1.転移魔法で異世界転移
今日は第五回魔道具フェスタの日。
魔道具フェスタことマジフェスとは一年に一回開催されていて、ファンタジー世界を夢見た人たちが自分で作ったアクセサリーや服など様々な物を出展するイベントだ。
毎年、多くの人がイベントに参加している。
「よし!」
私は出展者用入口の前で気合いを入れる。
何とか今年もここに来れた!
出展者用のパスを係の人に見せて、両手で二つのキャリーバッグを引きながら会場入りする。
会場マップを見ながら目的地を目指す。
えーと、たしかブースはD-20だったはず。
少し歩くと自分の出展ブースを見つけた。
私はすぐに準備に取り掛かる。
キャリーバッグから折り畳み式の棚を取り出し設置し、棚や机の上に自分が作ったアクセサリーやキーホルダーなどを並べていく。
毎年参加しているので、この辺は慣れたもんだ。
「せんぱぁぁぁぁい!!!!」
聞き覚えのある声がしたので振り向くと、見たことがある女性が遠くから走ってくるのが見える。
その女性は息を切らしながら目の前にやってきた。
「ユズ遅いよ」
「す、すみません、せんぱい」
「会場内は走っちゃダメでしょ。あと大きな声を出すのもね」
「す、すみません……」
この子は柚葉、毎年ブースの売り子を頼んでいる子だ。
ユズとはSNSで意気投合して会うようになり仲良くなった。
お互いハンドルネームで呼び合うのはなんとなく恥ずかしかったので、今の呼び方になっているだけで別に先輩後輩の仲ではない。
こういう場所ではハンドルネームで呼んだ方がいいかと思ったけど、本人が問題ないと言ってるのでそのままだ。
最初はお互い名前を呼び合おうと言ったんだけど、何故か私はせんぱいと呼ばれている。
「あとはやっておくんで、せんぱいは着替えちゃってください!」
「そう? じゃあ、あとお願いね」
設営はユズに任せて、私はキャリーバッグを持ちコスプレイヤー用の更衣室に向かう。
出展する時はいつもコスプレをしている。
せっかく私の作った魔道具を買ってもらうんだから、形から入ろうと思って毎年コスプレ衣装を自作しての参加だ。
まずは着ている服を脱いで、赤の半袖シャツに薄い黒のチョッキ、短パンとブーツを身に着ける。
その後、赤のカラコンと金髪のウィッグをつける。
腰には太めのベルトを巻き、革のポーチなどを装着し、さっきブースに並べていた指輪やネックレス、ブレスレットなどをつけて、最後に赤のラインなどが入った腰まである黒のローブを羽織り、とんがり帽子を被って完成だ。
何かのアニメのコスプレというわけじゃなく、自分で考えたオリジナル衣装だ。
イメージは剣が使えるスタイリッシュな魔法使い。
それって魔法剣士じゃないの? とよく聞かれるが断じて違う。
魔法剣士って魔法が使える剣士ってイメージだけど、私が目指しているのは剣が使える魔法使いだ。
いまいち理解してもらえないけど、私の中でのイメージは違うのでそう言うしかない。
「よし、完璧!」
あぁ、やっぱり魔道具に身を包むのっていいなぁ!
