第四話
ジャージ姿の男は、カズヤと名乗った。
「この世界には、名字はないからね。ここでは君も、ファーストネームだけにしておきなよ」
世界を渡る前の態度が嘘のように、カズヤは色々と教えてくれたが……。
一番大切なのは、二つの世界を行き来する方法だった。
「今日一日、たっぷり楽しむといいよ。行きのトンネルは一時間のみだけど、帰りのトンネルは、明日の正午まで開いているからね」
アドバイスに従い、カズヤと一緒に冒険者の宿へ行き、そこで一泊。少しの金――こちらの通貨――を借りて装備も整え、モンスター狩りにも同行させてもらった。
「この辺りは、初心者向けのダンジョンだから」
と案内された森で、ゴブリンやスライムを相手にするのは、完全にゲーム気分。現実感たっぷりの、最新式VRゲームだ!
そして。
「今回は、僕は四年、こちらに留まるつもりだけど……。君は最初だから、今日のうちに帰るべきだろうね」
と言って、彼は『帰りのトンネル』まで、俺を連れていってくれた。
森の中、少し開けた場所に、そびえ立つ岩山。その岩山に空いた、洞窟へ入ると……。
元の世界の、2月29日の午前2時ごろだった。
ただし、場所は『神隠しのトンネル』ではない。二つも三つも離れた県にある、全く別の小さなトンネルの出口に、俺は放り出されていた。
「なるほど……」
よく出来たシステムだ、と思う。
異世界でいくら過ごそうと、元の世界では時間は経過していない。だからカズヤのように、あちらで四年間――次にトンネルが開くまで――滞在しても、まるで時間を巻き戻したかのように、最初の日に帰ってこられるのだ。
「……これじゃ異世界の出来事は、夢でも見たかのような気分だな」
考えてみれば。
毎回『神隠しのトンネル』で異世界へ行く者が大勢いて、彼らが長い時間、姿を消してしまったら、それこそ「神隠しだ!」と大騒ぎになっていることだろう。
だが、噂レベルに留まっている。いや、少なくとも『噂』が発生するということは、本当に戻ってこない人々も、少数ながら存在するのだろう。異世界が気に入って、そちらに骨を埋める者もいるのだろう。
「まあ、四年ごととはいえ、いつでも帰れると思えば、そういう油断も出てくるのかな……?
などと、その時は、俺も思っていたのだが……。
――――――――――――
「行ってらっしゃい、パパ!」
「出稼ぎ頑張ってきてね、あなた」
抱き上げた愛娘を下ろしてから、妻の頬に口づけをする。
「また四年、留守にする。サマーレをよろしく頼むよ、ラストラ」
二人に見送られて、質素な木製ドアをくぐって、俺は家を出た。
いつのまにか、俺も異世界にドップリはまってしまったのだ。
元の世界では時間が進まないのをいいことに、今では毎回、異世界に四年間、居座ることになり……。
ついには、異世界で家庭を持ってしまったのだから。
一種の二重生活だ。
異世界では、妻子と過ごす四年と、妻子に「都へ出稼ぎに」と告げて元の世界へ帰る四年と、その二つの期間を交互に。
元の世界では、異世界で過ごした分の時間は進まないから、普通に大学を卒業して、就職して……。ただ俺の肉体だけが、二重生活の分だけ、微妙に老けていく。
実は、異世界における『妻子と過ごす四年』を、四年ではなく八年や十二年に延ばしても構わないのではないか、とも思うのだが……。
そんなことを考え出すようでは、いずれ俺も異世界に定住して、こちらの世界では『神隠し』扱いになるのかもしれない。
(「四年に一度の神隠し」完)




