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「……私、庭園関係とか、景観問題とか、……まぁ何っていうか、そういう研究室に所属しているんです」
2年の終わりに次年度から所属する研究室を選ぶことになった時、夢子は迷いなく『造園学研究室』を選んだ。
夢子が通う学科で造園学研究室、通称『造学』はゆるいともっぱらの評判で、研究室の競争倍率は中々に高かった。
夢子が造学を志望したのは庭を眺めるのが好きだからというきちんとした理由があったからで、決して『ゆるいから』という不純な動機ではない。ないのが研究室配属は成績順で選考されるわけで、そこに志望理由は関係ない。幸いなことに夢子の成績は上の中辺りだったので、危なげなく希望通り造学に配属となった。
「理系の卒論って、研究室にこもって実験して、データ取って、論文とか読んでっていうインドアなイメージがあって、実際にうちの学科の研究室も大半はそんな感じなんですけど……。うちの研究室では『造園』を扱うので、基本的にはフィールドワークが中心なんです。研究室のゼミでは有名なお庭を見に行ったり、近所の公園を分析したりしていました」
「公園を分析?」
「『公園』って言っても、種類が色々あって……。一般的なのは、子供が遊ぶことを主目的に置いた『児童公園』。健康増進を目的として、大人も運動できるような器具を置いている『健康公園』。他にも、市民の憩いの場になるように緑を美しく整えた公園や、災害時の避難地を目的に整備された公園、なんてのもあります。『公園』って一口に言っても、結構奥が深いんですよ。ご近所の公園ひとつとっても、その成立や広さ、遊具の種類や植栽、立地条件とかから色々な分析ができるんです」
他にも、庭園や公園のデザイン図面を描いたり、有名な庭園の歴史を勉強したり、研究室のゼミ生になってから、夢子はそこそこ知的好奇心を満たされる日々を過ごしていた。
さあ困ったとなったのは、いよいよ4年生に進級し、卒業論文のテーマを決めることになった時だった。
「研究室では、自分が住んでいる地域から、身近なテーマを拾ってきて研究するようにって言われるんです。大学は春休みが長いから、その春休み期間中にテーマを見つけてきて、4年生に上がった初回のゼミで報告するようにって言われていました。……私、庭を眺めるのが好きで造学に進んだんですけど、課題、とか、テーマ、とか言われても、何も浮かばなくて……」
結局2ヶ月近い春休みを就活戦線に費やした夢子は、『坪庭が好きだし、坪庭に関することがやれたらいいなぁ~』というぼんやりした考えしかまとめることができず……というよりも、就活のせいで考える暇もなく、結局そのまま4年生初回のゼミに臨んだ。
そしてこれが、大層よろしくなかった。
「坪庭って、古い町屋造りの家の中にあるものだから、調査するためには相手の家に上げてもらわなきゃいけない。そのアテはあるのか、アテはなくても坪庭を備えた家がどこにあるのか検討はついているのか、そもそも調べて何を問題提起するのかって、教授にけんもほろろにあしらわれてしまって……」
20人いる4年生のゼミ生達もみんな夢子と似たり寄ったりの状態だったから、特に夢子だけが落ちこぼれたというわけではない。
だが夢子はその指摘を受けて、頭が真っ白になるくらい焦った。
次のゼミは一週間後。それまでに教授のゴーサインがもらえるような『課題』を見つけられなければ、また京なまりも雅やかな教授にけんもほろろにあしらわれてしまう。
「次の週には、梅林公園についてっていう課題を持っていったんです。……でもそれも結局『で、何を問題提起したいんや?』って言われて、答えられなくて……」
