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王子殿下と想定芝居  作者: 堂 ジヨン
第一幕 誰ですか馬車をひっくり返したのは
7/15

1.7王子殿下とわたしの追手…?


 布団巻でも意外とよく眠れたわたしは結構大物じゃないかしら。

 夜明け前に目覚めたハイド様によって起こされ、布団から解放されながらそんなことを思う。

でも、やっぱりまだ少し眠い。まだ4時くらいかなぁ。


 ぼんやり傍で柔らかそうな紐を折りたたんでいるハイド様を見る。やっぱり縛ってたんだなぁなんて思いつつ、動きに合わせてさらさら揺れる純白の髪を眺める。


「…髪、下してるんですねぇ」

「今更何言っている」

「指摘したら怒られる気がして言えなかったんですよぅ」


 いつも前髪を綺麗に撫でつけている人だから、今みたいに下している姿は珍しい。髪色を隠すために帽子をかぶっている姿も。珍しいものをここ数日で何度も見ているのはやはり緊急事態だからだろうか。


「いつ見ても柔らかそうですよね」

「…お前、起きてるか?」

「ちょっと寝てるかもしれません…」


 むにゃむにゃそう答えれば溜息をつかれてしまう。


「もう少し、寝てろ」

「平気です…急いで戻らないと、でしょう?」


 初日に泊まった宿の主さんが言っていた。ブリオニアの重要な人が行方不明になってるって。馬車をひっくり返された場所からそう離れていないからとは言え、あの小さな町で噂になるくらいだ。きっと陛下たちが探してる。元々、あの日のうちに戻る予定だったんだから。


 それに、わたしにとって大事なことはもう1つ。ハイド様には関係ないだろうけどどうしても早く戻りたい気持ちはある。


「双子ちゃんともうすぐ会えるんですもん、早く帰らないとだめなんです」

「アル」

「アレクの時はわたしも小さかったから一緒にいれなかったしアイちゃんの時は他の用事でわたしだけ間に合わなかったし」


 下がろうとするまぶたをこすりながら寝台から降りるために移動する。ふわふわな地面だと上手く動けない。


「今度こそ、生まれたその時におめでとうとありがとうを言いたいんです」

「アルディジア」

「何ですか?」


 とろんとしたままの目でもかっこいい人はかっこよく見えるものらしい。知り合いのご令嬢方はきゃあきゃあ言っていたなぁ。布団巻でも一緒の部屋で寝てたなんて言ったら怒られそう。


「悪かった」

「…何がですか?」

「巻き込んだ」

「ハイド様のせいじゃないでしょう。あの時、逃げるように言われたのに逃げ遅れたのはわたしですし。色々とご迷惑かけてますし」


 だから、そんな顔、しないでください。






 むにゃむにゃなにかお話をしていた気がするけれど、途中から二度寝してしまったらしい。

 次に覚醒した時、空が完全に白んでいたので悲鳴を上げかけた。よく見たらハイド様に寄りかかっていたので飲み込んだけど。耳元で叫んだら迷惑だもの。


「ど、どうして起こしてくれなかったんですかっ」

「寝ぼけ眼で暗がりを歩かれるより完全に起きた状態で明け方歩かせた方が安全だろう」

「そ、そうでしょうけど」

「お前が思ってるほど時間は経ってない。そもそもそんな長い時間寄りかかられたらとっくに振り落としてる」


 さっさと仕度しろと言って扉の外に向かう人は、きっと何時間でも寄りかからせてくれただろう。そっとかけられていた布団がそう教えてくれる。

 これ以上わたしのせいで時間を無駄にはできない。言われた通り早く仕度をしよう。


「……お前なぁっ!!」

「にゃぎっ!」

 

