第二話
その場所に俺が到着したのは、午前2時ごろ。
「草木も眠る丑三つ時、ってやつだな……」
つい俺は、一人でニヤリと笑みを浮かべてしまう。
だが、残念ながら『ひとり肝試し』にはならなそうだった。俺の他にも大勢の人間が来ているらしく、道路脇には、自動車や自転車が何台も並べられていたのだ。
「まあ、でも。これのおかげで、場所がわかったようなものだし……」
俺も自転車を停めて、辺りを見回す。車道の両側は大森林のようになっているが、木々の間に、小さな山道が一つ。
そこに入っていくと、十分も歩かないうちに、アスファルト舗装された車道に出くわした。おそらく、これが昔は、先ほどの道路と繋がっていたのだろう。
そして。
その先にあるのは、ぽっかりとアーチ状の穴が空いたトンネル。入り口には蔦のような緑が生い茂っており、いかにもな雰囲気を漂わせているが……。
「そろそろですかね」
「でしょうなあ」
「四年に一度のチャンスだからな! しかも、ここが開くのは、わずか一時間のみ!」
「待ってるんだ……。俺を待ってる妻子がいるんだ……」
トンネルの近くは、わいわいがやがや。
肝試しとは程遠い、騒々しい空気に包まれていた。
どちらかというと、行列ができるラーメン屋とか、遊園地のジェットコースターとかにワクワクしながら並ぶ人々みたいだ。
「……?」
戸惑う俺。
だが、見知らぬ他人に、声をかけて聞いてみる勇気はない。
とりあえず、観察することで、少しは理解しようと思ったが……。
「何だ、これ? コスプレ大会か?」
不思議なことに、そこに集まる人々の大半が、異様な格好をしていた。ゲームや漫画、それもファンタジー世界を舞台にした作品に出てきそうなスタイルだ。
どれほどの防御力か怪しいペラペラの薄い戦士鎧とか、これみよがしに十字架のマークを目立たせた青い僧侶服とか、戦場ではなく舞踏会の方が似合いそうなくらいに布面積の少ない武闘服とか……。
俺は参加したこともないが、コスプレイベントの開場待ちは、こんな感じなのだろうか。非現実的な装いの者たちが、通勤通学の電車待ちのように、整然と並んでいる。
「こういうところは、日本人の性だなあ……」
と、小声で呟きながら。
よくわからないまま、トンネル前の行列に、俺も加わってしまった。
俺が最後尾ではなく、まだまだ人がやってくる。
「よし、間に合ったぞ!」
俺の真後ろに並んだのは、俺と同じく、大学生くらいの男。変なコスプレではなく、ジャージ姿だ。連れはおらず、一人で来ているらしい。
これならば、まだ話しかけやすいだろう。疑問解消のため、声をかけてみる。
「あのう、すいません。この列って、いったい……?」
「ああ、君も普通の格好で来てるんだね。僕と同じで、あっちに衣装は置きっ放しかい?」
「いや、それ以前に……」
「お互い、頑張ろうな!」
気さくに返事してくれたのは良いのだが、俺の質問を聞こうとせず、まるで答えになっちゃいなかった。
これは尋ねる相手を間違えたかな、と心の中で嘆息したタイミングで。
「おお、始まったぞ!」
男は、歓喜に満ちた声を上げる。
同時に、行列が動き出した。
慌てて、俺は前へ向き直る。見れば、問題のトンネルから、眩しいほどの光が溢れ出していた。
その中へ、人々の列が、次々と飲み込まれていく。
「……!」
俺の混乱は最高潮。
だが人々の流れに従い、俺も、その光の中へと入っていき……。




