1.2王子殿下とわたしの家族
現国王陛下、つまり、王子殿下のお父様にはお妃さまが2人いる。
クレナータ教は主神のアルディジア…わたしじゃないのよ名前の由来になっている方、が愛の女神様で等しく愛を注げば何人他に妻がいてもいいのよと夫のハイドランジア…これも殿下じゃない、に言っていた関係で、複数奥さんや旦那さんを持っても教義的に問題ない。
そして、王后様と側妃様はなんだかとっても仲がよろしい。殿下のお姉様と殿下がそれぞれ王后様と側妃様のお腹に宿ってらっしゃるとわかったのも同じ時期だったらしい。何せわたしが生まれる2年ばかり前のことなので、らしい、としか言いようがないのだけれども。
ともかく、お二人同時にご懐妊ということになって、お名前を付けるのはどうしましょうという話になったそう。王族方は通常名乗る「一の名」と家族とか親しい友人に使わせる「二の名」がある。陛下は「一の名」の方をご自身の従兄である公爵家のご長男に、「二の名」の方はそれぞれお妃様に候補を考えるよう言ったそう。
ここまではベつに問題ない。そう、問題はここから。わたしにこの話を聞かせてくれたお母様もこの後から深刻な声に変えて話を続けてくれた。深刻な顔をしたお母様も可愛いかった。
――そろそろお子さんが生まれますよ、というときにへーかが空気を読まずに刺されて死にかけたんです。
お父様とお母様は陛下と仲がいいのでこんな言い方でも特に怒られない。特にお母様の方、会うたびに飛びついて頬にご挨拶するものだからお父様がいつもすねる。お父様可愛い。
ともかく、陛下が大変な目にあわれそんな中で側妃様が産気づく。
――王后様より先に産むわけにはいかないので我慢します、と側妃様は言いました。
お母様は人の声を真似るのが上手なので、側妃様のお言葉は側妃様の声で話していた。勿論、この後の王后様のも。
――我慢するものじゃありませんのよ、アカンサ様。そのままするっとお産みくださいませ、と王后様が言っても側妃様は首を縦に振りません。仕方がないので王后様は言いました。
私の腹を切って子を取り出してください、と…
当時の王城は大変だったろうなと思う。陛下は意識が戻らないし、お妃様方はよくわからない譲り合いを始めるし。
お父様は陛下に付きっきりだったからお妃様方の会話は後で知ったらしい。お父様は出産などは専門外なのだけど、聞いた後に顔を青くしていたからきっととんでもない会話なのは間違いない。でも、王后様ならさらりと言いそう。
そんなこんなで王女殿下が先にこの世に生まれ、次いで王子殿下が生まれた。陛下はまだ意識が戻らない。でも、生まれた子には早く名をつけねばならない。名前は親や保護者が最初に与える加護だから。
仕方なく、陛下の従兄様は考えていた「一の名」の候補を王后様と側妃様それぞれに伝えてその中から選んでもらうようにし、お妃様方もそれぞれ「二の名」をお決めになった。そうして、教堂で名付けの宣誓をするのだけど、側妃様が王后様に遠慮して王族方のよく使うアルディジア主教堂(ちなみにわたしの実家)ではなく、ハイドランジア主教堂にてそれを行ったのが決定打だった。
あ、クレナータ教でお祈りとかする施設は教堂というのよ。それぞれ教典にある神様のうち、一柱のみ祀ってその神様の名前をとって「○○教堂」という名称にする。例えばアルディジアを祀るならアルディジア教堂、ていう感じに。わたしの実家は各地にあるアルディジア教堂を束ねる立場なので「主」がついてアルディジア主教堂、と呼ばれるの。なのでわたしは「アルディジア主教堂のアルディジア」、とても覚えやすいでしょう?
ともかく、王女殿下はうちで王子殿下は4区画離れたハイドランジアさんとこでそれぞれ名前を付けた。ハイドランジアさんとこじゃなくてうちの直轄のアルディジア系列だったら何とかなったのかもしれない。要は、それぞれどんな名前受け付けたかってすぐに情報共有されないのよ。
そしてしばらくして目覚め、お子さん方の名前を聞いた陛下は傷口に響くのもかまわずこう叫んだそう。
「何を考えてんだ貴様等ァッ!!!!!」
担当医のお父様は即座に陛下を怒鳴りつけて鎮静剤を打ち込んだそうだけど、陛下が叫ぶのも無理はないと思うの。
だって、お母様が違うとは言えほとんど同時に生まれた王女と王子にほとんど同じ名前つけたら困っちゃうでしょう?…陛下の従兄様は候補をいくつか挙げていたらしいけど、意識が戻らない陛下への祈りとして最後に追加した「復活」の意味のある外国由来の名前が両殿下に採用されてしまったので、
王女殿下はアナスタシア・ストレリチア=ナスタチウム様
王子殿下はアナスタシウス・ハイドランジア=ナスタチウム様
となったわけ。
ちなみに王女殿下の「二の名」の由来のストレリチアは経典の中では美と芸術の神であることよりハイドランジアの一番有名な愛人であることが強調されているので、陛下に投与された鎮静剤は2倍になったそう。
――そうしてお父様はへーかに鎮静剤を打ちながらこう言いました、うちの娘はアルディジアです。
お父様の声真似もこなしながらニコニコしているお母様は可愛いかったけど、両殿下が生まれてから私が産まれるまで陛下が目覚めなかったということになるのでなかなか怖い話だ。今はお元気そうで何より、お父様の報告を受けた当時はもう叫ばずに静かに顔を手で覆ったそう。
仕方ないんです、陛下。「二の名」は普通王族の方が5歳になるまでは公表されないんです。お父様もきっと陛下と同じときに初めてお二人の「二の名」を知ってとても困ったと思います。お父様可愛い。
――へーか、自分が名付け親になったの覚えてなかったんですかね。お父様が結婚したすぐ後に「子供ができたら名前を付けてください」ってお願いしたら「女ならアルディジア男ならアレキサンドル」って適当に言ってたんですよ。
多分、お父様の目の色とお母様の髪の色を引き継いだ想定で仰っただろうなと思う。アルディジアは赤い髪に緑の目だから。当の私は引き継いだのが逆で黒髪に茶色の目。弟のアレキサンドルは赤髪緑目なので「名前交換しない?」と冗談を言ったら泣いて嫌がられた。アレク可愛い。
ついでに妹のアイリスはほとんどお父様と同じ顔立ちでやっぱり可愛い。そうしてやっぱり名付け親は陛下だ。これから生まれる双子ちゃんも陛下に名前を付けさせるのだと意気込んでいたお母様はとても可愛いので、陛下には是非ともお名前をひねり出してもらいたい。
「殿下殿下、身元隠す上でもっと問題があることに気付きました」
「その呼び方でばれるということか」
「あ、はい、アナスタシウス様?」
「姉と混同するからその呼び方はするなと大昔に言ったが?」
「し、シウス様?ん?ウス様?」
「誤差の部分だけで呼ぶな」
「は、は、ハイドランジ」
「ぶん殴るぞ」
「ハイド様!!」
答えがないのでこれでいいのかわからない。そっと伺いながらもう一度呼ぶ。
「…ハイド様?」
「…………」
「……………ハ、イド様…?」
「………………………………もうそれでいい、アル」
何年かぶりの呼び名を互いに口にして、若干微妙な空気になるのは仕方ない。仕方ないけど、王女殿下が見てたらお腹を抱えて笑い出すんだろうなと思うと、やっぱりちょっと気になってしまう。




