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王子殿下と想定芝居  作者: 堂 ジヨン
第二幕 さすがに役者不足です、陛下
12/15

2.2王子殿下とわたしの「婚約」発表


 あの場にいたすべての人間から考え直すように訴えかけられてもにこやかに座ったまま動くことなく、陛下は全ての言葉を無視し続けた。すごい精神力。さすが一国の王。


 最終的に説得を試みていた方が疲れてしまって、あの場はお開きになった。お父様もぐったりしていったん帰ろうとわたしを連れて家に戻った。帰ったとたん様子のおかしいわたしたちを見てお母様たちが心配そうに駆け寄ってくれた。


 わたしは自分の不用意な発言が引き寄せたとんでもない条件に口が重くなっていたので、お父様が簡潔に皆に説明をしてくれた。お父様も疲れているだろうに、本当にどうしようもない娘でごめんなさい。


 話を聞き終わったお母様がぽつりと言う。


「そうですか」

「“そうですか”?」


 あまりにうすい反応なのでお父様と一緒に聞き返してしまった。


「へーかならしそうですよね。そう言えば、双子ちゃんが生まれた後すぐ『名前つけてくださいね手紙』出したんですけど、お返事にあったのこのことだったんですかね」

「は?」

「アルちゃんにい人いる?って聞かれたので、いないと思いますよって答えました」

「なんで僕に何も言わなかったんだ!」

「世間話と思ったんですよ。王子さんの相手が決まらなくて困ってるんだけどそう言えばそっちの娘さんはどう?くらいの軽い感じだったので…あ、遠回しに2人丁度いいねってことだったんですかね」

「どう考えてもそうだろうが!」


 お父様の大きめの声に、お母様の腕の中ですやすやしていた双子ちゃんたちが泣き出してしまった。慌てて片方を受け取って、お母様と一緒にあやし始めるお父様。可愛い。


「やはりふらちな目にあわれていたのですね…ゆるすまじ第一王子」

「いや、ハイド様何もしてないって姉上も言ってただろ」

「お兄さま、お姉さまと一緒に一夜を過ごして正気でいられる殿方がいるとお思いですか?…ああ、きっと権力をかさに着て口にもできないような要求をしてきたんでしょう」

「アイリス、お前、ホントどこでそういうこと覚えてくるの…?」


 アイちゃんがめくるめく想像に怒りを抱きだしたので慌てて抱きしめる。


「アイちゃんが心配するようなことは何も」

「お姉さまにそんなことをしていいのはわたしだけですのに」

「アイちゃん?」


 わたしの胸元に顔を埋めたまま上目遣いで見上げてくるアイちゃん。可愛い、可愛いけど。何を言っているのかな?


「無茶な要求を言って、あわあわするお姉さまを見て楽しんでいいのはわたしだけです!!」

「姉上に変なことするなよ…?」

「あのいけすかない第一王子に、わたしのお姉さまがいいようにされるなんて…想像するのでさえ腹立たしい」

「だからね、何もされてないんですよ?アイちゃん…あの、目が割と怖い」


 どうしたらアイちゃんの憤りを抑えられるのか考えていたら、双子ちゃんをあやし終えて揺り籠に収めたお父様がアイちゃんをひっぺ替えしてデコピンの刑に処した。わたしも昔、怒られるときによく受けていたけど、音に比べて痛みはそれほどではない。しかもその後、お母様からの痛いの痛いの飛んでけのおまじないを受けられるので、実質唯のご褒美だったりする。良い子のアレクはあんまり受けたことがないらしい。


 アイちゃんのおでこをなでなでしながらお母様がアイちゃんに質問をする。


「アイちゃんは昔から王子さんのことが嫌いですよね。どこが嫌いですか?一応お義兄さんになる人ですから、仲よくできたらいいと思いませんか?」

「声」

「それは直してもらいようがないですねぇ」

「あと顔、背も高いの嫌」

「全否定ですね」

「名前!」

「どうしようもないですね。義理の妹にいびられながら逞しく生きてもらいましょう」

「母上、一旦落ち着きましょう。結婚すること前提の話になってますよ」

「え?だって婚約の次って結婚でしょう?」


 こてんと首をかしげるお母様。可愛い。ふわふわできれいな濃紅色の髪が動きに合わせて揺れる。

 アレクもお母様と同じ髪だけど、ずいぶん短いから動いてもこうはならない。でもやっぱり可愛い。


「それが問題だからどうにか解消しようとしているんだろ。アルと結婚したら自動的に王子殿下が王太子になって、挙句王位を譲ると言いだしているんだから」

「ええ、聞きました。言い出したのはへーかなんでしょう?」

「そうだが」

「へーかが、大人しく対策されるのを待つと思います?」

「…なん、」

「へーかですよ?私達の国王陛下、でしょ」


 お父様の血の気が引き始めた。えと、どういうことでしょうか?


