ふこうのあくま
あくまがいました。
まっくろなつばさに、いじのわるそうなかお。
おしりのさきから、とんがったくろいしっぽがひゅるりとのびている、
そんなあくまがいました。
あくまは人を困らせるのが大すきでした。
なんたってあくまです。
人を苦しませたり、
悲しませたり、
落ちぶれさせたりするのが大すきでした。
人をふこうにすること
それがあくまのしあわせでした。
あくまはとってもたいくつでした。
「なにか、おもしろいことはないかなあ・・・」
たいくつすぎてあくびばかりが出てくるのです。
ひまでひまでしかたがありません。
「そうだっ!」
ある日、あくまは思いつきました。
「人げんがたくさんいるところへ行こう!」
それはとてもすばらしい思いつきのように思いました。
なんたってあくまですから、
人げんであそぶことが大すきです。
人げんを困らせたり、泣かせたり、
苦しませたり、落ちぶれさせたりすれば
きっとこのたいくつだって、
吹きとぶにちがいありません。
そうと決まれば
人げんのせかいにいくじゅんびをしなくてはなりません。
あくまはいそいそと出かけていきました。
* * * * *
「さあて、どんな人げんをふこうにおとしめようか」
あくまは、くろいしっぽをふりふりふってなやみます。
なんたってあくまです。
人をふこうにすることがしあわせなあくまです。
これからふこうにする人げんを思いうかべるだけで
わくわくしてしかたがありません。
あくまはイヒヒとわらいながら、
まっくろなつばさをバサリとひろげて
ふこうにする人げんをさがしにいきました。
「おお!あの人げんにしよう!」
あくまはひとりのおとこに目をつけました。
あくまがさいしょに出会ったのは、大金もちのハンス。
でっぷり太ったおなかに、たっぷりしたフサフサのおひげ。
からだじゅうのあちこちにいろんな大きい宝石をつけて
たくさんのめしつかいをつれていました。
あくまはハンスにちかづきます。
「おまえはだれだ?」
「おれはあくまだ」
「あくまがいったいなんのようだ」
「とりひきだ、とりひきをしよう」
「ふむ、いいだろう。でもいったいどうすればいいんだ?」
「なぁに、かんたんさ!ねがいごとをひとつ言えばいい」
「ねがいごと?」
「そうだ。どんなねがいもひとつだけかなえてあげよう」
「ほんとうか?それならここにつかえきれないほどの金をもってこい!」
「おやすいごようだ」
つぎのしゅんかん、
ハンスはおどろきました。
なぜってまわりはたくさんのお金でいっぱいになっていたのですから!
「やったぞ!これでわしはせかいいちの金もちだ!」
ハンスは大よろこびです。
「ありがとう、ありがとうよ!」
ハンスはあくまにおれいをいいました。
ところが・・・
「ハンスはどこだ!」
「ハンスを出せ!」
「ハンスめ!出てこーい!」
つぎの日のあさ、ハンスが目をさますと
なにやらおやしきの外で人びとがさわいでいます。
どうしたんだろう?
ハンスはふしぎに思ってドアをあけたとたん・・・
「わたしのお金をかえして!」
「おれのお金をかえせ!」
「どろぼー!」
「どろぼー!」
村の人たちがなぜかカンカンにおこって
じぶんのことをどろぼうあつかいしていました。
ハンスはびっくり。
なんのことやらわかりません。
とりあえず目のまえにいた人におはなしをきいてみると
きのうあくまにもらったお金は、
ここにいるたくさんの人たちのお金だったというのです。
ハンスはひやあせをかいて、あわててみんなにせつめいします。
「ちがう!これはあくまのせいなんだ!」
もちろん、だれもしんじてくれません。
「どろぼー!」
「どろぼー!」
「ハンスのどろぼー!」
おこった村人たちは、ハンスのはなしなんてきいてくれやしないのです。
かわいそうなハンス。
ついにろうやに入れられてしまいました。
「あくまととりひきなんかするんじゃなかった」
ハンスはひとり、ろうやのなかでおいおいと泣きました。
けれども、きづいたときにはもうおそかったのです。
それをとおいところでみていたあくまは
おかしくておかしくてケラケラとわらいました。
「あーおもしろかった!」
まんぞくそうにうなづいたあと
あくまはつぎの人げんをさがしにでかけていきました。
「おお!こんどはあいつにしよう!」
あくまは、ひとりのおとこの子に目をつけました。
あくまがつぎに出会ったのは、まずしいおとこの子ピーター。
ボロボロのようふくに、がりがりのからだ。
かれこれ3日もなにもたべていないのです。
おなかの虫はいっこうになりやんでくれません。
「ああ、いちどでいいからおなかいっぱいたべてみたいなぁ・・・」
びんぼうなピーターはお金もちの人がうらやましくてしかたありませんでした。
あくまはピーターにちかづきました。
「おまえはだれだ?」
「おれはあくまだ」
「あくまがいったいなんのようだ」
「とりひきだ、とりひきをしよう」
「ふーん…わかった、いいよ。でもいったいどうすればいいんだい?」
「なぁに、かんたんさ!ねがいごとをひとつ言えばいい」
「ねがいごと?」
「そうさ!どんなねがいもひとつだけかなえてあげよう」
「ほんとうかい?それならぼくを大金もちにしてくれ!」
「おやすいごようだ」
つぎのしゅんかん、
ピーターはとても身なりのいい少年にかわっていました。
あなのあいていたようふくはしんぴんのようにピカピカで
あかだらけだったからだも、せっけんであらったようにキレイになっています。
おどろいたピーターはあわてていえにもどってみました。
そこでまたびっくり!
