2.知らない森
「ここはどこ? 私は誰?」
いや、自分が誰かというのはわかっている。問題は場所だ。
私はいつの間にか知らない場所にいた。
木々に囲まれていて、草木が生えている土の上に座っている。
時折、木々が揺れて心地よい風が身体を通り抜けて気持ちがいい。
さっきまでマジフェスの会場にいたはずなのに今は森にいる。
これは夢……?
そう思いながら自分のほっぺたを思いっきりつねってみる。
い、痛い……どうやら夢ではないらしい。
もしかして誘拐されたのかと思ったけど、手足を縛られているわけでもなく監禁されているわけでもないから、その可能性は低い気がする。
何がどうなってるかはわからないが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
私は立ち上がり辺りを見回す。
周りは木が生えているばかりで道らしきものは見当たらない。
とりあえず適当に歩いてみるしかないか。
もしかしたらすぐ近くに人がいるかもしれない。
そう思って歩きだそうとした瞬間、近くの茂みからガサガサと物音が聞こえた。
「な、なに……?」
物音がした茂みを凝視していると、何かが勢いよく飛び出してきた。
「きゃあ!」
驚いて尻もちをついてしまった。
えっ、なに、何が出てきたの?!
少しパニックになりながらも飛び出してきたものを確認すると、そこには鋭い牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる狼のような動物がいた。
「グルルルッ」
狼は唸り声を上げて、こちらを威嚇している。
なんで野生の狼がこんなところにいるの?!
えっと、危険な野生動物に会った時はどうするんだっけ!
えーっと、あっ、死んだふり……そう、死んだふり!
いや、違う、死んだふりは熊だ。
しかも、死んだふりは意味ないって昔テレビで見たことあるような。
狼って肉食……だよね?
死んだふりなんかしたら食べられるのがオチだ。
と、とりあえず逃げないと!
でも、腰が抜けて立ち上がることが出来なかった。
じりじりと狼が近付いてきて、私はその姿を為す術もなく見つめる。
そして狼が飛びかかってくる。
恐怖のあまり、咄嗟に体を庇うように両手を前に出しながら目を閉じた。
あれ? 何も起きない……?
てっきり狼が私を食べようとして飛びかかってきたと思ったが、痛みもなければ衝撃もなかった。
恐る恐る目を開けると、眼前には左腕に噛みついている狼の姿があった。
私はさらにパニックになり、狼を振りほどこうと噛みつかれている腕を必死に振り回す。
すると少し遠くから何かがぶつかるような鈍い音が聞こえる。
いつの間にか狼は目の前から消えていた。
音の聞こえた方を向くと、木の傍で狼が倒れている。
どうやらさっきの音は狼が木にぶつかった音らしい。
さっきまで噛みつかれていた腕を確認すると、歯跡もなく血も流れていない。
もちろん痛みもなく、本当に噛みつかれていたのかと疑いたくなるくらい綺麗な状態だった。
「わけわかんないよ……」
思考が全く追い付かず疲れて、その場に倒れ込みそうになったが、こんな所にいたらまた襲われるかもしれない。
ここにいるのは危険だ。
私は人がいる場所を求めて歩き出す。
しかし、いつまで経っても景色が変わらない。
この森がどれだけ大きいかもわからないし、どっちに歩けばいいかもわからない。
もしかしたらどんどん人里から離れているんじゃないかという不安がよぎる。
「このまま夜になったらどうしよう」
まだ日は高いが、いつか夜はやってくる。
こんな危険な森で夜を明かすなんて絶対嫌だ。
最低でも森は抜けておきたい。
「きゃあああ!!!」
突然、前の方から女性の悲鳴が聞こえた。
何があったかはわからないが、確実に人がいる。
私は急いで声の聞こえた方向に走り出す。
少し走ると座り込んでいる少女と、少女を背にして剣を構えてる青年が目に入る。
あれって剣だよね? なんであんなものを?
