐ下にあるつむじを見ながらさらさらと柔らかい髪を指で梳く。わたしの髪は真っすぐで癖がつかないお父様譲りの物だけど、ハイド様はどちらから授かったのかしら。


「んんん…」

「あ、ごめんなさい。嫌でした?」

「…くすぐったい」

「わたしも結構くすぐったいのでおあいこです」


 胸元もそうだけど、髪を梳いていたわたしの手を取って甲を指の腹でなでるものだから、それもなんだかこそばゆい。


「もう…起きてくださいってば」

「…わかっ、た」

「そう言いながら丸まるのはいけないことですよ。もしかして2度寝の常習者ですか?」


 こんなに眠たそうにしている人を無理やり起こすのは心苦しいけれど、このままだとくすぐったすぎて我慢できそうにない。心を鬼にして起こしにかかる。


「ほら、お、き、て、く、だ、さ、い!」

「ん、」


 一緒に被っていた布団を思いっきり蹴り上げて遠くに飛ばす。わたしも寒いけど、骨を切らせて何とやら。これでハイド様も起きるに違いない。


「あっ。ちょ、ちょっと待ってください、それ以上手を入られると服が脱げます」

「寒い」

「え?寒いと人の服取るんですか?や、ちょ、…ふふふふくすぐったいんんふふ!」

「なんだようるさいな…」

「笑わせてくるのハイド様でしょっ」


 機嫌悪そうに体を起こしたハイド様は、懸命にくすぐったいのを我慢した結果若干息の上がったわたしを見てしばらく瞬き。


「―――すまん…った!」


 謝りながら即座にベッドから飛び降りてすぐそばの浴室の壁に激突してうずくまる。ガラス、割れてないかしら。


「すごい音しましたけど、大丈夫ですか?」

「ばっ、こっち来るな」

「あの、一応御身を案じてですね」

「そんなはだけた格好で寄るんじゃない!」

「ハイド様がこんな格好にしたんじゃないですか」

 

 それなのに人を露出狂のように扱うなんてひどいと思う。


「…それに関しては後で煮るなり焼くなり好きにしてくれ。ともかくちゃんと服を着ろ」


 そっぽを向いた横顔はどんな表情かうかがえないけれど、耳が真っ赤なのできっと恥ずかしがっているんだろうな。つい笑ってしまう。

 はだけた服を整えながら明後日の方向を向くハイド様に話しかける。


「朝が弱いとはストル様から伺ってましたけど、いつもこうなんですか?」

「あの女余計なことを…っ」

「あなたを起こす係の人はどうやってるんですか?」

「俺が誰かれ構わず抱き着いていると思うなよ、お前の母親じゃあるまい」

「んむっ?!お母様が抱き着くのはお父様とわたしたちと、あと陛下だけですぅ!!」

「最後があるから言っているんだろ!」

「陛下は『優しいお姉さん枠』だそうですから目くじら立てないでくださいよ」

「あの男のどこをどうとったら優しいなどという形容がつく…」


 そんなことを言い合っているうちに宿の人が食事の準備ができたと伝えに来た。







「まぁ…当宿自慢の浴室、ご利用にならなかったのですね」

「どっちも疲れててそのまま寝てしまいました」

「それは残念です、お湯と外気の温度差を考慮して皇子自ら設計した素晴らしいものですのに」

「あ、やっぱりお湯が入ると湯気で中が見えなくなるんですか?」


 もくもくと食事をとりながら給仕をしてくれるお姉さんと話す。なんと、サントウィラード皇子の4番目の奥さんらしい。「つまり皇子妃では?」と委縮したわたしに、もともと給仕係だったのでと朗らかに言って有無を言わせず食事に入らせた凄腕の持ち主。

 話してみると委縮していたことなど忘れて会話を楽しんでしまうわたしと違って、ハイド様は終始無言で食べている。朝からたくさん食べられるから、あれだけ背が高いのだろうか。


「逆ですわ。いくら湯を入れようと中が曇ることなく明瞭に見えるように苦心されていました」

「え?」

私共わたくしども妃の部屋にも同じつくりの湯殿があるのですけれど、寝台で横になった皇子が嬉しそうに待ってくださっているのが良く見えて…」


 ほんのりと顔を赤らめてうっとりと言うお姉さんに何と言葉をかけるべきか。

 困ってハイド様を見ると、食事の手が止まっている。表情もあまり優れない。


「なんか、毒を盛られたような顔なさってますけど」

「胸焼けがする…」

「お母様に無理やりケーキ食べさせられた陛下みたいな顔でしたか」

「あの人はどうして父上の膝の上でものを食べるのが好きなんだ」

「それを見たお父様が拗ねるのがうれしいみたいです」

「…もういい」


 完全に食欲がなくなったらしい。結構な量が残ってますが、わたしひとりじゃ食べきれませんよ?


「あ、ごめんなさいね。こんな話聞きたくなかったでしょうに」

「全くだ」

「ハイド様、正直すぎますよ」

「そういえば、寝間着はいかかでした?意匠も肌触りも最上のものを用意しましたのよ」

「あ、着替えも忘れてました。折角のご厚意なのにごめんなさい」

「あら、そんなに疲れてたのですね。残念だわ。お嬢様にとてもよくお似合いだと思ったのだけれど」


 そう言って第四妃は部屋のクローゼットに歩み寄り、一枚の布を取り出す。


「うわちょ、ハイド様っあっち向いててください?!」

「そもそもここがそういう宿だと知っているからして、寝間着という単語が出た時点で俺は目を瞑っている」

「なるほど要するに何の準備もなくそれを目にして動揺している私が馬鹿だと仰っているんですね!」

「その通りだ」

「…お気に召しませんでしたか?」

「いえ、仰る通り可愛いデザインですね!面積狭くて透け透けだけど!!」

「実況するなこの馬鹿」

「さあ目を開けて、私と同じくらい居たたまれない気持ちになってください!!」

「断る」


 いくらスカートの中身と上半身をお見せしてしまったとは言え、あれは不幸な事故なのだ。

こ、こんな、意図的にいろいろお見せする姿にはなれないし、これを着て一緒に寝てたらどうしただろうなんてちょっとでも考えたら顔から火が出てしまう。もっと別のこと考えなきゃ。


「…はっ!これを着たお母様を考えればいいのでは?え、可愛い。」

「お前な……」


 何とか可愛いお母様のことを考えて顔の噴火をまぬかれたわたしに、ハイド様は呆れた声を。第四妃は非情にも温かい言葉を投げかける。





「また今度、二人でいらしたときにゆっくり着心地・触り心地を確かめてくださいまし」


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