5.寝床の確保
「それでこれからルーシアさんはどうしますか?」
「そうですね。何とかお金を工面しないといけないんですけど」
もう日が暮れ始めていた。
今からギルドの依頼を受けるか、何か手持ちの物を売るかして宿代を手に入れないといけない。
でも、今から依頼を受けて夜に街の外に出るのは危険だし、売れる物があればいいけど身に着けている物以外は何も持ってない。
「良かったら僕が拠点にしている宿に来ませんか? 後払いでも泊まれるように頼んでみますよ」
願ってもない提案だった。
ギルドカード発行の時も助けてもらったから申し訳ないけど、今頼れるのはアッシュだけだ。
「よろしくお願いします。アッシュさん」
「さっきからどうしたんですか?」
「ん、どうかしました?」
すっとぼけたフリをしたが何のことかはわかっている。
私は冒険者ギルドを出る時からアッシュに対して敬語を使っている。
最初は高校生ぐらいの年齢かなーとか思ってたし、その場のノリと勢いでタメ口&呼び捨てをしていた。
でも、幼くなったこの姿だと、中身はどうあれアッシュは年上のはずだ。
「その話し方なんですけど」
「あー、えーっと、これはですね。今思ったんですけどやっぱり年上の人に敬語を使わないのは失礼かと思いまして」
よくこんな少女に呼び捨てにされて何も言わなかったものだ。
「そんなに畏まらなくても大丈夫なので、無理に変えなくていいですよ」
どうやら別に気にしていないらしい。
問題ないなら今まで通りにしよう。
「わかった。ただ私だけってのはあれだからアッシュももっと気軽に話してほしいんだけど」
私だけタメ口で相手がいつまでも敬語なのは嫌だ。
敬語で話されていると壁を感じるので、お互いが大丈夫ならさっさとやめにした方が接しやすい。
「わかったルーシア。これからよろしく」
「うん、よろしく」
私たちはアッシュが拠点にしている宿に向かう。
宿屋に到着して中に入ると、賑やかな笑い声が聞こえる。
中はカウンター式の厨房があり、テーブルが何個も配置されていて人々が食事をしていた。
ご機嫌な様子を見る限り、飲んでいるのはたぶんお酒かな。
飲食店兼宿屋って感じだ。
「おう、帰ったかアッシュ」
「ただいまロイツさん」
カウンターにいた背の高いがっしりとした体格のおじさんが出迎えてくれる。
「ん、そっちの嬢ちゃんは?」
「初めましてルーシアと言います」
「ルーシアとは森の中で偶然出会って、今日この街に来たんです」
「客を連れて来てくれたって事だな。ありがてぇ。俺はロイツだ。よろしくな」
無一文の人間は客と呼べるんだろうか。
「えーっと、実はお金を持ってなくて……」
「金を持ってないだとぉ?」
やっぱりお金を持ってない人間は客じゃないですよね!
ごめんなさい!
「森の中でモンスターに襲われた時に財布を落としてしまったらしくて、何とか後払いで泊めてあげることは出来ませんか?」
アッシュの助け船が出される。
「なんだ、そいつは災難だったな。金を稼ぐ当てはあるのか?」
「一応冒険者なので、明日から依頼を受ければ大丈夫だと思います」
私はさっき発行してもらったギルドカードを見せる。
「冒険者か。なら大丈夫だな。こいつの連れてきた奴なら問題ないだろ。宿代は金が出来てからでいい」
「ありがとうございます!」
助かった。
とりあえずこれで寝る所には困らなさそうだ。
「それでしばらくはこの街にいるのか?」
「しばらくはいると思います」
色々な所を冒険するのは楽しそうだが、根無し草の冒険ライフは私には合ってない気がする。
長期的な冒険に出るとしても帰る場所は欲しい。
この街がそうなるかはわからないが、しばらくは滞在してこの世界の情報を集めたい。
「なら、この街に滞在してる間、うちの宿を利用するなら割引するがどうだ?」
「いいんですか! お願いします!」
他の店の相場とかはわからないが、店の雰囲気も良いので大丈夫だろう。
「じゃあ、二階の一番奥の向かって左の部屋を使いな」
そう言って鍵を渡してくれる。
「それとロイツさん、またお願いしたいんですが」
「またか。とりあえず厨房に来い」
「ルーシアさんも来てください」
よくわからないが、とりあえず黙ってついていく。
「で、今回のは何だ」
「今日森に行った時にウルフを倒したのでそれを」
そう言いながらアッシュはアイテム袋からウルフを一匹取り出す。
「毎回言うが、こういうのはギルドで買い取ってもらった方が金になるんだぞ」
