2,庭園にて
お待たせしました。
一年ぶりに更新です。
「ようこそ、時計塔セフィロトへ」
その声も、半ば耳を素通りしていった。
首が痛くなるほどに見上げなければならないほど高く聳え、周りを美しい庭園に囲まれている塔。
陽の光に照らされたその塔は赤茶色のレンガで造られ、華美な装飾などはなく、そこに部屋があると推測される窓が均等な感覚で並ぶ。時折ベランダのようなものが飛び出していたりもする。そして、最頂階に位置する箇所にはこの世界で最大の大きさを誇り今まで一度も休むことなく時を刻み続けている時計がはめ込まれていた。
シンプルな外装ゆえにより一層際立つ荘厳さ、それなのにさほど威圧感を感じさせない優雅ささえ兼ね備えていた。
ただただ圧倒される。
「どうですか、世界最大の時計は」
「これは、すごい……としか言えなくなるな」
素直な感想をこぼすとアルエットさんは同感だと言わんばかりに頷いている。
「わかります。私も初めて見た時には言葉を失いました。世界最大というのに相応しい存在感にただ息を呑むばかりで……、神の時計と言われるだけはあるでしょう」
神の時計、この世界にある全ての時計には必ず持ち主が存在する。
だが、この時計塔だけは持ち主の存在がはっきりしておらず、きっとこの世界を想像した神のものだという考えがいつしか定着した。
それに伴って宗教も誕生したらしい。なんでも、神の声を聞くことのできる巫女がいるとかなんとか……。
「そうですね、それに、この周りの庭も塔の凄さを引き出していて、ここの庭師は相当腕がいいんですね」
「それはそうですよ、この時計塔は世界で最も才のある人材を集めているのですから」
「才のある人材、ですか?」
「才能と言っては語弊がありますね。十二刻家それぞれから最も有能な人物を集めているとのことです。かく言う私も能力を認められてここに招かれました」
十二刻家。それはこの世界に存在する十二の国の総称だ。そして、この十二の国家はそれぞれが独自の文化と技術を築きあげており、他の国々と共有し、共存の関係を築いている。
この庭園を管理している人はおそらく、
「あ、ちょうどいましたね。あそこにいる彼がこの庭の管理者です」
そう言って彼女が指さした先には、麦わら帽子にツナギを着た青年が脚立に登って木の剪定をしていた。
「後で全員が揃った状態で紹介があると思いますがどうしますか? 彼には先に挨拶だけでもしておきますか?」
「はい。せっかくですので」
「わかりました。 ナハシュさーん!」
アルエットさんが呼びかけながら近づくと、ナハシュと呼ばれた青年が作業の手を止めて振り向いた。
「お仕事中にすいません。今、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。どうしました?」
脚立から降りた青年は俺よりも少し背が低く、その顔立ちもどこか少年らしさが抜け切れていないような、今も人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「こちらは本日から配属の十の座の方です。ちょうどナハシュさんを見つけたので先のご挨拶をしたいとのことなので」
十の座?
聞き覚えのない言葉に首を傾げながらもアルエットさんの言葉に続くように目の前の青年に声をかける。
「初めまして。本日よりこの時計塔に配属されることになりました。第一級時計修理技士ラーク・レローと申します」
「これはどうも、ナハシュ・フーシャーです。十二の座、庭園を担当しています。これからよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「あの、ナハシュさんの出身はもしかして…」
「はい、フィシェですよ」
豊穣と自然の国『フィシェ』。
十二刻家はそれぞれの国が独自の文化や形態を有しており、その中でも『フィシェ』は最も自然豊かな国として農業や園芸の盛んな国である。
「やっぱりそうでしたか。立派な庭園でしたのでもしかしてと思いまして」
「それはありがとうございます。やっぱりこの庭を褒めてもらえるのが一番うれしいですね」
照れくさそうにナハシュさんが笑う。
とその時、横から声がかかる。
「お話を遮ってしまって申し訳ないのですが、そろそろ時間が…。というより、ナハシュさん。集合時間はもう過ぎてますよ」
「いやー、つい作業に集中しちゃいまして。すいません。…それに、僕があまり長くいるのはよくないでしょうから」
「…はあ、まあ後から来るよりはいいので一緒に向かいましょうか」
「はい、じゃあご一緒させてもらいます」
ということでここからは三人で向かうことになった。
まあ、塔はもう目と鼻の先なのだが。
「では行きましょう」
そう言って歩き出したアルエットさんの後を追いながら、もう一度塔を見上げてみる。
あまりの存在感に足がすくみそうになるが、今一度覚悟を決めて歩みを進める。
「では、レローさん。準備はいいですか?」
塔の正面の扉についたとき、こちらを振り返ってアルエットさんがそう言った。
「…ふぅ。…大丈夫です」
深呼吸をする。気を落ち着かせてアルエットさんに視線を返す。
すると、アルエットさんはふわりとほほ笑むと扉に手をかけゆっくりと開け放ち、そのまま中に入るよう手を向ける。
彼女に促されるままに、俺は塔の中に足を踏み入れた。
大学生となったからには、執筆にあてれる時間がたくさんある(はず)。