すんでいたいえもまるでおしろのように大きくなっていたのです!
「やったぞ!これでぼくも大金もちだ!」
ピーターは大よろこび。
「ありがとう、ほんとうにありがとう!」
ピーターはあくまにおれいをいいました。
ところが・・・
「ピーター、ちょっとお金をかしてくれないか?」
「ピーター、これを買ってみないかい?」
「ピーター、いいはなしがあるんだけれど」
「ピーター、こうすればもっとたくさんお金が手にはいるよ」
ピーターがお金もちになったとたん
たくさん人がピーターのところへおとずれるようになりました。
みんな、お金のことしか口にだしません。
ピーターはふしぎに思いましたが
いっきに大金もちになったせいで、とくにふかくかんがえずに
みんなの言うことにきまえよくうなづきます。
あんなにたくさんあったお金は、
いつのまにかみるみる少なくなっていき…
きがつけば、お金はすっかりなくなってしまっていたのです。
のこったのはだまされてたまったしゃっきんの山。
大金もちどころかびんぼうのころよりも苦しくなってしまいました。
キレイになったようふくも
おしろのように大きかったいえも
たくさんあったたべものも
みーんなとりあげられてしまいました。
かわいそうなピーター。
「あくまととりひきなんてするんじゃなかった」
ピーターはひとり、空になったきんこのよこでおいおいと泣きました。
けれども、きづいたときにはもうおそかったのです。
それをとおいところでみていたあくまは
おかしくておかしくてケラケラとわらいました。
「あーおもしろかった!」
まんぞくそうにうなづいたあと
あくまはつぎの人げんをさがしにでかけていきました。
「おお!こんどはあいつにしよう!」
あくまは、ひとりのおんなの子に目をつけました。
あくまが三ばんめに出会ったのは人気もののマリー。
村いちばんの気だてよしとひょうばんです。
いつもにこにことしていてかわいいと
おんなの子にもおとこの子にも人気ものです。
けれどもマリーはいつも少しだけふあんでした。
だって村のみんなはやさしいけれど、
いつだってかけられることばはいっしょなのです。
「かわいいマリー」
「いい子だねマリー」
「やさしいねマリー」
じぶんがどんなふうに思われてるのか、しりたくてしかたありません。
あくまはマリーにちかづきました。。
「あなたはだあれ?」
「おれはあくまさ」
「あくまがいったい、わたしにどんなごよう?」
「とりひきだ、とりひきをしよう」
「とりひき?いいわよ。でもなにをすればいいのかしら」
「なぁに、かんたんさ!ねがいごとをひとつ言えばいい!」
「ねがいごと?」
「そうさ!どんなねがいもひとつだけかなえてあげよう」
「ほんとう?それならわたしが村のみんなにどう思われてるかをしりたいわ」
「おやすいごようだ」
そのしゅんかん、
いっきにあたりがさわがしくなりました。
マリーはきゅうにうるさくなったことをふしぎにおもって
まわりを見回してみましたが
いつもののどかなふうけいがあるだけです。
「もしかして・・・このこえは、むらのみんなのこえ?」
こえにしゅうちゅうしてみると、
きいたことのあるこえばかりです。
ジョンにガーネットにトマスにビートのこえまできこえます!
「すごいわ!これで人の心をしることができるのね!」
マリーは大よろこび。
「ありがとう、あなたのおかげだわ!」
マリーはあくまにおれいをいいました。
ところが・・・
『マリーってちょっとかわいいからってえらそうよね』
『マリーっていい子すぎてあんまりすきじゃないな』
『マリーってどんな人にもいいかおするのよね』
『マリーも少しくらいわるぐちにつき合ってくれればいいのに』
たまに村のどこかからきこえてくるこえ。
それはマリーが思いもしなかったこえでした。
しかもそのこえは
ジョンやガーネットやトマス、ビートなどのともだちのこえだったのです。
ひどいわ!ともだちだとおもってたのに!
