兎に角、逃げるっ!
取り巻きが遠慮がちにドアを開く。流石に相手は皇室の御方、しかもわたくしの婚約者だ。失礼がない様に振舞っているのでしょう。
その生徒会室には王子様とミーア様、それに男子生徒が数名ほど何やら打ち合わせをしていた。ここへ決して来るはずのないわたくしの突撃訪問に、皆さん目を丸くして驚いている。だけどそれは直ぐに冷たい視線へ変わっていった。
ーーくっ、怯んでる場合じゃないぞ! 悪役令嬢を演じねばっ!
背筋をピンと伸ばして斜めに構え、腕組みしながら上から目線で威圧した。そして微笑も忘れない。
「ご機嫌様でございますわ。エリオット様?」
「……これは珍しい。で、僕に何か御用ですか?」
王子様も微笑を浮かべるものの目は笑っていない。「ふんっ!」とわたくしはココロの中で呟いてみせる。
「今日は卒業パーティーの件でお伺い致しましたの。王子様? 婚約者であるわたくしの入場をエスコートして頂けますよね?」
「ああ、その事だが……」
さぁ、きっぱりとお断りください。そしてわたくしは往生際悪く、しつこく食い下がるのです。
「今回はやらないつもりだ」
キターー! お断り~! 待ってましたよー! いや、待て待て、落ち着け、落ち着くんだ。ここは冷静に対処するのよ。
「仰ってる意味が分かりませんが。やらない? 正気ですか?」
「卒業パーティーは卒業生のために行うべきだ。僕たちが特別な脚光を浴びる必要はないと思ってね」
「おーっほほほほほ……これはおかしなお話ですわ。わたくしたちこそ特別な存在だと思いますが。だって貴族の頂点、ロイヤルファミリーですよね? それに第一、第二王子様の時もしっかり婚約者をエスコートしてましたけど? エリオット様はその伝統を貴方の一存でお辞めになるのですか?」
「ああ、そう考えている」
「とても信じられませんわ。その事、理事長である我が父に承諾得てますの!?」
「シュルケン公爵にはこれからお話するところだ」
「ふーん。お父様が何て言うかしらねえ?」
「理事長もご理解頂けると思う。それに君の事もご報告しなければならない」
「ーーは? わたくしの事?」
「君は厳粛なる貴族院でワインを飲んで、此処にいるミーアを何度も何度も虐めているとね」
「……なっ!?」
そーきたか! やっぱり何だかややこしくなってきたぞ!
するとミーア様は涙を浮かべながら王子様の影に隠れる素振りを見せた。そして彼の腕をしっかりと掴んでいる。
か、か弱い女を演じてるの!? 女兵士の癖に? 何なの、この茶番? このまま言い合いを続けるとわたくしが馬鹿女の代わりに婚約破棄を宣言されるかもしれないよ。しかも断罪の雰囲気! 此処で破滅エンドなんて真っ平ごめんだわ! 婚約破棄のざまぁは本物に言って頂戴!
「王子様、お好きにどうぞ。それとエスコートの件もかしこまりました!」
そう言い放ってわたくしは颯爽とこの場を離れていった。
兎に角、逃げるっ! これ以上は危険だわ!