「ところでララちゃん、堂長達には相談しているんですか?一応教伯家の当主は堂長なんですから、知っとかないとまずいですよね」

「…内容が内容だけに時期を見ようと」

「あなたって人がいいですよね。堂長が怒鳴りこみに行くのを避けようとしたんでしょうけど、多分それ、逆効果です」


 なでる手をアイちゃんのおでこから頭に移したまま、お母様は続ける。


「あなたから聞いたのと、へーかから事後報告って形で知らされるのとじゃ堂長の血圧の上がり方が違うでしょうから、後者の方法を先手でとられたら確実に堂長はへーかに詰め寄ります。へーかはそれを逆手にとって周囲のあらゆる人にアルちゃんたちの婚約を知らしめるでしょう。そうなれば、へーかの言った条件を満たしたところで簡単に婚約解消なんてできませんね」


 さらさらとした黒髪をひとしきりなでた後、にっこり笑うお母様。


「私がへーかなら、あなたたちが帰った後すぐ堂長に向けて正式な文書で婚約してくれてありがとうの通知を出します」


 まるでそのタイミングを見計らっていたように、部屋の扉が乱暴にノックされる。


「ラルゴ、いるか?ちょっとな聞きたいことがあるんだ、入るぞ」

「兄上、」

「――アルちゃんが殿下との婚約を承諾したって本当か?」


 何かメッセージカードのようなものを手にして息を切らした伯父様の言葉に、ほぅらと言う顔をしたお母様以外みんな固まってしまう。


「ライさん、堂長はへーかのとこに殴り込みに行っちゃいましたか?」

「え、ああ。家長が知らないところでおかしな話をするなといいに」


 つかつかと伯父様に歩み寄ったお父様が、伯父様の手にあったカードを奪い取って見分を始める。


「…紋といい使っている紙やインクといい、完全にシオン本人の手だな」

「で、本当か?アルちゃん王家に嫁ぐのか?」

「と、嫁ぐ予定ではないんですけど流れで婚約者にはなっています…」

「どゆこと?」

「…父上が怒鳴りこみに行っても、シオンは気にも留めずあたかも両家合意の様に話を進める」

「そうですね。で、堂長がそんなの知らないなんて言ったら、クローブ家の統制が取れていないかアルちゃんが家長に無断で婚約を取り付けるようなトンでも令嬢だと周りの人に思われますよね」

「……丸め込まれるな」

「だから、何があったんだい?!」


 大層困惑した伯父様に説明は後でしますと言い置いて、お父様はまた王城に向かうようだ。慌ててわたしもついて行こうとする。


「アル、お前が行っても何にもならない。疲れてるだろうしここに残ってなさい」

「いえあの、元はといえば私の不用意さがもたらした惨状ですし、お爺様に直接私から言った方がこじれないかなと」

「激昂した父上が人の話を聞くとは思えない」

「諸悪の根源が何もしないというのも罪悪感が!」

「…わかった」


 ついておいでと言われたので勢い込む。すると、伯父様が慌てた声を上げるのが聞こえた。何だろうと振り返るとお母様が双子ちゃんを揺り籠にいれて持ち上げようとしている。それかなり重いですよ、お母様!


「危ないよカティ!なにしてんの」

「私も一緒に行きます。ついでに名前つけてもらいましょう」

「いやついでってね」

「生の赤子を前に名づけを拒否できようがありませんから!あと、話し合いましょうねって言ってたんでしょう?丁度いいから行きましょ行きましょ」

「危ない落とす!ちょ、ラルゴ、アルちゃん、双子とカゴ、分けて持ってやれ」


 かくして、双子ちゃんをそれぞれお父様とお母様がかかえ後ろを歩くわたしが揺り籠を運ぶという形になった。非常に目立つ。





 謎の家族行脚になってしまったけど、以外とすんなり陛下への御目通りが許可された。お父様たちの予想通り、お爺様が先に陛下に話をしに行ってて、そのついでという形で簡単に許しが得られたみたい。もともとお父様たちは結構気軽に陛下に会っていいと言われているらしいけど。


 案内された部屋の前ではハイド様が後ろ手を組んで直立不動で立っていた。何事でしょう。


「…またお会いしましたねクローブ卿。奥方も、お久しゅう。もう動いても障りないのですか」

「お久しぶりです殿下、ご覧の通り健勝です。子どもたちもこのように」

「なぜここに連れてこられた」

「アルちゃんと殿下のお話のついでに、へーかに名前を付けてもらおうと思いまして。あ、抱っこします?将来の義弟と義妹ですよ」


 ハイド様の顔が盛大に引き攣る。お父様が咳払いをしても引き攣ったままだ。


「…中に入ることは叶いますか?堂長と、陛下が話していると伺いましたが」

「あれを会話というならそうでしょうが」

「え?」


 引き攣った顔から疲れた顔に変わったハイド様に、思わず疑問形の声をかけてしまう。ちらっとわたしの方を見てすぐに視線を外したハイド様はどことも言えない遠くを見ている。


「卿達がお帰りになった後、暫くして教伯殿が父に掴みかかってきました。慌てて止めに入りましたが、教伯殿の用件からして自分が出てきたことによって状況が悪化し、人通りの多い中庭に面した回廊で件の話が盛大に公表されました」