 丁度背を向けられているからいいかと思ってハイド様が外に出る前に着替えを開始したら、扉を閉める時に目が合った。なんか投げつけられた。紐だ。布団巻の材料の一つ。


「何のために俺が外に出ようとしてるか分かってるのかこの馬鹿っ」

 ハイド様の声が扉を閉めた途端に聞こえにくくなったから、昨晩仰っていた通りこの宿の防音性能は非常に高いようです。




 投げつけられた紐と共に部屋を出て2人そろって出口に向かう。まだ早い時間だというのは本当らしいく、廊下ですれ違う人もいないし出口から見える人通りもない。

 受付の人にお礼を言って外に出る。まだひんやりした空気が肺に入ると目がさえる感じがする。


「今日はどこまで行く予定でしょうか」

「できれば一番近い国境まで行きたいが、鉱山の件もあるし少し先へ迂回した方がいいかもしれない」


 今いる街は例の揉め事の中心である鉱山に比較的近い場所にある。もう少し南へ行けば騒動から外れて交流の止まっていない国境があるはずだ。もともとわたし達の乗っていた馬車もその辺りを走っていたのだけれど。


「馬車追い立てられて結構道外れましたもんねぇ…」

「もっと早く仕留めに行けばよかったんだが」

「走行中の馬車から単身飛び移って正体不明の襲撃者倒そうとしないでくださいね?」

「大したことじゃない」

「本当に心の底から簡単だと思って仰っているのでしょうけど、しないでくださいね?」


 あの時は本当に大変だった。窓から今にも飛び出そうとするハイド様を他の同乗者さんたちと一緒に必死に止めたのだ。みんな怖かっただろうな。王都から離れた国境にほど近い養護院に慰問に行った帰りに王子殿下が馬車から飛び降りようとする事態になるなんて、誰も思ってなかったから。


「そもそも王族を乗せている割に警備が少なかったんじゃないんですかね。これからは一隊くらいつけて移動した方がいいんじゃないでしょうか」

「無駄に人を増やせば動きが鈍る。そもそも自分の身くらい自分で守れる。そう言うお前も、同行は堂吏一人だったじゃないか。てっきり主教堂お抱えの兵士どもがついてくるかと思っていたが」

「養護院行くのにそんな物々しい編成にするわけないじゃないですか。子ども怖がりますよ」

「それもそうか。しかし、よくお前が遠出するのを教伯や父君が許したな」


 各主教堂の責任者は代々伯爵位を賜っているけれど、国教に携わるという点で他の伯爵家より影響力があるということから区別して「教伯」と呼ばれる。


「もう15歳ですからそこまで心配されませんよ。それに、今動けるの私だけでしたし」


 養護院への慰問ももちろん大切なことだけど、そのためだけに教伯であるおじい様が教堂を空けるわけにもいかず。叔父様は別の教堂との打ち合わせがあって動けず。お父様はお母様のお産が近いので傍を離れられず。次に年長のわたしが行くのは自然な運びだ。


「俺はアレクが来るものだと思っていたがな」

「確かにアレクは可愛いですけどそう露骨に何だお前かって残念がられるとちょっと傷つきます」

「そう言う意味で言ってるんじゃない。こちら側から行くのがストルだったらお前だろうなと予想されるが、俺が行くと決まっていたうえでもお前が来たのが意外だったというだけだ」