場所を具体的に言えても『何が問題なのか』が言えなければ意味がない。
だけど夢子はその『問題』を見つけることが苦手だった。眺めて『いいね』とは言えても、『こうした方がいい、ああした方がいい』と意見を述べることは昔から苦手だった。根本的に自分は理系に向いてないんじゃないかと今更思ったりもしたが、そんなことを思っても何の解決にもなりはしない。
「三週目にあたる先週は、教授の都合でゼミはお休み。今週は連休中で休講。だから来週が3回目のゼミになるんです」
「だからこの炎天下の中、卒業論文のテーマを探して自転車で走り回っていたの?」
「うっ……はい。2回目のゼミで、5人くらいゴーサインが出ました。きっと次のゼミでは、半分以上がテーマを決めるはずです。例年、みんな5月中頃にはテーマが決まるって聞いてますし。……私、何も決められないくせに、気ばかり焦ってきて……」
1、2年生の間に講義を詰め込んだおかげで、卒業に必要な単位はほぼ足りている。必修講義しか出る必要がなく、バイトも就活に駆けずり回るために辞めてしまっていて、その就活も何とか終局を迎えつつある今の夢子は、ぼんやりと家にいる時間がどうしても長くなる。
そうなると口うるさいのは母だった。
『卒論はどうした』『ぼんやりしてるくらいなら短期バイトにでも出ればいいのに』『暇なら家事のひとつでも手伝え』とひっきりなしに飛んでくるお小言にさらに苛立ちが増した夢子は、この連休中何かと理由をつけては外に出ていた。
本当は友達と遊びにでも行ければ良いストレス発散になったのだろうが、友達はみんな卒業研究が始まっていたり、いまだに就活戦線の中にいたりで気軽に誘える雰囲気ではない。結果、夢子は一人でフラフラと炎天下の岐阜の町をさまようことになった。
「それで、こんなことに……」
「せめて何か、とっかかりになりそうなことは掴めたの?」
「いえ……。それも全然で……」
力なく首を横にふると、楓太は『ふむ』と呟いた。続いて『坪庭かぁ……』と続いた声に、夢子は思わず楓太を見上げる。
「坪庭なら、ここにもあるんだけどね」
「えっ!?」
思わぬ言葉に、夢子はすっとんきょうな声を上げた。
キンッと誰もいない店内に夢子の声が響いたが、楓太はそんな声にも動じることなく顎に片手を当ててわずかに小首を傾げる。
「今は締め切っちゃってるけど……、ほら、あそこ」
楓太は顎に当てていた手をピッ! と伸ばすと、店の奥を示した。その指先を追って体ごと振り返ると、楓太の指先は暖簾がかけられた隣くらいを示している。
カウンターと厨房を隔てる暖簾、かろうじて対面で通行人がすれ違えるかという幅の細い通路、さらにその横には壁があるだけのように見えたのだが、その壁はよくよく見てみれば内側にガラスが入っている。本来は大きな窓がある場所を外側から板で塞いでいるのか、雨戸を引いているのかといった風情だ。
「あの向こう側、ちょっとした中庭になってるんだよね」
「それ、間違いなく坪庭です……っ!!」
楓太の言葉に、思わず夢子の胸が跳ねた。
思えばここはいかにも古そうな町屋造りをそのまま残したお店だ。そのままの造りが残されているならば、庭もそのまま残っていてもおかしくはない。
「良かったら、ちょっと見てみる?」
「えっ!? いいんですかっ!?」
「ちょっと荒れてて、お客さんに見せるにはどうかなーって思って閉め切っちゃってたんだけど、夢子ちゃんのお悩み解決に繋がるなら、どうぞ見ていって」
ガバッと顔を跳ね上げた夢子に笑いかけた楓太は、またカッコカッコと下駄を鳴らしながらカウンターの外へ出てきた。そのまま細い通路に入っていく楓太の後ろを、スツールから跳ねるように降りた夢子が続く。
坪庭、というのは、その起源を遡れば平安時代に行き着くのだという。寝殿造の建物同士を繋ぐ渡り廊下に面した空間を『壺』と呼んでいて、そこに萩や藤を植えたのが始まりだとか。
