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 朝露が滴る早朝、人々が動きだして騒がしくなる時間帯であったが、人々の喧騒から離れた場所にあるアルテナの新居の前は静謐せいひつさを保たれている。家の前で待つ馬車の前では勇者の従者、リリアルア·クルーテがアルテナを姿勢を正して出迎えていた。

 リリアルアの身嗜みに緩みはなく、栗色の髪を頭の後で束ね、ややつり上がった目には早朝の気だるさなど微塵も残っていない。アルテナが扉からでくるとリリアルアは大仰おおぎょう過ぎないように浅く頭を下げる。


「おはようございます」


 リリアルアは尊敬する勇者様に失礼のないよう朝の挨拶のお辞儀一つでも手を抜かない。


「リリ、おはよう」


 アルテナはリリアルアの事を愛称で呼んでいる。アルテナにとってただ短縮しただけだがリリアルアにとって身が震えるような光栄さだ。強く、優しく、気さくな勇者アルテナは八人いる勇者の中でもリリアルアにとって特別な存在だ。彼女に付き従う日々は充実しており、これ以上の幸福をリリアルアは想像出来なかった。


 それだけにアルテナに付いた汚物が我慢ならない。アルテナが出てきた家の扉の奥に見える男をリリアルアは反射的に睨み付ける。そしてそれは扉が閉まっても止められなかった。


「リリ?」


 すでに馬車に乗り込んでいるアルテナが一点を見つめて動かないリリアルアを不審に思って声をかける。


「すみません。すぐに参ります」


 アルテナを僅かでも待たせてしまった自分を恥じ、リリアルアは急いで馬車に乗り込む。

 馬車の中は詰めれば六人が乗れるだけの座席がある。しかし、今は前方の席を一人の寝間着姿の少女が横たわって占拠していた。金髪の緩い巻き毛は少女の性格の緩さをも想像させ、それを証明するように腕には枕が抱えられている。


「ネルッ!いい加減起きなさい!!!」


 その少女の名前はネルネア·クロレス。リリアルアと同じく勇者の従者であるが、完璧主義のリリアルアとは違いぐうたらなのは一目瞭然だ。

 まるでここで寝泊まりしているかの様な姿のネルネアはリリアルアの叱責をうけて瞑っていた目を半目にも満たないほど僅かに開く。


「あと五分······」


「ダメよ!アルテナ様の前でくらいしゃんとなさい!」


「いつもはまだ寝てる時間なのに······」


「それは貴方だけよ!」


 そうは言いつつも寝坊の常習犯である彼女と同じ様にここに来ることへの不満をリリアルアも抱いていた。普段はアルテナのための労力を厭わないが、アルテナの前に突如として現れて結婚までしてまったラグナという名のクズ男がアルテナの転居に関わっていると思うと素直な気持ちでこの家まで来れなかった。これから毎朝来なければならないのに先が思いやられる。


 しかし、それはそれ、これはこれである。同じ勇者の従者であるネルネアのアルテナへの無礼を許すわけにはいかない。リリアルアはネルネアが大事そうに抱える枕に手をかける。


「お・き・な・さ・い!!!」


「むうぅ」


 引っ張りあげられる枕を離すまいとネルネアも必死の抵抗を見せる。


「まあ、許してやれ。朝が苦手なネルがここまで来てくれたんだぞ」


 二人の争いを見かねてアルテナの仲裁が入る。アルテナの言葉でリリアルアは手を止め、ネルネアは庇ってくれたアルテナのとなりに逃げ込む。もう手の出せなくなったリリアルアは空いた前方の席に座り、馬車を出すように御者に告げる。

 

「アルテナ様。あの男との生活はどうですか?」


 あの男は結婚式をすっぽかそうとしたばかりか、式の最中にも何度も逃げ出そうとしていた。結婚してからまだ一夜しか越えていないが、すでに軋轢が生まれているのは想像に難くない。優しいアルテナが癒えることのない傷を負ってしまうのではないかとリリアルアは気が気ではなかった。


「昨晩は盛り上がったのだがな······」


 いきなり放たれた赤裸々なアルテナの話にリリアルアは赤面する反面、アルテナの純血を奪ったラグナに怒りを覚える。


「今朝、別れてほしいと言われてしまった」


 どんな時も凛々しいアルテナのこんな寂しそうな顔をリリアルアは初めて見る。その顔見てリリアルアはラグナへの怒りは最大値に達する。

 今朝、アルテナは笑顔で家を出てきた。決して弱みを見せないアルテナは傷ついた心を見せないように振る舞ったのだろう。その時のアルテナの気持ちを考えると苦しく、自分が何より大切に思っているアルテナが汚されていくのが堪らなかった。


「別れてしまえばいいではありませんか!!」


 アルテナとラグナの間に何があったのかを未だに知らないリリアルアだが、今のアルテナが幸せであるようには見えなかった。このまま、ラグナと生活を続けることがアルテナにとって良いことには思えない。


「そのつもりはない」


 しかし、淀みなくキッパリとアルテナは言う。


「何故ですか!!!」


「今朝、キスしてやると喜んでいた。あの家を見て良い家だと言ってくれた。私を妻とすることを誓ってくれた。私に女である道を示してくれた。そして何より私があいつを諦めたくない」


「どうしてそこまで思えるんですか?まだ、出会ったばかりなんですよね?」

 

 揺るぎないアルテナの意思にリリアルアは説得の無駄を悟り、平静さを取り戻す。


「そんなの、アル様がラグナさんを好きになっちゃったからだよ。リリちゃん」


 さっきまで眠りこけていたネルネアが答える。流石のネルネアもこんなただならぬ雰囲気の中、寝てはいられなかったのだ。


「ああ、ラグナにとってとるに足らない事ばかりだったのかもしれないが、私にとっては特別なことばかりだ。ラグナが拒絶の意思を見せるのは私がこの初めての感情に振り回され、暴走しているからなのだろう。それがようやく分かってきたんだ。リリがラグナの事をどう思っているかは察しがつくがアイツは決して悪いやつじゃない。リリにもすぐに分かるはずだ」


「そうは思えませんが·····」


 まだ納得できないリリアルアはアルテナの気持ちが汲めない事にもどかしさを覚える。


「私はもう分かってるよ、アル様。アル様が好きになった人だもん」


「ネルッ!あなたはアルテナ様に良い顔したいだけでしょ!!」


「へーん」


 ネルネアのこういうちゃっかりしたところはリリアルアは好きに慣れなかった。いつもまじめな自分ではなく、ぐうたらで抜けているネルネアの方が人に愛されているのは正直妬ましい。


「そうだ!!」


 再びネルネアとリリアルアの間に起ころうとしていた争いの火種がアルテナの言葉で遮られる。


「ラグナの元の家から荷運びに手伝いをやることを約束したのだ。二人で行ってこい」


 その命令に嫌な顔をしたのはリリアルアではなく、ネルネアだった。


「うぅ、リリちゃんのせいで仕事が増えた······」


「黙りなさい!アルテナ様の命令は絶対よ!!」


 それに反してリリアルアは妙なやる気を見せている。


「よし、では頼んだぞ!」


「はい!しかっりとアルテナ様の伴侶に相応しいか確かめてきます!!」  


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