「それだと私がハイド様のこと避けてるみたいじゃないですか?」

「性別の関係だ馬鹿者。俺達の誰一人婚約者が決まってないんだ。同じ馬車に乗るだけでも何やかんやと言われるだろ」

「ストル様と一緒でもご令嬢方からキーって言われますけど」

「そういう『何か言われる』ではなくてだな…」



 ハイド様が急に言葉を止める。わたしも周りを見回す。


 悲鳴だ。

そう遠くないところから、誰かが上げた声。子どもの声。重なるのは何人かの怒声。


「ハイド様」

「…くそっ」


 丈の長い上着に隠していた剣を取りだしたハイド様はわたしを近くの物陰に押し込んだ。


「いいかここから出るなよ」

「でも、」

「様子を見てくる。対処できそうなら済まして、無理なら憲兵を呼んでくるからここで待ってろ」


 わたしが返事をするのも待たず駆けだしていく人の背を見送るしかない。

 だって、わたし、いても邪魔だもん。

 そう分かっていても胸の辺りに広がる冷たさはどうしようもない。あの時もそう、逃げろって言われたけど逃げられなかった。寒くて凍えそうで体が動かなくて。


 立っているより暖かいだろうとしゃがみこんでじっと待つ。

でも無駄だ。寒いのは外じゃないから。わたしの中だから。


「大丈夫」


 大丈夫に決まってる。だってあの人はとても強いもの。


「大丈夫大丈夫」

 わたしだってもう小さくないもの。ここで大人しくしているのが一番だって良く分かる。何かあればわたしが憲兵を呼べばいいんだし。

 だから、こんな寒さ、あったらおかしいの。



 必死に寒さを追い出そうとしてどれくらい時間が経ったのだろう。こちらに向かってくる足音が聞こえた。ハイド様のではない、軽いけど必死な足音。それを追いかける大きな足音。

 方向から言って悲鳴の聞こえた方向から来たようだ。


「待てこのガキ!!」

「――はなせっ」


 悲鳴じゃ声の質なんてわからないけれど、きっとあの子が叫んでいたんだろう。


「人に石何ぞ投げてただで済むと思ってんのか?」

「あんたらがわるいんだろっいすわってみんなメイワクしてんだ」

「俺たちは大切な仕事をしてんだよ…感謝して労わるのがお前らの役目だろうがっ」

「やめて」


 振り上げたこぶしを止めてこちらを見る男は制服を着ている。役人か何かだろうか。ハイド様が対処できそうと思ったのか、憲兵を呼ぶのではだめだと思ったのか。それはわたしにはわからないけど。

 小さな子どもを殴りつけるのはよくなことだってことだけは確かだ。


「なんだい嬢ちゃん、こんな時間に一人で」

「子どもを殴らないでください」

「おいおい、こいつはね俺の仲間に石なんてもんを投げてきたんだよ?」

「そんな小さな子が投げられるくらいの石で負った傷と、あなたがその子に負わせる傷と。どちらが重いかは考えるまでもないでしょう」

「はっ、この制服がわからんのかね。俺らは王宮直属の兵士だ!」


 それはそれは。「たすけて憲兵さん」作戦ではだめだろうな。

でもハイド様、あなたが対処する方がまずい気がするのはわたしだけでしょうか。


国家問題になるのではないかと青くなったわたしを見て、都合よく勘違いしたらしい男は自慢げに話を続ける。


「わかったか?こんなガキが俺達にたてつくこと自体が重罪なんだよ。きちんと償ってもらわないとな」

「その子を殴ってもお仲間の傷は治らないでしょう、治療費は私が出しますからその子を放して」

「…あんたが代わりに償ってくれるって言うんならもっといい方法があるだろ?」

 

 子どもを放り出した男は笑い方をニタつくものに変えてわたしの方に歩いてくる。ついでにベルトに手をかけているから、何を考えているのか丸わかりだ。


「まずは俺、その後はそうだな…石を当てられた奴は勿論だが仲間を傷つけられたのにも、きちんと償ってもらえるんだろうな?」


 じりじりと近くの壁の方に下がっていくけれど、男が同じ速度で近寄ってくるから距離は開かない。それでいい。怯えているように。怖がっているように。就いた役職を笠に着て子どもを殴るような男だ、弱く見える方が喰いつくに決まってる。


 だから、今のうちに逃げて。他にもあなたを追ってくる人がいるかもしれない。

 目くばせもできないから心の中で祈るだけ。どうかどうか。


 気づけば壁に背中がついてしまった。胸の前で手を組んで怯えたフリをする。わたしの背は小さいから、ハイド様ほど高くないこの男でも組んだ手は顎よりだいぶ下になる。

 ベルトを外し終えたらしい男が機嫌よく私に手を伸ばして、そして。



「両手を挙げろ」


 低く地を這う声に従って顔の横に手をかざした。国は違えど降参のポーズは同じらしい。


「そのままゆっくり後ろに下がれ。これ以上そいつに何かしようとしたらこのまま横に薙ぐ」


 首筋に触れるか触れないかの位置で固定された刃は揺らぎもしないが引きもしないだろう。先ほどまでの高慢さはどこにいったのか、怯え切った顔で大人しくゆっくりと遠ざかる男は震える声でハイド様に問いかける。