わたしは人にすかれようと思ってがんばってきただけなのに!
マリーは悲しくて悲しくて、
もう村人にしんせつにすることをできなくなりました。
きゅうにかわってしまったマリーに村の人びとはとまどうばかり。
すると、心のこえはどんどんマリーにとってひどいものにかわり、
ついにマリーは人をしんじることができなくなってしまいました。
「あくまととりひきなんてするんじゃなかった」
マリーはひとり、へやにこもっておいおい泣きました。
けれども、きづいたときにはもうおそかったのです。
それをとおいところでみていたあくまは
おかしくておかしくてゲラゲラとわらいました。
「あーおもしろかった!」
まんぞくそうにうなづいたあと
あくまはつぎの人げんをさがしにでかけていきました。
4ばんめに出会ったのはきらわれもののバディ。
バディは村にひとりもともだちがいませんでした。
なぜならバディはいじわるをするからです。
でも、バディはじぶんはわるくないとおもっていました。
だって村のこどもたちがバディをばかにしてくるのです。
かわいくないだの、せいかくがわるいだの、ともだちがいないだの・・・。
バディはかげでそういうわれてることがくやしく思っていました。
じぶんをばかにする人にいじわるがしたくてたまりません。
「ばかにされたしかえしに、いじわるをしてなにがわるいの?」
バディはわるくないとしんじていました。
あくまはバディにちかづきます。
「あんただぁれ?」
「おれはあくまさ」
「あくまがいったい、わたしになんのようなの?」
「とりひきだ、とりひきをしよう」
「とりひき?ふーん、してやってもいいけど、なにをすればいいのよ」
「なぁに、かんたんさ!ねがいごとをひとつ言えばいい!」
「ねがいごと?」
「そうさ!どんなねがいもひとつだけかなえてあげよう」
「ほんとう?それならたにんの思ってることがのぞけるようになりたいわ」
「おやすいごようだ」
そのしゅんかん、
バディの耳には村じゅうの心のこえがきこえてきました。
そのなかにバディのだいきらいなこえがありました。
このこえは、バレッタ。
このこえは、ミーナ。
このこえは、エリザベス。
いつもバディのわるぐちをいっている子どもたちのこえです。
「しめたわ!これでばかにしたやつに十分しかえしできる!」
バディは大よろこび。
「いちおうおれいをいっとくわ!ありがとう!」
バディはあくまにおれいをいいました。
さっそくしかえしにいじわるをしにいきました。
ところが・・・
『バディなんてもう見るのもいやだわ』
『バディにやられた分、もっとひどいことしてやる!』
『バディなんかどっかいっちゃえばいいのに!』
『バディってなんだか心をよまれてるみたいできもちわるいわ』
バディがしかえしをすればするほど
バディのわるぐちを言う人はおおくなり、
とうとうわるぐちがきこえない日はなくなりました。
あさおきてから、ねむりにつくまで
村のだれかひとりはバディをばかにしているのです。
そしてバディがいつもどおりしかえしをしたある日、
村の人びとはとうとうかんにんぶくろのおが切れて、
ついにバディを村からおい出しました。
とつぜんのことにおどろいたバディは
いくあてもたべるものもなく、とほうにくれてしまいました。
「あくまととりひきなんてするんじゃなかった」
バディはひとり、なにもないみちばたでおいおいと泣きました。
けれども、きづいたときにはもうおそかったのです。
それをとおいところでみていたあくまは
おかしくておかしくてケラケラとわらいました。
「あーおもしろかった!」
まんぞくそうにうなづいたあと
あくまはつぎの人げんをさがしにでかけていきました。
それからあくまはたくさんの人をふこうにしました。
はたらきもののチャーリーも
あらゆる人がはたらきものになりますように、とねがって
みんながうばい合ってしごとをするものですから
しごとがなくなってしつぎょうしてしまいましたし、
なまけもののエミールも
はたらかなくてももんくがいわれないようにしてほしいとねがって
もんくがなくなったものの、みんなもなまけるようになったので
たべるものがなくなり、けっきょくはたらくはめになってしまいましたし、
こいする女の子のアンナも
人をあいせないヨハンも
しょうじきもののケニーも
うそつきのニコルも
あたまのよいデビットも
おばかなソフィアも
みんなみんな、あくまとのとりひきでふこうになって、
おいおいおいおい泣きました。
「あくまなんかととりひきするんじゃなかった」
けれども、きづいたときにはもうおそかったのです。
あくまはごきげんでした。
思ったとおり、いいひまつぶしになったからです。
そろそろもどろうか。
