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二人はまるで本当の姉妹だな……。

「シェリー、牧場の家畜はどうだった?」


「ワンちゃんがお利口さんだから全然大丈夫! 一頭も残さず小屋へ帰ったよー、うふふ」


 あれから私たちシュルケン一族は隣国へ亡命していた。国境沿いある土地を父が密かに隠し持っていたのだ。財産も皇室の目を盗んで、できる限り移した。平民ではあるが、何の不自由もない平穏な暮らしを営んでいる。


「お兄様、ポピーはまだ帰ってないの?」


「ああ、もう直ぐ帰るだろう」


 小さな牧場の世話をするシェリーとは別に、ポピーは街中でダンス教室を運営していた。彼女のダンスはここ隣国でも有名だ。あっという間に貴族の間で評判となり、忙しい日々を送っていたのだ。


「ポピーが帰るまでダンスでもしようか?」


「うん、その言葉を待っていた。よおし、やろうか!」


 私は最近、シェリーとよくダンスをしている。実は彼女は意外にも上手だった。いつか王子と踊る時に備えて「秘密のお部屋」で練習していたらしい。


 私たちはリズムに合わせてステップを踏んだ。オーケストラなど贅沢な存在は居ない。お互い心の中で音楽をイメージするのだ。


「なあ、シェリー」

 

「なに? お兄様」


「気になる殿方は居ないのか?」


「えっ!? な、なにを急に!」


 亡命して一年、私は素人ながら牧場の経営をしているが、軌道に乗ったのは隣接する広大な土地を持つ牧場主である、ティラー家のサポートがあったからこそだった。その息子、ジョーは中々のハンサムで且つシェリーには殊の外、優しく接してくる。二人で仲慎ましく過ごしている光景を何度も見ていた。


 彼なら安心出来る。


「ジョーはお前に気があるんじゃないのか?」


「お、お兄様の意地悪!」


 シェリーは真っ赤な顔で怒り出す。


「私は二人を応援するぞ」


「……あのね、わたくし恋愛が怖いの」


「大丈夫。彼は誠実で真っ直ぐな男だ。何よりもお前をいつも気にかけている」


「いいのかな? わたくしで……。それに、幸せになってもいいの?」


「ああ。自信を持て。何も遠慮する事はない」


 そこへポピーが帰って来た。


「ただいま……あら、またダンス? あー、わたくしは朝から晩までダンスに囲まれているわ」


「あ、ポピーおかえり。ね、新鮮な牛乳を飲んでみて! 今日ね、ジョーと絞ったんだ。とても美味しいわよー!」


「うん、ありがとう……って、また()()()と言うキーワードが出たな?」


「もー、ポピーッ!」


 二人は笑いながらはしゃいでいた。どうやらポピーはとっくにシェリーの恋を知ってた様だ。


 二人はまるで本当の姉妹だな……。



 ***



 一年後。

 シェリーはジョーと結婚し、広々とした牧場でのびのび暮らしている。朝露の中で牛と語らい、昼は搾りたてのミルクで手作りのチーズをこしらえ、夕方には牧草の匂いに包まれて、満ち足りた笑顔で家に帰る。あの負けん気の強いシェリーが、ジョーにはすっかりデレデレだというから驚きだ。


 ポピーも、とある真面目すぎる貴族に見初められ、嫁いでいった。噂によれば、婚約から結婚まで一気に進んだらしい。おっとりしているようで実は芯の強いポピーに、貴族側が押し切られた形だ。今ではすっかりお屋敷の中心人物で、使用人たちに「ポピー様」と慕われているとか。


 余談になるが──エリオット王子のいた隣国はついに経営破綻。資金も信頼も底をつき、この豊かな国に支援を求めてきている。属国化の話も出ていて、そうなればいずれ、皇族たちは追放されるだろう。あの王子が、まさかこんな結末を迎えるとは。運命とは、実に皮肉なものだ。


 そんな中、街では私の名が囁かれている。

 〝皇族に楯突いた影武者の英雄〟──などという称号がついて回るようになった。シュルケン家の貴族復活を願う声も多いと聞くが……そんなの、まっぴらごめんだ。


だって、今の暮らしが何よりも好きだから。


 小さな牧場を営みながら、朝はにわとりと競争して起き、昼は土まみれで野菜と格闘し、夕方には牛の耳をぽんぽん叩いて一日を終える。夜には姉妹の手紙を読みながら、ひとり笑うのが日課だ。

 誰の影にもならず、誰の代わりでもない、自分の名前で、自分の手で生きている。それだけで、十分すぎるほど幸せだ。


 だから私は、もう貴族には戻らない。


 ここで、こうして、悪戯な運命に振り回された姉妹の幸せを、そっと見守っていくのだ。

 牛たちと、星空と、時々届く惚気まじりの手紙に囲まれて。

 たぶん──いや、きっと、いつまでも。



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