その後、長屋建築が起こった時、奥に長い建物の陽当たりの悪さや風通しの悪さを改善するために建物中央部に空洞を空けるようになり、そこがそのまま庭となった。元々採光や通風を目的としていたデッドスペースを『どうせなら綺麗にデザインしておもてなしスペースにしようぜ!』と小さな庭にしてみたのが、現代まで引き継がれる坪庭……文字通り『一坪の庭』であるという。
だから別に、坪庭に決まった様式はない。
大規模な池泉回遊式庭園のような庭はスペース的に作れないが、枯山水でも苔庭でも、何ならイングリッシュガーデン風でもバラ園でも、『家の中に造られた小さな庭』ならなんでも『坪庭』と呼べる。
現代においては場所や様式にこだわらず、玄関アプローチやデッドスペースの植栽、通路の壁際に細長く空いた空間に植えられた草花、はては建物内に置かれた大型プランターを庭園風に整えた物まで『坪庭』と呼ばれることがあるらしい。
ちなみに夢子の個人的な見解から言わせてもらえば、『池を要する周囲を廻覧して眺める庭園』を『池泉回遊式庭園』と言うのだから、建物の配置と坪庭の立地条件が整っていれば、やりようによっては小さな池泉回遊式庭園を坪庭の中に造ることもできるのではないかというのが持論である。
さすがに舟遊びを目的として造られる、平安貴族の庭のような池泉舟遊式庭園を坪庭で表現するのは無理だろうが。
──ん? いや待てよ? 本物の舟は無理だけど、ミニチュアや石組でそれを表現することは可能なんじゃない?
とにかく坪庭は、限られたスペースでありながら無限大の可能性を秘めている場所なのである。
その可能性と、家の住人の好みを映して造られるこだわりの空間という所に、夢子は引き付けられてならない。
そんなことを思っている間に、夢子と楓太は狭い通路を抜けて店の奥側のスペースに立っていた。
建物の幅は同じであるはずだが、奥側はカウンター席がないためか表側よりも広々しているように思える。席も全てテーブル席だ。
普段こちら側の空間は使われていないのか、照明が落とされた空間にはうっすらと闇が漂っている。表側よりも落ち着けそうなのにもったいないと夢子は思うのだが、使っていないのには使っていないなりの理由があるのだろうと夢子は緩く首を振って勝手な考えを打ち払う。
「庭への入口は、ここにあるんだ」
そんな夢子の傍らに立った楓太は、通路に添って直角に折れた壁に指を伸ばした。どうやら本来、この坪庭に面する側は店表、通路、店奥と三方から見渡せるようにガラス造りになっているらしい。それを無理やり、庭側からベニヤ板を立て掛けて目隠しにしていたのだろう。店の中の採光が絞られていた原因はここにあったようだ。
楓太は白くて長い指を伸ばすと、少し錆の浮いたレトロなクレセント錠を外した。見た目よりもスムーズに動いたクレセント錠から指を放した楓太は、カラカラと想像よりも軽やかな音を立てるガラス扉を開く。
その向こう側の隙間に無理やり足を突っ込んでベニヤ板を浮かせた楓太は、『よっこいしょ』と見た目に似合わない掛け声を上げながらベニヤ板を横へずらすと、中庭に立って夢子を振り返った。差し込む光がまぶしくて、逆光の中で微笑む楓太が何だか余計にイケメンに見える。
「さぁ、どうぞ」
「はい!」
そんなイケメン効果と思わず行き合ったまだ見ぬ坪庭に心を弾ませながら、夢子は夢見る乙女のような笑みを浮かべてガラス扉をくぐり……
「………………え」
すぐにスンッと表情をなくした。
「……え?」
「どうかな? うちの坪庭」
「……いや、坪庭って……え?」
少し照れくさそうにはにかむ楓太の向こうに広がっていたのは、楓太の胸くらいまで丈がありそうな雑草が生い茂った空間だった。