そんなことを思ったとき、ひとりのおとこが目にとまりました。
ハンスのように大金もちでもなく
ピーターのようにびんぼうでもなく
マリーのように人気ものでもなく
バディのようにきらわれものでもなさそうな
どこにでもいそうなおとこでした。
あくまはおもわずニヤリ。
ヒヒヒ、あいつをふこうにしてからかえってやろう。
あくまはおとこにちかづきました。
「おまえはだれだ?」
「おれはあくまだ」
「あくまがいったいぼくになんのようだ」
「とりひきだ、とりひきをしよう」
「いやだ、あくまなんてうそをつくにきまってる」
あくまはすこし、おや、とおもいました。
いままでの人げんたちとはちょっとちがうようです。
「うそなんかつかないさ」
「ふん、それもうそにきまってる!」
「うそじゃないとも。とりひきでうそをつくことはできない。
たとえそれがあくまだったとしてもね」
「だとしても、とりひきがおわったらぼくをたべるつもりなんだろう」
「そんなことはしない」
「ならどんなとりひきなんだ」
「なぁに、かんたんさ!ねがいごとをひとつ言えばいい」
「ねがいごと?」
「どんなねがいもひとつだけかなえてあげよう」
あくまはおとこのへんじをたのしみにまちました。
なんたって人のふこうが大すきなあくまですから、
このおとこもふこうにおとしいれたくてしかたがないのです。
さあ、このおとこはどんなふうにふこうにしてやろうか?
すると
「いいや、とくにない」
「へ?」
あくまはおどろきました。
こんなへんじは思ってもみなかったのです。
「とくにないって・・・ねがいごとが?」
「ああ、ない」
「そんなことはないだろう?」
「ないって言ってるだろう」
「いいや、よくかんがえてみろ」
「しつこいぞ」
「ほら、あるだろう?お金とか名声とか」
「そんなものにきょうみはない」
「じゃあすきな人にふりむいてもらうとかえらくなりたいとか」
「だからないってば」
あくまはしつこくくいさがります。
だってこのままじゃおもしろくありません。
なんとかおとこをふこうにしてやろうと
なんどもなんどもゆうわくしてみました。
そうしてようやく・・・
「ないものはない!!」
「そこをなんとか…」
「うるさーーーーーい!!そんなにいうなら言ってやろうじゃないか!!」
あくまはしめたとおもいました。
おとこがそう言ったじてんでとりひきはせいりつです。
あとはおとこのねがいをかなえて
じぶんはそれをおもしろおかしくながめるだけ。
「さあ、ねがいをかなえてやろうじゃないか。言ってみるといい!なんだってかなえてやるさ!」
あくまはとくげに、むねをはって言いました。
ところが。
おとこのことばは、あくまのよそうをずっとうらぎるものでした。
「おれのねがいはおまえがふこうになることだ!」
おとこはそれだけ言うと
かたをいからせて、あくまにせなかをむけてどこかへ言ってしまいました。
なんということでしょう!
あくまのかおはまっさおです。
あくまのしあわせは人げんをふこうにすること。
あくまのふこうは人げんをしあわせにすること。
ああ、でももうとりひきはせいりつしてしまったのです。
とりけすことはできません。
あくまはしかたなく、もと来たみちをもどっていきます。
そして、そらをとびながらおいおい泣きました。
「あんな人げんととりひきするんじゃなかった」
けれども、もうきづいたときにはおそかったのです。
これから人げんをしあわせにしなければなりません。
まずはろうやにいるハンスから・・・。
* * * * *
大つぶのなみだをながしながら、空をとんでいるあくまの下で
空を見上げている人げんがいました。
ついさっき、あくまととりひきをしたおとこです。
さっきはあんなにカンカンにおこっていたのに
今は、にんまりえがおでなんともうれしそうなかお。
あくまには見せなかった人のわるそうな笑みで、おとこは言いました。
「あははっ! あいつ、今ごろ人げんたちをしあわせにしに行ったんだろうなあ」
いひひ、とあくまとそっくりないじのわるそうな声でおとこは笑います。
「あくまのしあわせは人げんをふこうにすること。
あくまのふこうは人げんをしあわせにすること。
でも、ぼくぐらいになると人げんじゃもう、もの足りないんだ。
やっぱり、だましたりこまらせたり、ふこうにするなら……」
とおくのそらでは、あくまはちいさなちいさな豆つぶのよう。
空にうかんだちいさなかげをゆびさして
笑ったおとこのおしりからは、
「おんなじあくまのほうが、おもしろいよね」
あくまとおんなじ、さきのとんがったくろいしっぽが――――――
最後の方、新たに付け足してみたり。
誤字脱字がありましたら、ご報告いただければ幸いです。