青年の先には私を襲ったのと同じ狼が二匹いて、二人にゆっくりと近付いていた。
狼は今にも少年に飛びかかりそうだった。
どうやら考え事をしている場合じゃなさそうだ
怖いけど……助けないと!
私は走るのを止めずに青年の隣に近付く。
「手伝うわ!」
「ありがとうございます。助かります」
短く会話を済ませた瞬間、狼が私と青年に一匹ずつ飛びかかってくる。
大丈夫、きっと大丈夫なはずだ。
自分に言い聞かせて両手を前に出す。
今度は目を閉じずにじっと狼を見つめる。
飛びかかってきた狼は私の左腕に噛みついてきた。
やっぱり、噛まれても大丈夫だ!
なんでかはわからないけど、噛まれても痛くない。
これなら大丈夫。
さっきと同じように噛まれている手を振り回す。
狼は必死に腕に噛みついているが、耐えられなくなり吹き飛ぶ。
しかし、木に直撃するなんてラッキーは二度は起こらなかった。
狼は綺麗に地面に着地し、もう一度飛びかかってきて左腕に噛みついてくる。
それなら直接叩きつけてやる!
そう思った私は近くの木に向かって思いっきり走り出した瞬間、いつの間にか木の目の前まで移動していた。
「え! なに?!」
走る速度を急に緩めることが出来ずに木に激突してしまう。
その衝撃で私は後ろに倒れ込む。
「い、いったぁい……」
何が起きたかはわからないが、自分が木に激突したことだけはわかった。
勢いよく木に激突したせいで、頭が少しクラクラする。
狼は私の横に倒れていた。
死んでいるか気を失っているのかはわからないが、どうやら動く気配はなさそうだ。
私は立ち上がり青年の方を振り返ると、青年の側に血を流している狼が地面に倒れている。
どうやらあっちも狼を倒せたようだ。
「大丈夫だった?」
青年は私よりも背が高く、綺麗な青髪で端麗な顔立ちをしていた。
急所を鉄か何かの金属で守っている軽装な装備をしている。
少し幼い顔立ちをしているけど背格好的に18歳ぐらいかな。
見た目よりずっと落ち着いた雰囲気を感じる。
「はい、ありがとうございました」
「その子は?」
青年の後ろで座り込んでいる少女に目を向ける。
「わかりません、ここでウルフに襲われていたので助けに入ったのですが」
「大丈夫? 立ち上がれそう?」
私は少女に手を差し伸べる。
少女は私の手を取り立ち上がる。
「あ、ありがとう」
髪は茶髪で乱雑に切られており、少し痩せ細っているのか華奢な体をしている。
顔はすごく幼く見えるんだけど、背丈が私より少し低いぐらいだ。
私は背の高い方じゃないけど、この顔で私より少し低いぐらいってかなりの童顔?
二人とも中世的な顔立ちをしていて、日本人っぽくなかった。
言葉が通じているので日本のどこかだとは思うんだけど外国の人なのかな。
「私はルーシア……あっ」
しまった!
さっきまでマジフェスの会場にいたせいで、ついハンドルネームで名乗ってしまった。
は、恥ずかしい。
「わたしはリーナ」
「え、あ、うん、リーナね、よろしく」
「よろしくルーシアちゃん」
何言ってんだこいつみたいな目で見られるかと思ったら、さらっと受け入れられたせいで訂正するタイミングを失ってしまった。
そういえば、ルーシアちゃんって呼ばれてた?
このぐらいの子にちゃん付けで呼ばれるほど若くはないと思うんだけど?
まぁ、いっか。
リーナと自己紹介を済ませた私は青年の名前を聞いてないことに気が付いた。
「ごめん、君の名前聞いてなかったね」
「僕はアッシュと言います。よろしくルーシアさん」
ま、まぁ、さっきの会話を聞いてたらそう呼ばれるよね……。
「よ、よろしくね」
私たちは自己紹介を済ませた。