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王子殿下と想定芝居  作者: 堂 ジヨン
第二幕 さすがに役者不足です、陛下
13/15

2.3王子殿下とわたしと王女殿下


 ハイド様、大丈夫かな。


 身の程知らずだけど心配してしまう。

することもないので中庭沿いの回廊の柱にもたれかかってぼんやりハイド様の様子を思い返す。


ハイド様と陛下の仲があんまりよくないのはみんな知っている。ストル様とも仲がいいわけではないだろうけど、ハイド様とはほとんど会話もしないらしい。王后様と側妃様とはあんなに仲睦まじいのに何でだろう。

王族ってそう言うものなのかな。貴族に生まれたけど、仲が良すぎると言われるくらいわたしは家族とお話したり一緒に過ごしている。


 わたしやアレク、アイちゃんには優しく接してくれる陛下は、ハイド様やストル様には基本的に厳しい。どっちが実の子なんだかわからないなと冗談っぽくストル様は言っていたけど、その時のハイド様がどんな顔をしていたのか思い出せない。



「…わたしが考えてもしょうがないことか、ん?」


 なんだか庭の奥から騒ぐ声が聞こえてきた。蜂でも出たのかしら。お花が満開だもの、虫も多いだろう。さされたら困るから立ちあがって距離をとろう。必要ならすぐに人も呼んでこれるし。


「―――ぅぐぁ!!」

「いてぇっ!!」

「――――っ」


 そう思っていたら蜂じゃなくてやたらと怪我をした人が何人か飛んできた。文字通り、吹っ飛んで。これはきっと誰かに投げられたんだな、うん。

――逃げよ。これは乱闘に違いない!


 大急ぎで回れ右をしたわたしの耳に、威厳に満ちた若い女性の声が届く。


「なんだ、口ほどにもないな。ま、徒党を組まねば私に挑めぬ程度の腰抜けに、端から期待をするのが酷か」

「…こんのアマっ!ひとの女に手を出しといていけしゃあしゃあとっ」

「随分な物言いだな。彼女たちから相談を受けたんだよ、婚約者または恋人の仕打ちをね」

「相談だと?ふざけんな、こっちは別れるとか言われてんだっどうせお前がそそのかして、」

「そうだな、確かに唆したのかもしれん」


 高い位置で一つに結わいた銀髪をなびかせながらブーツの踵を鳴らし、自分が投げ飛ばした男の人たちに歩み寄った彼女は、すぐそばの一人のあごを剣の鞘で持ち上げて不敵に笑う。


「女の悦ばせ方も知らぬような餓鬼、相手しているだけ人生の無駄だってな」

「なん、なんだとこのっ」

「通いの店にはいかなくていいのかい?愛しのボニー嬢が寂しがっているんじゃないか。ご両親に伝えて家に呼んでもらえばいいか?」

「!」

「其の方は、そうだな、殴りたいなら砂袋でも買え。金がないなら贈ってやろう、恋人の代わりにどうぞとメッセージを付けて」

「なっ」

「そっちは、そうだな。当主殿に小遣いを増やしてもらえるように私から願い出てやろうか?そうすれば婚約者の家から宝飾品を持ち出さずに済むだろう」

「ひっ…」


 なんとまぁいろいろと問題のある人たちだったらしい。

 心当たりしかないようで、一目散に逃げていった。こっちに来られたらどうしようかと思ったけど、人目につかない方を選んだみたい。大慌てで行くものだから、植木の枝に何度もぶつかっていた。


 そんな様子を鼻で笑って見送った人は、すっとこちらを向いて柔らかく笑む。


「やあ、愛いアルディジア。見苦しいものを見せたな」

「いえ。お怪我はありませんか、ストル様」

「あんなもので怪我などしたら恥のあまり死んでしまうだろうよ」


 確かにこの人から見たら大抵の人は「あんなもの」で片付いてしまうだろう。あのハイド様が片手では勝てないと言っていたし。

 

 凛々しい騎士服に包まれた王女さまは、桃色の瞳をいたずらっぽく片方閉じる。かっこいい。

 女性に対して適切かは分からないけど、この人のしぐさはどれをとってもとてもかっこいい。

 

「聞いたぞ、婚約したそうじゃないか。しかもあの愚弟と」

「う、もうお耳に入りましたか…」

「酷いな君は…私という者がありながら、他の者と約束を交わすなんて」

「はぅっ」


 近いです、ストル様。さっき転がってた人もされていたけど、鞘じゃなくて手だから、なんだかとってもドキドキします。手袋越しにちょっとなでてますよね?ぞ、ゾクゾクしそうなのでやめてほしいです。


「あ、あああああの、他の方に見られたら多大なる誤解を招きますので、この姿勢はちょっと」

「目の前に私がいるのに他の人間のことを考えるというのか…これはお仕置きが必要だな」

「え、あ、ちょっと」


 ぱっとわたしの手をつかんですたすたと歩むストル様。必死に許しを乞うけど聞いてもらえない。


「あ、ああどうかお許しを…!」

「そんな可愛い声を出しても無駄だ。…これからもっといい声を聞かせてもらうことになるのだから」

「そんな、ストル様…っ」

「さあ来い、私の部屋だ。久方ぶりだろう?」


 決して痛みはないのに振りほどけない手に導かれるまま、ストル様の部屋が近づいてくる。


 ごめんなさい、お父様、お母様。

もうわたしには抗うすべがありません。

 






