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「犯罪?」
アルテナはきょとんとした顔をしている。
「犯罪でしょ?僕、意識を奪われて、宿につれてかれたよ!?」
アルテナの話から自分のされたことを抽出して並べる。勇者にあるまじき不法行為だ。ラグナはアルテナの事がより恐ろしく思えてきた。
「それのどこが······ああ!そいうことか!フフフッ!」
何かに気が付いたらしいアルテナが突如として笑い始める。
「ラグナはお前は私に何かされたと思っているのか?」
「え?違うの?僕達、あんな連れ込み宿で同衾してたんだよ?全裸で」
状況的に明らかに黒だ。あの状況で何もなかった方が不自然だ。
「店を出た後の私は酔いつぶれたラグナをどこへ運んだものかと悩んでいたのだ。お前の家も知らないし、私が住んでいる教会に男を連れ込むわけにもいかなかったからな。そこで近くにあった宿で一晩過ごす事にしたのだ。全裸だったのは私が寝る時はいつも全裸だかだな」
「僕も全裸だったけど······」
「寝苦しそうだったからな」
「うーん」
酒のこと、裸だったことなどラグナには理解できない論理がアルテナの中では成り立っているらしい。色々な不満を残しつつも、あの夜は何もなかったことは勇者という肩書きに免じてラグナは信じることにした。
「納得したか?」
「ああ、一応。つまり、僕は童貞のままだと······」
しかし、そう口にしてしまうとラグナは何もなかったことに落胆を感じてしまう。そして、その様子はアルテナの目にも写る。
「そうがっかりするな」
「し、しとらんわ!」
アルテナのニヤついた憎らしい表情を見るとラグナがどう取り繕っても誤魔化せそうになかった。
「安心しろ、今夜は私たち夫婦の初夜だぞ」
アルテナはラグナに身を寄せ、腰に手を回す。あっという間にラグナが逃げられない状況がつくられる。
「いや、ちょっと、待ってくれ」
童貞とは性に興味があるくせに、いざ状況がそうなると怖じ気づいてしまう悲しい生き物なのだ。なんとか逃げ出そうと身を捻らせるものの、腕力というワイルドカードをアルテナに切られてしまってはラグナになすすべがないのは過去の出来事から明らかだ。
アルテナはラグナの腰に手を回したまま立ち上がり、ラグナを脇に抱える。
「さあ、寝室は二階だ」
ラグナを抱えたまま歩き始める。
「待て、せめて身を清めさせてくれ」
「私は気にしない」
ラグナの言葉を歯牙にもかけずにアルテナは階段を登り始める。そしてラグナの抵抗むなしく、寝室まで連れていかれる。寝室には少し大きめのダブルベッドがり、魔力灯で薄暗く照らされて無駄に雰囲気が作られていた。
ラグナはベッドの上に放り投げられ、その上にアルテナが覆い被さる。
「待て、心の準備が······」
「フフ、天井の染みを数えているうちに終わると聞くぞ」
男女の立場が逆転していたが、主導権をアルテナが握るのはこの夫婦の定型となりつつある。
「せめて、明かりを······」
「だめだ」
アルテナがラグナの耳元で囁く。そして、それ以上の抵抗が許されないまま新婚初夜は過ぎていった。
◆
「別れてください」
翌朝、朝食の席でラグナは告げる。昨晩は一睡もさせて貰えず、ラグナは獅子に体を貪られる草食動物となっていた。体にあるエネルギーは全て吸い取られ、ラグナは搾りカスとなっている。ラグナは命の危機を感じていた。
「何が不満なんだ?」
ラグナと同様にアルテナも一睡もしていないにも関わらず、変わらないふてぶてしさでラグナの用意した朝食をきびきびと口に入れている。
「体がもたない」
「ふむ、少し張り切り過ぎたか······。次からは気を付けよう」
「それだけじゃない、やっぱり僕はアルテナと夫婦ではいられない」
本気が伝わるようにラグナはまっすぐとアルテナの瞳を見つめる。空気の変化を理解したアルテナもそれに答えて食事の手を止め、フォークを皿の上に置いた。
「そうか······。ラグナの気持ちは分かった」
「それじゃあ!」
ラグナの声に喜色が垣間見える。
「だが、だめだ」
アルテナ梯子を外し、ラグナを上げて落とす。体の力が抜けるのを感じたラグナはテーブルに肘をつけて体を支える。
「何でだ」
「ラグナも教会で誓っただろう?結婚の誓いは死が二人を別つまでだ」
聖職者として認知される勇者が神聖な儀式での誓いを違う訳にはいかない。アルテナが離婚に応じるつもりがないのがわかるとラグナは体を支えてはいられずにテーブルの上に突っ伏してしまう。
「アルテナはどうして僕と結婚しようと思ったんだ?あの夜の話を聞いても分からない······」
ラグナは結婚式の最中にした質問をもう一度する。しかし、今回は愛しているというような抽象的な答えではなく、具体的なアルテナの気持ちを知りたかった。
「それは······」
コンッコンッコンッ
アルテナの言葉を遮ってノックが響いてくる。水をさされたアルテナは言葉を続けることはなかった。
「玄関まで見送りに来てくれないか?」
どうやら、ノックの主はアルテナの迎えらしい。それを察したアルテナは申し訳無さそうにそう言った。
「ああ」
ラグナは難しくないアルテナの要望を聞いてやることにした。二人は共に席を立ち、先に歩くアルテナにラグナはついていく。
「今日はどう過ごすんだ?」
「上司に結婚の報告をしたら、僕の家から荷運びかな」
「そうか、では手伝いに人をやろう」
「別に要らないけど」
「遠慮するな」
そうしている内に玄関にたどりき、アルテナは振り返って後ろに続くラグナと向き合う。そして、ラグナに身を寄せ頬に手を当てる。未だに女慣れしないラグナは僅かにたじろいでしまう。
「急な事にラグナが混乱しているのも分かる。だけど、私はラグナの側にいたい。だからもう少し結論を待ってくれ」
そこまで言うとラグナ顔を近づけ、唇を重ねる。
「きっと幸せにする。じゃあな」
そうして、アルテナは最後には笑顔で家を出た。扉を閉じた後もラグナはアルテナの唇の感触を反芻している。
(なんというか······。男らしいんだよな)
男のはずの自分が新妻の様にアルテナを見送っていることに気がつく。その原因はきっとラグナにではなく、アルテナにあった。
その事を不満に思う反面、アルテナの事を憎からず思っている自分が生まれつつある事をラグナは自覚していた。これまでの人生であれほど自分自身を求めてくれる存在は初めてだった。
しかし、ラグナは勇者とともに歩む事などできない。それは何よりも確かな事だった。