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「……あっつい」
暑い。とにかく暑い。『暑い』という単語以外が脳から溶け出ていくくらい、あっつい。
「岐阜の初夏、ナメてた……」
全国区で猛暑の名地として名を馳せる岐阜では、5月頭から10月頭までが夏だ。誰が何と言おうと、ゴールデンウィークの今は、もう体感で夏。服装の季節感なんてガン無視して、半袖やタンクトップといった真夏の格好をするのが正しい。そこに日焼け止めをたっぷり塗り、できることならもう真っ昼間の無防備な外出は避けるべきだ。
だというのになぜか、生粋の岐阜市民である夢子はゴールデンウィークの真っ只中、今年最高気温を更新するであろうと言われている日のそろそろ最高気温が叩き出されるであろう午後2時、無防備に自転車に乗って、ギラギラと太陽が照りつける町中に出かけていた。ちなみに服装はパステルカラーの七分袖のブラウスに裾の長いジーンズで、どこからどう見ても涼しい格好ではない。
「家にいづらいからって、こんな中出かけるんじゃなかった……っ!!」
卒論のネタ探しと言って出かけてみたものの、そんなに簡単にネタが見つかったら世の中の大学生はみな苦労していない。少なくとも夢子が所属する研究室のゼミ生はみなここまで苦しんではいないはずだ。
そんなことを思いながらも夢子はこの暑さから避難できそうな場所を求めて周囲に視線を走らせる。だが伊奈波神社周辺の通り沿いは『門前町』とは名ばかりで古い民家が並ぶばかりだ。時々商店と思わしき店も現れるが、茶葉専門店や和菓子屋やらでとてもじゃないが女子大学生の夢子が気軽に足を踏み入れられるような場所ではない。
──せ、せめて自販でスポドリ買って、日陰で休憩を……!!
そう思いながら、ペダルを踏む足に力を込めようとする。
だがその瞬間、ついに夢子の視界がクラリと揺れた。
──っ、マズ……っ!!
表通りから1本も2本も裏に入ったこんな場所でこんな時間に倒れたら、誰も気付いてなんかくれない。最悪、この時期でも熱中症で死ぬ。
──卒論に行き詰まってるからって、さすがにそれはイヤだ……っ!!
「大丈夫ですかっ!?」
その一念で足を踏ん張り、倒れかけた自転車を支える。
まさにその瞬間、どこからともなく助けの声が響いた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
さらに、もう頭を上げることさえできない夢子の肩にひんやりとした手が乗せられる。さっきの涼やかな助けの声は、確かに夢子に向けられたものだったようだ。
──大丈夫じゃありません。助けてください……
そうきちんと口に出して言えたかも定かじゃないまま、夢子の意識はクラリクラリと落ちていった。