第三話 『奪う』
猟奇・グロテスク描写あり。
『私の新しい体』を集めないといけない。
生まれ変わる為に、美しい体を―――――。
:*:*:*:*:*:
「あの、事務所って本当にこっちなんですか?」
「ええ、もうすぐよ」
この子は私が芸能事務所の人間だと本気で思ってる。
街で見つけたその娘の半袖から伸びる、ほっそりとした白い腕。一目見て気に入った。
「芸能界に興味ない?」
そんなありきたりな文句で彼女を誘い、古びた廃工場まで連れ出した。
彼女の顔はアイドルになれるかもしれないという希望に満ちていた。
残念、……未来があるのはその腕だけよ。
「ねぇ、本当にこっちなんですか?ただのボロ工場じゃないですか」
「いいえ、ここでいいのよ」
ここまで連れてくればもうこっちのもの。小娘相手にはこれで十分ね。
がんッ!
後ろから、彼女の頭目掛けて金づちを振り下ろした。少女の体が不自然に傾き、倒れた。
ここには都合のいい道具が揃っている。解体作業も出来る。ちょっと骨が折れるかもしれないけど………
私は道具の中からノコギリを選び、少女の腕に宛がった。
……ギゴ、ギコッギコギコギゴ、ギコッ
ブチィッ!
「はぁっ、取れた……」
これよ、これだわ!
白く透きとおるような、滑らかな肌。ほっそりとした華奢な腕。その先の細い五指。
あぁ、なんて美しいんだろう・・・・。
私は自分の両腕も切り落とし、彼女の腕を無理やり自分に付けた。
細胞の結合や、血液型などの大概の不自由は『装置』が解決してくれる。私の身体はどんな血液にも適合するし、感染症などの病気にもかからない。さらに外傷は常識外のスピードで治る。
無理やりくっ付けた腕も今はツギハギのようになっているが、いずれは跡形もなくなってしまうだろう。
さぁ、はやく集めないと。・・・・残りの私の身体・・・・
「きゃぁぁあああ!!」
廃工場に女の悲鳴が響き渡る。
柱にくくりつけられたその女は、必死の形相でもがきながら足をばたつかせた。
「もう、暴れないでよ! 足に傷でもついたらどうするつもりっ!?」
傷なんかついてもすぐに治る。でもこれから自分のものになる足を傷つけられるのは許せない。
私はノコギリから一旦手を離し、傍に置いていた大振りのカッターを掴んだ。
「少しは大人しくしててよっ!」
グサッ!
「きゃぁあぁぁーー!」
頭上に縛り上げた腕にカッターの刃を突き立てると、女の口から面白いほど悲鳴が上がった。
「ごめんなさい、もう腕は必要ないの」
女の腕に刃を沈めたまま、私は手に力を込めてカッターを引いた。
ぎち、ぎちぎちぎちっぎちぎちぎちぎちぎちっ!
「うぐっ!ぎゃああぁぁあああああーーー!」
ずぶっ、とカッターを引き抜き、私は再びノコギリに手を伸ばした。
「お・・・おねが、い・・・・たすけてぇ・・・」
女は涙を流しながら、私に懇願してきた。
そんな女に向かって、私は微笑んでみせた。女の顔が引き攣るような、ぎこちない笑みを浮かべる。
「だめ。でも大丈夫、痛いのは今だけ。我慢しなさい」
女はいつの間にかこと切れていたようで、両足を切り落とした頃にはすでに動かなくなっていた。
「さぁ、残るはあなただけよ」
そう言って私は後ろを振り返った。両手両足を縛られた女と目が合う。
「うぅ・・・ひどい。どうしてこんな事っ・・・」
女の目から涙が溢れ出る。散々泣き腫らし涙に濡れているにも関わらず、その顔の美しさが崩れる事はない。
やはり私の目に狂いはなかった。
「どうして? 決まってるじゃない。新しい私を手に入れるためよ」
「新しい私・・・? 何を言ってるの?」
「私は新しい体を手に入れる。そして生まれ変わるの・・・全てそのためよ」
「あなたが何を言ってるのかわからない・・・。自分のために他人を犠牲にするっていうの?あなたおかしいわ、狂ってる!」
違う! 狂っているのは私の父親。私は被害者……
「五月蝿い! その美しい顔は私がもらう」
女はノコギリを持って近づく私に臆する事なく、睨みつけてくる。
私はそれを嘲笑いながら、ノコギリを女の首筋に宛がい一気に切りつけた。
ぶしゅッ!
瞬間、溢れ出す鮮血。体に降りかかる温かい血を感じながら、私は恍惚の笑みを浮かべた。
「きゃあぁぁ、―――――――――――――――――――――――っ!」
喪失。
声が出ない聞こえない、一切の音が消えた。
闇。奈落突き落とされたような感覚。
感覚? そんなものあったのか? ない。
何も無い。
目が、感覚が、耳が、見慣れた赤が、声が、鉄錆の匂いが、
無い無い無いない無い無い無いないないないないないないないなくなった。
あ、
見つけた。
首、の上、
ここ?
乗せて、
あ、あ あぁ
あ・・・・
そして世界が変わった。音が、声が、目が、全てが蘇った。新しい体を手に入れた。ついに私はあの男から解放される。
「・・・った、やった。あは、あははははははははっ!」
今はまだ、ツギハギだらけの体。でもいずれ綺麗になる。
「もうこれはいらない」
ついさっきまで『私の体だったもの』を見下ろしながらほくそ笑む。
あとは後始末をすればおしまいだ。
私はあちこちに散らばった、壊れた人形のようになった足と腕。それらの指をひとつひとつライターの火で炙った。これで指紋は消える。
「こんなことをしても、警察はきっとすぐに身元を調べ上げるでしょうね……」
次に身分証の類の隠滅。私はそれぞれの遺体の持ち物全てを一ヶ所にまとめ、火をつけた。最後に殺した女の持ち物を除いて。
「でも、それでいい。私の身元を判らせて、最後の女の身元を判らせない……それが理想」
訳の分からないことをブツブツ呟きながら、彼女は廃工場から立ち去った。




