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 礼拝堂の中は外観以上の荘厳さだ。デウステラ教の象徴たる星輪と呼ばれる黄色の輪が祭壇の奥に置かれ、そのまわりに配された石像の聖人達がその星輪を見守っている。それら含めた広大な礼拝堂内はあまねく陽光によって照らされていた。

 陽光を取り入れるために配された窓のなかでも正面にあるものは神話の一場面が描かれたステンドグラスとなっており、その美しさがこれまで訪れた者に神の威光を知らしめたことだろう。


 その中でも中央上部に配された日輪を描いたステンドグラスを通した陽光が式の主役たるラグナ達を照らす。これ以上が無いくらい立派な結婚式だ。世の女性の誰しもがこのような結婚式を夢に見ていることだろう。ラグナの隣に立つ女もどことなく幸せそうだ。


 しかし、素晴らしい結婚式を描写できるのもここまでだ。まず、目立つのは不自然に左に寄った参列者達だ。自分が結婚するなどと直前まで新郎ですら知らなかったのだ、新郎側の参列者が居るわけもない。みっちりと席を埋めている新婦側の参列者達が右側の虚ろを際立たせていた。


 そしてその新婦側の参列者の祝う気の無さも目立つ。参列者達はラグナが入場するなり一斉に侮蔑の視線を浴びせ、響かない声で隣席の者とラグナへの非難の言葉を交わしあった。どうやら参列者の間ではラグナは式をすっぽかそうとした最低男ということになっているらしい。

 下劣な······。あんな奴が·······。.......ひどい男だ。

 罵倒の端々が聞こえてくる度にラグナは居心地の悪さに逃げ出そうとするが、かっちりと組まれた女の腕がそれを許さない。そして逃げ出そうとするラグナが参列者の目に入る度にラグナ最低の雰囲気が強くなっていた。


 この式にまじめ参加している人間は新婦と強かに表情を変えずに式を進行している神父だけだ。

 参列者達も結婚式に来ている以上、新たな夫婦の門出を祝うべきだっただろう。しかし、式を貶めている最大の理由が結婚する気の全く無い新郎であるのは誰の目からも明らかだった。






 それでも、最高の教会で行われる最低な結婚式は進行していき、神の前で誓いを交わす時が来た。

 白い髭を蓄えた仙人のような神父がラグナの方へ体を向ける。


「新郎ラグナ・サリヴァン、あなたはここにいるアルテナ・ロア・ルクサレイトを妻とし、病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、死が二人を別つまで愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


 神父に結婚の意思を問われるラグナ。しかし、ラグナはそれに答えることも、逃げ出すこともせず血の気が引いたような驚愕の表情で新婦を見つめていた。

 

「ロア······。お前、ロアなのか?」


 ラグナにそうさせたのはようやく判明した女の名前、そのなかでも『ロア』という部分だった。


「そうだが、そんなことはどうでもいい。早く答えろ」


 事も無げに女はそう言い式を中断させたラグナを咎めた。

 しかし、ラグナにとって彼女が『ロア』だと言うことは事も無げに無視できることではない。



 『ロア』とは、教皇より与えられる称号だ。そして、その称号を得た者達はこう呼ばれることになる。


『勇者』と。


 この世界において勇者とは絶対的強者だ。その力は単独で一個師団に匹敵するという。力を持つ彼らはなによりも清廉さをも兼ね備え、義のために動き、決して悪には屈しない。そして、その力を神に授かったと公言し、教会の正義を体現する存在だ。


 彼らの武勇伝は物語として人々の間を尾ひれをつけながら巡っているため、国主や教皇以上の知名度になっている。ラグナもアルテナの名前に聞き覚えがあった。

 教会に所属する彼らは教会の総本山である神聖国に控えている他に、主要な国に送られ、教会の世界への影響力を強めている。アルテナ・ロア・ルクサレイトとはリエリス王国に派遣されているそんな勇者の一人だった。


 

(とんでもない女と結婚しようとしているっ!!)