「さぁ、どちらがいい?」

「んんん~選べません!」

「よし、半分こにして食べよう」

「やたーー!」


 フォークを持った手で小さくガッツポーズをとる。そんなわたしを見てストル様は薄く笑う。

 そうしてわたしたちの間のテーブルに置かれた2種類のケーキを、それぞれきれいにナイフで等分する。剣が上手な人はやっぱり切るのがうまいのかな。わたしはきょうだいで分けて食べてねって言われたもの、だいたい不平等なものにしてしまう。


 夕飯前にお菓子を食べるという大罪も、目の前のキラキラしたケーキの前では喜んで行ってしまう。ああ、きっとご飯食べれない。でもすごい美味しそう。ベリーのタルトとブドウのショートケーキ。色鮮やかで宝石みたい。


「母上とアカンサ様との茶会が、愚弟の婚約云々で流れてしまってな。さすがに一人では食べきれなかったから、君がいてくれて助かった」

「あ、その節はご迷惑を…って現在進行形なんですが……」

「気にするな、元はといえばハイドがさっさと陛下に話を付けてなかったのが悪い」

「そう、いうものなんですかね」

「確かに、内容的に言いにくかったのかもしれんが。君がミネオーア帝に召し上げられないように“婚約者”と言った、など。陛下が激怒するのが目に見えている」

「え?」

「ああ、そうか。君はあまりあちらの国に詳しくないのか」


 さっくりとタルトを一口大に切って口に放り込んだストル様は、飲み込んだ後さらりと説明をしてくれた。


「わが国では婚約しているからといって過度な交流はしないものだが、あちらの国は婚約といったら子どもができてもおかしくないことと認識されてる。というか、婚約したらこういうことをし終えているという意味だ」

「んぶっ?!」

「相手がミネオーア帝だからな、自分の手付きだと言えば興味をなくすと思ったのだろう。で、実際どうなんだ、ミネオーア基準の婚約者になったか?」

「め、めっそうもございません!!」

「そう、ならよかった。流石に弟が父親に惨殺されては寝覚めが悪いからな」

「っげほ?!」


 ハイド様がとんでもない方法でわたしをかばってくださったことがわかってクリームでむせ、もしもの世界で起きている惨劇に紅茶が気管に入った。ストル様が優しく背中をなでてくれるけど、それどころじゃない。


「ざ、惨殺ってなんですか?」

「陛下はな、あんな見た目だが貞操観念ガチガチなんだ。婚姻前になんて絶対に許さない。特に、身分差がある相手を無理やり、とか、分別のつかぬ子どもに、とかだともう手が付けられない程激昂する。ハイドは一応この国で最も権力のある家の出だからな、君のご実家でも“身分差がある”に該当してしまう」

「いや、あの、ハイド様そんなことする人じゃないでしょう?」

「あの方が我々の行為を判断するのに先入観なぞ持たないよ」


 事もなげに言って紅茶を飲むストル様は、そう言えば以前ご令嬢方との関わり方で陛下に叱られたと言っていた。


「えっと、惨殺という言葉が出たのは、具体的な経験に基づく確かな推察ということでしょうか?」

「ん?…ああ、前に呼び出されたときのことか。あの時は流石に参ったな、私の子を身籠ったという令嬢がいると言われて」

「んんっ?!」

「それも2人同時だったな…当人同士は特に親しくない様だったから随分と気の合うお嬢さん方だと思ったが」

「ん、え?!お、お子さんがいらっしゃるんですか?」

「何を言っているんだ、君も知っての通り私は正真正銘女だ。残念ながらご令嬢に命を授けることはできない」


 できたらするんですか、という問いはちょっと怖いのでやめておいた。確かに、一緒に水浴びとかをしているのでストル様が女性なのは知っている。知っているけど…。


「えっと…ストル様の醸し出す雰囲気によってお子ができてしまったと思ったと…?」

「そうだったら話が楽だったんだが」

「いえ、決して楽ではないと思いますが」

「2人とも、結婚を控えていたんだがそこに問題があったようでな。私の子を宿したなどと言えば、おかしな令嬢だと思われて破談にできると踏んだらしい。詳細を聞き取った母上達が、陛下に大枠だけ話して対処してもらったそうだ」

「な、なるほど…」


 そこまで追い詰められていたなんてとその後令嬢たちに思いをはせる。


「あ、君はこの方法をとらないでくれよ。昔ならいざ知らず、あの図体の愚弟とやり合うのは骨が折れるのでな」

「そんなことしませんよ!」

「いや待て、仮にそうなったとしたら…王子と王女を手玉に取る伯爵家令嬢、か。そそるな」

「どんな悪女ですか!!しませんからね、いくらストル様に頼まれたって!」


 そんなことしたらあなた方のファンにどんな目にあわされるか。

 ハイド様を慕う人たちは遠くからお姿を眺めているくらいだけど、ストル様のファンは違う。前面に現れ全力で愛をさけぶ。すごい熱量、すごい熱気。そうしてそれを爽やかに受け止めるストル様。その姿に歓喜するご令嬢。この循環、巻き込まれたら無事じゃすまない。