恐らくこれはセイタカアワダチソウだろう。
北米原産の外来植物。
ススキやヨシなどを強力な繁殖力とアレロパシーで駆逐してしまう有害種でありながら、密生しすぎると己のアレロパシーで自滅するという中々に阿呆な生態系を持つ、代表的にして厄介な雑草。
こいつが真っ黄色な花を咲かせ始めると夢子はくしゃみが止まらなくなるのだが、最近の研究でその原因はこやつにあるのではなく、同じ時期に隠れて花を咲かせるブタクサが真犯人であると分かっているらしい。
だがどちらにしろこやつが長良川の堤防に大繁殖しているせいで路肩がもっさりと埋まってしまい通学ルートの変更せざるを得なかった夢子にとって、こやつがアレルギーの原因であろうがなかろうがにっくき敵であることに変わりはない。
そんな雑草が、四方を壁とガラス窓に囲われた空間に、ギッシリと密生していた。
「……楓太さん」
「うん?」
「これが、庭だ、と……?」
「え、庭でしょ?」
コテン、と楓太の首が横に倒れる。
子供じみた仕草も、イケメンがやると妙に様になる。
様になるのだが、今の夢子には堪忍袋の緒をぶったぎるトリガーになっただけだった。
「庭っていうのは綺麗に整えてあって初めて『庭』って言えるんですっ!! 芸術的とまでは言えなくても憩いの場としての機能を備えていなけりゃ、ただの空き地なんですっ!!」
「ゆ、夢子ちゃん?」
「これのどこが『庭』だって言うんですかっ!! このもっさりした雑草畑のどこに憩える要素があるとっ!? これはただの空き地ですっ!! これを庭と表するなんておこがましいっ!! 世の中の庭に謝れっ!!」
「えぇ?」
先程まで目を輝かせていた夢子の豹変についていけないのか、楓太は目をしばたたかせながら体を引く。『どうどう』と夢子を落ち着けようと胸の辺りまで上げられた手が、逆に勢いに押されて肩の辺りに広げられていた。
「普通こうなる前に業者を呼ぶなり自分で草刈りをするなり手入れするでしょっ!! ここに元々あった坪庭がこの雑草にやられてどれだけ痛んじゃったことか……っ!!」
「あのね、僕がここを店として譲り受けたのは最近で、譲り受けた時にはここはすでにこうなってた……」
「言い訳しないっ!!」
ズビシッ!! と突きつけられた指に楓太の体がさらに下がる。……と言ってもすでに楓太は壁際に追い詰められているから、実際は壁に立てかけられたベニヤ板にさらに体を押し付けただけだったのだが。
「庭はおもてなし空間なんですっ!! 喫茶店っていうおもてなし空間とセットになれば効果は倍増っ!! 何で開店前に手を入れて綺麗にしようと思わなかったんですかっ!? 荒れてるから窓をふさいで隠しとくなんてっ!!」
「そうだぞ楓の! こんな荒れ果てた庭で客を招こうなどと!」
「ほんとですよっ!! いいですかっ!? 古来よりお客様をお招きする時は、場を整え、威儀を正し、前々から念入りな準備をしてですね……っ!!」
「そうだそうだ! いつものこととはいえ、そのだらしない格好はなんだっ!! 我らを相手にする以上、きっちり和装に身を包むくらいしても良かろうっ!!」
「ほんとですよっ!! 接客業は雰囲気も大切なんですからっ!! せっかくイケメンが古民家風の場所にいるん、だから……って」
そこまで怒りとノリで言い放ってから、夢子はハタハタと目を瞬かせた。
この中庭には、夢子と楓太しかいない。この中庭、というよりも、この店には、と言った方が正しい。夢子が糾弾していた楓太は顔を引きつらせて夢子に相対している。何より先程まで夢子の怒りに合いの手を入れていた声は、楓太のものではなかった。もっとしわがれた、でもキーは高めの、……そう、まるで妖精のような小さな老人が喋っていたかのような……