「ほ、他の連中はどうしたんだっ」

「貴様が知る必要はない」


 わたしから十分距離をとったところで急に男の身体が沈んだ。ハイド様に組み伏せられたのだ。

 痛みからか呻く男の上に見える姿に赤色が混じっていて思わず声を上げてしまう。


「ハイド様血が」

「俺は何と言った」


 視線は組み伏せた男に注いだまま問いかけはわたしに。もともと低い声だけど、わたしと話しているとだんだん低くなっていくことの方が多いけど。


 こんなに硬い声、知らない。


「俺は、お前に、何と言った」

「あの場所から動くな、と」

「どうして聞かなかった」

「――申し訳ありま」

「そのねえちゃん悪くない!!悪くないやつはあやまっちゃだめだっ」



 わたしの祈りは通じなかったらしい。やはり国が違うと神様の違うのかしら。

 逃げずにその場にとどまっていた子どもがハイド様とわたしの間に立って必死に言い募る。


「そいつが、おれをおいかけてつかまえてまたなぐろうとしたからねえちゃんでてきたんだ。かんけいないねえちゃんにひどいことしようとしたのもそいつだろ、怒るならそいつだけにしてくれよっ」

「――黙れっ!そもそもお前が…それに、代わりを言い出したのはその女の方、がぁっ!!」


 子どもの言葉に反応したのは男の方だった。そして、子どもにかけた言葉に反応したのはハイド様の方で。

 ぼきんと嫌な音がしたから、多分、どこかの骨が折れたんだろう。


「ふ、ふざけやがってこの野郎…俺たちが誰か分かってるのか?!」

「ミネオーア宮殿の兵だな。それもおそらく皇帝派閥だ。主君が主君なら臣下も臣下だ、女子どもに手を挙げれば自分がえらいと勘違いしてつけあがる」

「なに?」


 突然の主君への侮辱に驚いたのは男の方。ハイド様の顔を見て驚いたのはわたし。

 長い付き合いのわたしも見たことがない笑顔を浮かべたその人は、きっとそれに気付かず話を続けている。


「大方、ブリオニアからの要請を受けて派遣したんだろうが随分とこの国は人材がないんだな。お前らのようなのが皇帝直属などと、笑わせる」

「なんだと、このっ…」

「父上も、ミネオーア帝などに捜索を頼むなど何を考えているんだか。腑抜けの第5皇子の方がはるかにましだろうに…ああそれとも、第5皇子に頼んだことが皇帝に掻っ攫われたのか?」


 くつくつと笑い声まで上げるから、思わず傍にいた子どもを抱きしめてしまう。子どももわたしにしがみ付いてきた。震えているのはどちらだろう。もしかしたら2人ともなのかもしれない。

 ハイド様。言いつけを破ったことは謝りますから、どうか返り血まみれで笑わないでください。帽子をどこにやったのか、朝日に輝く白い髪に赤色は映えるというか目立つというか。

はっきり言って怖いです。


「どの道、ただで済むと思うなよ。隣国から捜索依頼の出ている人間の一方に剣を向け片方に傷を負わせようとしたんだからな」

「ば、ばか言うな。お前がブリオニアの王子だとでもいうのか?」

「人相も聞いてないのか?それともその首の上の飾りには記憶しておけなかったのか?」


 組み伏せた男をひっくり返しその胴を踏みつける体勢に変えたハイド様は、もはや満面の笑みと言っていいような表情だ。


「…し、白雲の髪に、蒼天の目」

「我が国の神話を知っているのか。なら話が早い」


 男の腹に乗せた足にかける体重を増した人は今は赤に彩られているけれど。


「俺はブリオニア王国第一王子、アナスタシウス・ハイドランジア=ナスタチウムだ」


 こう名乗って疑われないくらいに空の色を持っている。


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