 くすくす笑いながらわたしの慌てふためきようを楽しんでいるストル様をちょっとにらんでしまう。からかわれているのは分かるけど、それを躱すにも諦めるにもわたしはまだ大人じゃないみたい。たった2歳差なのにこの差は何なんだろう。


「その顔、あまり外ではしない方がいいぞ」

「…他の人にも言われましたけどどうしてですか?理由聞いても教えてもらえなくて」

「口づけしたくなる」

「――はい?」


 一瞬で毒気を抜かれ、瞬く間にあごを捕らえられる。え、近い。麗しいお顔が大変近い。


「す、ストル様。ちか、」

「こんな可愛い唇をああも突き出されたら吸いついてくれと言っているようなものだ」

「い、言ってませんっそんなこと言ってませ、」

「今口に含んだら、ベリーの味がするのかな?」

「――だ、誰かたすけてくださーーい!!」


 自分と同じ人間が放っているとは思えないくらいの色香に当てられて顔が真っ赤になってしまう。


「誰も来ないよ。人払いをしたからね」

「!!」

「さて、今から一つ質問をしよう。正直に答えられたら解放してあげる。誤魔化そうとしたり嘘を吐いたら、今よりもっと恥ずかしい目に合わせるからそのつもりで」


 これ以上?!


「――君に、さっきの表情をするなと言ったのはハイドか?」

 

 ささやくような声が口元にかかってくすぐったい。サントウィラード皇子の宿での朝を思い出す。

 あの時も、同じくらいの距離にあの人がいた。


「…成程、よく分かった」

「まだ、何も、申し上げてませんが」

「顔を見れば分かるよ」


 そう言ってゆっくりとストル様は離れていく。


「さて、ケーキの残りを食べよう。その間に君も落ち着くだろう、そんな顔のまま帰らせるわけにはいかないしな」


 何事もなかったかのようにフォークを持ちなおすストル様とは対照的に、わたしはしばらく動けそうにない。なんだかとても喉が渇いているけど、カップをのぞき込んだ時に映るだろう自分の顔を見たくなくて、我慢した。






 ゆっくりゆっくりとケーキを食べ終わり、ストル様に顔をのぞき込まれて「うむ、問題ない」と退出の許可を出された。お父様たちの御話し合いはまだ終わってないのかな、結構時間たったけど。


 陛下のお部屋のある王族方の居住区にはあまり近づかない方が胃のためなので、ストル様と出会った回廊まで戻ることにした。投げ飛ばされる人がいなければ、ただ静かで美しい中庭が見える。

 ぼーっとその景色を横目に見ながら歩いていると、少し離れた所に人影が見えた。やっぱりあの人の髪の色は目立つ。少し傾いた日の光を浴びてより一層白く輝く雪のようだ。


 でも、なんだか様子が変。ここはお城だからハイド様のお家なのに。

 どうして迷子になった子どもの様に見えるのだろう。


「ハイド様」


 また何も考えずに行動してしまった。もしかしたら1人で居たい気分かもしれないのに。

 でも、一度発した音は取り戻せないから、そのままの勢いでハイド様の方へ歩み寄る。ちょっと距離の把握に失敗して近づきすぎてしまった。歩いてきた勢いのまま持ち上げた手がハイド様の手に乗ってしまったし、背の高い人を近くで見上げるのは首が痛い。お母様がお父様とお話するとき「お顔が近くてうれしい」と言っていたけど、首が痛くならないからなのかもしれない。


「お疲れ様でした…結果は芳しくなかったのですね?」

「また折を見て直訴する」

「陛下が一度お決めになったこと、翻されるとは思えませんけど……」


 そんなことは分かっていると言いたげに視線をそらされる。いつものことだ。いつもわたしは距離の取り方を間違えて、この人に近づきすぎてしまう。だから視線が外されるのも仕方がないことだ。

 でも、やっぱり聞かずにはいられない。


「…ハイド様、」

「何だ」

「何か、ありました?」

「………どういう意味だ」

「いつもと違うお顔をされているので…」


 ハイド様は表情がわかりにくい。わかりにくいということは表情があるということなのだ。

 今だって、わたしの言葉に一瞬驚いてそして苛立たし気にしているもの。


 そうして、こういうやり取りは何回もしている。両親同士が交流があれば、自然とわたしたちも何度も顔を合わせるから。その度に決まってこの人は言う。


「お前には関係ない」


 乱暴ではないけれど引き留めるには速すぎる動きで、わたしが重ねた手を避ける。取り残された手の置き場がないから、胸元に引き寄せて軽く握る。そうして、わたしもいつも通りの言葉を返す。


「そう、ですね。出過ぎたまねをしました」


 またやってしまった。でも、見なかったことにはできない。

 何もできないのにそう思うのはきっとわたしが弱いからだ。


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