 その時のことを思い出しているのか、静かに目を閉じたハイド様はそのまま話を続ける。


「途中で教伯殿も父の策略に引っかかったのだと気づかれたようで、場所をこの部屋に移されました。が、入ってから一向にどちらも口を開いていないようです」

「先に喋った方が負け、ってゲームなんですかね?」

「…陛下は自ら話すことがないということだろう。堂長は下手なことを言ってからめ手をとられるのを警戒しているんだ」

「何の勝負ですか…?」

「こういう時の陛下にかなう人間はそういない…堂長の方が先に音を上げるな」


 お父様の予言通り、ハイド様に開けてもらった扉をくぐって部屋に入ると、にっこり笑った陛下とその向かいに座って頭を抱えているお爺様が見えた。なんか、勝負がついたような空気です。


「貴家との繋がりを強められるとは願ってもないことだな」

「……モッタイナキオコトバデゴサイマス…!」


 ついていました。お爺様、不用意な孫でごめんなさい。


「よぉ、遅かったな。カードは其方らの到着に合わせて届くようにしていたんだが?」

「…いつあんなものを書いていたんです、そんな時間がありましたか?」

「そりゃ、サントの従者に話を聞いた時点でだ。相談があるかなぁと一寸は待ったんだが」


 そう言って一旦言葉を切った陛下は浮かべていた笑みを消して開いたままの扉に向かって声をかける。


「何もなかったからな。好きに利用していいのだと判断した」


 いつもの柔らかい音じゃなくどこか冷えた響きがあったから、思わずハイド様の方を見てしまう。陰になっているから見えるわけもないのに。


「…陛下、」

「まあいい。家長からは承諾を取り付けられたし、今一度其方らと打ち合わせでもしよう。齟齬が出ても困る」


 一緒に双子ちゃんの名前もつけてくださいねと言うお母様を軽くあしらいつつ、手招きする。場所を変えるようだ。


「この部屋な、後でオークスたちが法案制定の資料を置きたいと言っているんだ。ついでに他の部屋も都合がつかん。わたしの部屋で我慢しろ」

「…私は教堂の仕事が残っているので一旦帰ります。ラルゴ、必ず仇をとっておくれ…」

「無茶言わないでください…アル、どこかで時間をつぶしておいてくれ」

「はい」


 いくら何でも陛下のお部屋にお邪魔できるほど肝は座っていないので、大人しく言いつけを聞く。


「できるだけ詳細に話を詰めたい」

「何もそんな急がなくても」

「急ぐさ、時間ないし」

「なぜですか?」

「ん?だってもう春だぞ」


 そう言って扉をくぐる寸前の位置ですっと手で一点を指し示す陛下。


「こやつが成人するまであと4カ月足らずだ」

「……それが、なんだと」

「え?話聞いてなかったのか?」


 心外だという表情で陛下は続ける。なんでしょう、嫌な予感しかしません。


「『ついでにもう直ぐ成人だしな。いっそ代替わりするか』、といったと思うが。代替わりするなら立太子済んでいるわけだし、立太子する条件に婚姻を挙げていたんだがなぁ。言葉というのは難しいな」

「――白々しい、わざとそう言ったんだろ!」

「えっ…お前たちがその条件を飲んだって聞いたから涙を呑んで私も同意したんだけど?!」


 お父様が気色ばみ、お爺様が衝撃を受けて固まっている。話の内容が急すぎて追いつけないわたしを見て、お母様がこそっと耳打ちをする。


「要するにですね、へーかはアルちゃんたちの結婚を殿下のお誕生日に合わせて執り行おうって言っているんです。おとーさまと、多分、殿下もそんなつもりじゃなかったし、堂長はみんなその期限で納得してるって勘違いさせられてたみたいで、今大変困っているんですねぇ」

「――ハイド様の誕生日ってもう4カ月もないですよ?!」

「ドレスとか、どうしましょうね。急いで注文しないと」


 困りましたねぇと、まったく困った感じもなく言うお母様。ドレスの問題より、わたしには王妃様なんて務まりません問題を心配してほしいです。

 え、ほんと、どうしよう?

 

 当事者同士ならこの気持ちを分かり合えるかとハイド様が見える位置に移動する。固まって動けなくなっているハイド様が見えた。無念、意思疎通が取れそうにない。


「意見があるなら部屋で聞こう。こんなところで騒ぐのはどうかと思うがね」

「意見を聞くだと?そんなつもり毛頭ないだろうが」

「理解者がいるというのは幸せなことだな…なぁ小僧、」


 滅多に見ないくらいに怒っているお父様にも怯む様子もなく、ゆったりと部屋の外に出た陛下は、ハイド様に向かってにっこり笑ってこう言った。




「もたもたしているからこういうことになるんだ」



 そら一緒に来いと陛下に言われてもハイド様はすぐには動かなかった。

 動けなかったのかもしれない。


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