指輪やネックレスなど自分が作った物を鏡に写しうっとりする。
これを身に付けて本当に魔法が出せたらいいのに。
そんな妄想をしながら最終チェックを済ませて更衣室を出る。
ブースに戻るとセッティングが終わっていて、ユズは椅子に座ってくつろいでいた。
「ごめん、大変だったでしょ」
「あ、せんぱい、着替え終わったんですね!」
毎年手伝ってくれているので、いつも助かっている。
初めて出展した時は一人だったので、着替えと出展準備でてんやわんやだった。
「どう? 変じゃない?」
少し体を捻ったりマントを翻したりして、変なところがないかチェックしてもらう。
「いつ見てもかっこいいです!」
「ありがと」
素直に褒められると嬉しいが恥ずかしさもちょっとだけある。
着替えも出展準備も順調に終わったので、両隣のブースに挨拶して開催時間まで2人で雑談しながら待つ。
「今年の作品もすごいですね。身に着けたら本当に魔法が使えそうです!」
ブースには宝石がはめ込まれたネックレスなどのアクセサリー、クリスタルの形をしたキーホルダーなど様々な物が置かれている。
私の作品のコンセプトは魔法を封じ込めた魔道具で、身に着けると封じ込められている魔法が使えるようになるというものだ。
「あーあ、本当に魔法が使えるようになったらいいんだけどなー」
「せんぱいの夢ですもんね。魔道具屋を開くのが」
「儚い夢だよね……」
小さい頃からファンタジー世界に憧れて、いつの間にやら自分で作るまで来てしまった。
この世界に魔法はないけれど、妄想でもいいから自分の作った魔道具を売ることが出来るのは楽しい。
そんなことを考えながら雑談をしていると開催時間の十時になった。
「みなさま第五回魔導具フェスタの開催です。どうぞお楽しみください」
アナウンスと共に開場し、フロアが徐々にお客さんで溢れていく。
今年は比較的入口に近い場所にブースがあるので、すぐにブースの周りにお客さんが集まり出す。
「あ、ここだよ! ここ!」
ブースの目の前で二人の女性が足を止めた。
「ルーシアさん、今年も買いに来ました!」
「今年も来てくれたんですね!」
私は笑顔で応える。
この子たちはSNSでいつも応援メッセージや感想を送ってくれる子たちだ。
毎年こうやって足を運んでくれる常連さんで、いつも何か買っていってくれる。
ちなみにルーシアというのは私のSNSでのハンドルネームだ。
「わぁ、今回もどれもかっこいいし綺麗ですねー!」
「ありがとう、自由に手に取って見てくださいね」
二人は作品を手に取りながら「これとかどう?」「あれもいいなー!」と相談している。
その光景を微笑ましく見ながら待っていると、どうやら買う物を決めたみたいだ。
片方の子がネックレスを手に持ち、私に差し出してくる。
「すみません、これでお願いします」
それはレジン(合成樹脂)でクリスタルの形に固めたネックレスだった。
クリスタルの中は青と黒色が混ざっていてキラキラ光る粉が散りばめられている。
これは転移魔法をイメージして作った作品だ。
「はい、1500円です」
女の子からお金を受け取り会計を済ませる。
「いつものってやってもらえますか?」
会計を済ませる後に、期待をした目を向けられる。
「大丈夫ですよ、ちょっと待っててくださいね」
私は自分の首にネックレスをかける。
「このネックレスには転移魔法が封じ込められていて、行きたい場所、会いたい人を思い浮かべて発動させるとその場所に転移することが出来るんです」
「わぁ、素敵ですね!」
彼女の言っているいつものというのは、私の作った魔道具にどんな魔法が封じ込められているのかの説明と、実際に魔道具を使用する姿を見せるというものだ。
買ってくれる人全員にやるというわけではないけど、頼まれた時はやっている。
知る人ぞ知る特典? みたいなものだ。
別に本当に魔法が発動するわけじゃない。あくまで雰囲気作りのため。
でも、本当に魔法が発動すればいいなっていつも思っている。
転移魔法か……本当に異世界があるなら行ってみたい。
剣と魔法の世界、ファンタジーが好きな人なら一度は憧れる世界だ。
いつか本当に行けたらいいな……そんな想いを込めて詠唱を始める。
「我と汝の魔力を紡ぎ、時と空間の理を歪め、煌めきの向こうへ我を導け!」
よし、これで後はネックレスを渡すだけ。
そう思ってネックレスに触れた瞬間、ネックレスから眩い光が溢れ出す。
「せんぱい?!」
ユズの声が聞こえる。
声の方向を向いたが、真っ白で何も見えない。
その内、目を開けていることさえ困難になり閉じてしまう。
「え、なに?! どうなってるの?!」
パニックになり声を荒げる。
「せ……、……い」
ユズの声も聞き取れなくなっていく。
そしてだんだんと意識が遠のいていき、気を失ってしまった。