「ロイツさんのおいしい料理が食べられるからいいんですよ」
「こっちとしては助かるから、まぁいいんだが。いつも通り肉はこっちで引き取って牙や皮は後で渡してやる」
「はい、よろしくお願いします」
モンスターの素材はギルドに持って行けば換金してくれるのか。
この二人の関係が特別なのかもしれないが、モンスターの素材を使う場所だったら気軽に売れるのかもしれない。
それを考えると森でウルフの素材をいらないって言ったら驚かれたのも納得がいく。
まぁ、あの時は異世界転移してるなんて思ってなかったし仕方ないよね。
「ルーシアの分はどうする?」
「私の分?」
アッシュはアイテム袋からもう一匹ウルフを取り出す。
それは森で私が倒したものだった。
そういえば一緒に入れといてくれてたんだっけ。
「私の分もここで捌いてもらうことって出来ますか?」
「なんだ、嬢ちゃんの分もあるのか。さっきも言ったがギルドで売った方がいいぞ」
うーん、いつまでもアッシュのアイテム袋の中身を圧迫するのも申し訳ない気がする。
「ロイツさんが良いなら私の分もお願いします」
「わかった。じゃあ、宿代は最初の2日分はまけといてやる」
「いいんですか?」
「モンスターの肉を直接運んで来てくれる奴なんてそうそういないからな。いつもアッシュが新鮮な肉を持ってきてくれるからうちの料理は評判がいいんだ」
宿代をおまけしてもお釣りがくるってことかな。
ロイツさんはみるみるうちにウルフ二体を解体していった。
「よし、牙と皮は必要なければギルドに持ってって換金してもらえ」
「ありがとうございます」
私たちはウルフの牙と皮を受け取る。
「そういえばウルフをギルドで換金すれば、再登録の料金も払えたし宿代も後払いの交渉なんてしなくて良かったんじゃない?」
「たしかにそうだね」
どうやらアッシュも忘れていたらしい。
「なんだお前らギルドに行ったのに換金もせず、無一文とか言ってたのか」
「解体前のモンスターは店に持ってくるのが当たり前になっていたので、つい忘れてました」
アッシュは苦笑しながら答えると、アイテム袋に素材をしまっている。
私はどうしよう……牙は飛び出す形になっちゃうけど腰につけてるコスプレ用のポーチに入りそう。
でも、皮はさすがに無理だよね。
「アイテム袋にはしまわないの?」
アッシュは私の腰のポーチを指差す。
「あぁ、これはアイテム袋ではなくてただのポーチというか……」
「そういえば、森の中でアイテム袋を見るのは初めてって言ってたっけ」
とりあえず牙だけでもしまおうかな。
少し飛び出してしまう形になるが、手に持っているよりはましだ。
そう思って腰のポーチに牙をしまう。
あれ? 明らかに牙の全長の方が大きかったはずなのに先端が飛び出していない。
それに重さも全く感じない。
私は不信に思ってポーチの中を覗いてみると真っ暗で何も入っている様子がなかった。
森の中でアイテム袋を見せてもらった時と状況が一緒だ。
まさかと思って、ポーチに皮を突っ込んでみる。
すると皮も吸い込まれるようにポーチの中に消えていった。
これ、もしかしてアイテム袋になってる?!
なんで? これは私が手作りで作った正真正銘ただのポーチだったはずなんだけど。
「やっぱりそれアイテム袋だったんだ」
アッシュは最初からこれがアイテム袋だと思っていたらしい。
普通の袋とアイテム袋には何か違いがあるのかな。
とりあえず、怪しまれないように知らなかった体でいこう。
実際知らなかったわけだし。
「こ、これアイテム袋だったんだー。前にいた街でデザインが良かったから買ったんだけど、道理で値段が高いと思ったー」
「知らずに買ってたんだ」
誤魔化せたかどうかを確認するため、アッシュの顔を見るが特に表情に変化はない。
特にツッコミがないってことは誤魔化せてる?
とりあえず自然な感じで話を続けよう。
「さっきやっぱりって言ってたけど、普通の袋とアイテム袋って見分けがつくの?」
「普通の人じゃ見ただけじゃわからないけど、鑑定士や魔道具技師の人ならわかると思うよ」
ままま、魔道具技師?!
なんかすごい素敵な単語がアッシュから飛び出してきた。
「魔道具技師について詳しく!」
私がアッシュに詰め寄って、質問しようとすると――
「ほらほら、解体は終わったんだ! 今日の飯はサービスしてやるからとっとと厨房から出ていきな!」
「わわっ、ちょ、ちょっと」
ロイツさんに厨房から叩きだされてしまった。