 元々、結婚する事を嫌がっていたラグナの思いは決定的になった。日陰でひっそりと魔術をたしなみながら生きることに喜びを感じてるラグナが太陽のように無遠慮に輝くアルテナと結婚すればその日陰は跡形も無く消し飛んでしまう。

 何よりもその日陰の中身を暴かれてしまうことをラグナは恐れた。


「どうした?早く答えろ」


 名前を聞いてから固まっているラグナに再度アルテナからの催促がなされる。

 平静を失いかけながらも、きちんとアルテナの言葉を脳に届けたラグナは覚悟を決めて口を開く。


「誓いま······ブゴヘァッ!!」


 ラグナの言葉は突如飛んできた鉄拳によって遮られる。ラグナは宙を飛び、地面に落ちてから数回転転がる。

 痛みに呻いていると、鉄拳の主であるアルテナがラグナに近づき頭をハイヒールで踏みつける。


「痛いじゃないですか。止めてください」


 暴力で叶わないことは身に染みているラグナは下手に出る。


「お前こそ、乙女にどれだけ恥を掻かせるつもりだ」


 踏まれているラグナを見下ろすアルテナは踏みつける足に捻りを加え痛みを与え続ける。


「まだ『誓いま』までしか言ってないっ!!その後何が続くか分からないでしょうがっ!!!」


「さっきまでのお前の表情を見ていれば分かる」


(くそっ!ポーカーフェイスって重要だなっ!!!!)


 アルテナの足の下でラグナはまた一つ教訓得る。


「ほっ、ほら僕たちまだよくお互いのこと知らないだろ?友達から始めよう?」


 そして、ラグナは結婚を止めるように説得に移る。


「夫婦になってから知ればいい」


 ダメだった。


「一度寝たくらいで彼女面しないでくんない?」


「私がなるはお前の妻だ」


 ダメだった。


「俺、実は生き別れた恋人がいるんだ······」


「嘘をつけ」


 ダメだった。

 

「えっと·····」


「もう思い付かないか?」


「はい」

 

 思い付かないと言うよりも、アルテナを説得できる気がしなかった。


「そうか」


 そうアルテナがそう言うと手でどこかに合図を送る。すると、どこからともなく黒子が大剣を持って現れる。

 アルテナはその剣を受けとると、ラグナの首から親指一本ほど離れた床に突き刺した。


「さあ、答えろ。お前は私を妻とし、病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、死が二人を別つまで愛し、敬い、慈しむことを誓うか?」


「神父さぁあああん!!!助けてええぇ!!!!」


 ラグナはこの場にいるのはラグナと自分だけではないことを思いだし、神父に助けを求める。だが、神父はこれまでの二人のやり取りに気がついていないように正面を見つめて動かない。

 

「おいぃいいぃ!!!こっち見ろクソジジィ!!」


(返事がない、ただの屍にしてやりたいっ!!)


 思えば、ここは勇者であるアルテナのホームグラウンドだ。観客どころかレフェリーすらもラグナの敵、完全アウェーの孤立無援だ。


(もう駄目だ······)


「分かった·····。しかし、君とは結婚できない。どうか、この首を胴と別つことで許しておくれ·····。死体は決して燃やさずに土葬にしてくれると嬉しいな」


「すごいな。首を落としても治るのか······」


 バレた。

 力でも、言葉でも、身を切ってもこの女からは逃れられそうにない。


「お前、なんでここまでする?」


「知れたことだ」


 ラグナの心を読むのが上手なアルテナはラグナが観念したのを悟って剣を引き抜き肩に担ぐ。そして踏みっぱなしだったラグナの頭から足をどける。


「愛しているからさ」


 ラグナはそう言ったアルテナの照れ臭そうな笑顔に見とれ、その言葉を嘘でないと理解してしまった。

 

「私も誓おう。ラグナ、お前を夫とし、病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、死が二人を別つまで愛し、敬い、慈しむことを。だから、お前も誓ってくれるか?」


「ああ、誓う」


「ありがとう」


 ラグナの宣誓は目を逸らしながら、ぶっきらぼうで短い言葉だったにもかかわらず、アルテナ嬉しそうに礼を言った後、ラグナを抱き締める。


 そして数秒の抱擁の後、アルテナは少しだけ身を離すと不意打ちのようにラグナの唇を奪った。それは先ほどの抱擁よりも長く続く。

 始めての女の唇の感触にラグナは顔を真っ赤にしながらされるがままになっている。


 こうして、二人は夫婦となった。

 全くもって最低な結婚式ではあったが最後には参列者達の拍手が二人の門出を祝っていた。


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