ああ、何てことだ……信じられない。
定例となったシュルケン公爵邸の訪問日となった。いつもなら憂鬱な行事だったが、今日はとても気分が良い。何故なら『ポピーがシェリーの代わりを務めている』と言う疑念を確かめる期待があったからだ。それは最早、僕の願望と化していた。
「バトラー、その彼女は信用出来るのだろうな?」
「はい、大丈夫です。ご安心ください」
僕が一策を講じたのは、公爵邸へ一流のスパイを送り込む事だった。タイミング良く使用人として潜り込む事に成功した女性は「エミリー」と言う二十歳の諜報員らしく、バトラーの信頼も厚い様だ。
「この事は……」
「勿論、誰も存じません。陛下も王妃様も」
「よし、では手筈通りに!」
「ははっ」
使用人なら同じ使用人のポピーの動向がよく分かるであろう。もしかしたらシェリーに扮するシーンを目撃してるかもしれない。いや、目撃してなくても普段のシェリーの姿や性格に二面性があるのか、エミリーから見てどう感したのかも知りたい。
僕はワクワクが止まらなかった。こんなに公爵邸へ行きたいと思った事はこれまでになかった事だ。
***
「エリオットさまーーっ!!」
「や……やあ、シェリー。元気そうだね」
これだ。これがいつも会っているおてんばなシェリーだ。相変わらずのテンションだが、まあ今日は我慢してお相手するからな。
後はバトラー、頼んだぞ!
※バトラー視点
やれやれ、王子様にも困ったものだ。影武者だなんてそんな訳がない。しかし、かなり思い詰めている様だから、何とか丸く収めねばならんな。お二人の結婚は陛下の命、……これは私の仕事でもある。
さて、任務と参りますか。
王子様とシェリー様はお絵かきを楽しんでるご様子。此処には女官も居るから少々席を外しても大丈夫だろう。
「私、忘れ物をしたので馬車まで戻っても宜しいですかな?」
「あ、どうぞ……では誰かお付け致します」
「ああ、すまない」
部屋から出るとエミリーが控えていた。予定通りだ。先ずは彼女からの報告を聞いてみたい。
無言で庭園を歩く。周りに人気がない事を確認して彼女に小声で問いかけた。
「ポピーは何処に居る?」
「庭園の裏側で薪の整理をしてるかと……直接お話なさいますか?」
「いや、先ずはお前の報告を聞いてから判断する」
お屋敷から出て、少し歩いた大通り沿いに馬車を止めていた。その影に隠れてエミリーの話を聞く。
「……で、どうなんだ?」
「はい、ポピーは影武者を演じています」
「なっ!? な、何だと!! それは本当か!?」
「まあ、正確には演じさせられていると言うべきでしょうね。この一月で五回は代わってるかと」
「だ、誰の指示なんだ? まさか十歳の少女が命令してるとは思えないぞ!?」
「奥方様……グレース様です。この事に関わってるのは女官のライラ様のみ。今後、頻繁に代わるとなれば、わたくしも手伝わされるかもしれません」
ああ、何て事だ……信じられない。こ、これはマズい。非常にマズい! このまま放置して、もし明るみに出れば婚約が白紙となる。この婚約は政略結婚なのだ。皇室と公爵家の関係が悪化すれば政局にも影響するだろう。
……いや、待て、待てよ。むしろチャンスではないのか? 悪いのは公爵家だ。台頭著しいシュルケン公爵に負い目を感じさせれば、皇室に頭が上がらなくなる。
「そうか。分かった」
此処はもっと慎重に考えるべきだ……。