「いいぞいいぞ娘子、もっと言ってやれ! 楓の! お主はもっと神妙に娘子の言葉を聴くがいいっ!!」
今更、響く声が空耳だとは思わない。
思わないが、これは一体誰の声だ。
遅まきながら響く声に体を凍り付かせた夢子は、油が切れた古い機械人形のようにカクッ、カクッ、カクッ、と声がする方へ首を向けた。
「お主が何でもそうやって聞き流すから、いつまで経ってもわしの探し物が見つからんのだっ!!」
夢子が首を向けた先も、セイタカアワダチソウに覆われている。だがその声の発生源と思われる場所は、不自然に雑草がサワサワと揺れていた。おまけに定期的に、白い何かが草むらの間からピョコンと覗いては、すぐに草むらの中に帰っていく。
ピョコン、サワサワ、ピョコン、サワサワ。
まるで子兎が跳ねているかのようだが、こんな閉鎖空間に子兎がいるとは思えないし、そもそも兎は喋らない。
「……っ」
「え? ちょっと、夢子ちゃん?」
意を決した夢子はクルリと体ごと振り返るとセイタカアワダチソウ畑をかき分けて声の発生源へ向かった。その間も律儀に草むらはサワサワと揺れ続けている。
そもそもが狭い庭だ。見失う暇もない歩数で、夢子は『声』の主の元までたどり着く。
「ほれ! シャキッとせよっ!! そしてわしの失せ物を早く見つけるのだっ!!」
ひとつ深呼吸をした夢子は、最後に残った束を勢いよくかき分けた。まるでそのタイミングを見計らったかのように、声の主も夢子に向かって跳んでくる。
「わっ!?」
「丁度良いから、娘子も手伝え!」
反射的にわしっとそれを受け止めた夢子は、しっかりとそれを掴んでから恐る恐る手元に視線を落とした。
「わしと一緒に楓のに喝を入れるのだっ!!」
それは、夢子の頭と同じくらいの背丈をしていた。
それは、夢子の両手に捕獲されてもジタバタと威勢よく跳ねていた。
それは、長い白髪と白髭を蓄えた、着物姿の老人の姿をしていた。
ただし、何やら可愛らしく三頭身くらいにデフォルメされた老人。杖とか持たせたら、どこかの神社のマスコットキャラにでもなれそうな。ちょうど手触りもそんな感じにふかっとしている。
「……えっと………?」
事態についていけない夢子は、思わずふかふかと老人マスコット(仮)を揉みしだいてしまった。その感覚がこそぐったかったのか何なのか、老人マスコットは『おっふ…』という恍惚に似た声を上げている。
「あー……。神庭に入っちゃったせいかなぁ……。御神水を振る舞っちゃったせいかなぁ……」
楓太の声に振り返ると、楓太はベニヤ板に体を押し付けたまま、指先でポリポリと頬を掻いていた。顔に浮かんでいるのは、苦笑だろうか。さっきまでの微笑みとは微妙に含む物が違う笑みを浮かべている。
「とりあえず夢子ちゃん、翁様が何かに目覚めちゃいそうだから、その揉み込み、やめてあげてくれる?」
「翁様?」
「うん。今、夢子ちゃんが無意識の内に揉みしだいちゃってるその方ね。うちの店の常連さんなんだ」
「常連さん?」
明らかに『ヒトではない何か』が常連であることに驚くべきなのか、はたまたこの店に常連客がいたことに驚くべきなのか。
とにかく思考をショートさせて固まる夢子に、楓太はまた微笑を浮かべた。夢子の心臓を無条件で跳ねさせる笑みを浮かべた楓太は、夢子に近付くとスポッと夢子の手から老人マスコットこと翁様を抜き取る。
「ここまで来ちゃったし、翁様も言っていることだし。夢子ちゃんも、一緒に考えてくれないかな?」
そのまま翁様を腕の中に抱え込んだ楓太に、夢子は固まったまま無言で首を傾げた。
「翁様の探し物。僕だけじゃちょっと、見つけられそうになくて」
──え? この状況から、さらに巻き込むと?
心の中だけで呟く夢子を慰めるかのように、密生したセイタカアワダチソウがかすかな風にわさわさと揺れた。