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 ラグナが女に引きずられるままに屋敷の玄関口を出ると、そこには二頭立ての華美た馬車が一両止まっていた。

 こちらに気がついた御者が一礼する。すっかりスプラッタに染め上がった女のドレス姿を見ても動じないとは大したものだった。

 女が近づくと御者が無駄のない所作で扉を開く。


「ご苦労。すぐに戻るぞ」


「畏まりました」


 女は御者とそれだけ言葉を交わすと馬車にラグナを乱暴に放り込み、自らも乗り込む。女がドレスについた血を気にも止めずに座席につくと同時に馬車は動き出した。

 発車の際の慣性を床の上でやり過ごしたラグナは立ち上がり、放り込まれた際に痛めた背中をさすりながら女の正面の座席に座る。

 ラグナの様子を気に止めずにただまっすぐ馬車の進む先を見る女をラグナは恨みがましく睨む。


「逃げていいか?」


 馬車の中という密室空間ではあったが、ラグナはこの程度の檻など魔術を使えばいくらでも脱出できる。それでも女にお伺いを立てたのはこの女が消して許さないだろうからだ。答えの知れた問いだが、女の眼中に入っていないようだったために口をついて出た。


「逃げたら真っ二つにする。どうせ死なんのだろう」


 そう言う女の傍らには大剣が立て掛けられていた。


「苛烈過ぎるっ!!」


 もう女は止まらないようだ。買われていく子牛の気分になったラグナは諦めと共に落ち着きを取り戻す。


「これ、どこに向かってるんだ?」


 今だ欠片ほども女が自分に何を求めているか知らないラグナはとりあえずどこに連れていかれようとしているのかを探る。


「教会だ」


 それ聞いたラグナは女の服装を思い出す。血みどろになってすっかり忘れていたがこの女が着ているのは花嫁衣装だった。

 

「結婚でもするのか?」


「そうだ」


 どうやらそういことらしい。しかし、それでなんで自分がこんな目にあわなければならないのか分からない。


「俺は結婚式に出ればいいのか?」


 ラグナは考えついた最も単純な予想を述べてみる。


「そうだ」 


 どうやらこれも当たりらしい。しかし、それではますます分からなくなる。ほぼ他人とは言え、結婚式の参列客の一人になることくらいでラグナは逃げ出したりなどしない。女は普通に頼めば良かったのだ。


 しかし、そこまで考えたところでラグナはこの事の異常さに気がつく。

 ラグナはつい先日、この女と褥を共にしたのだ。ただでさえ結婚の直前に不貞を働いているにも関わらず、その男を自分の結婚式に参列させるなんて狂っているとしか言いようがない。

 そこで、酒場の店主が言うには女は酔いつぶれたラグナを引きずって出ていったらしい。その事を聞いて、女のことを凄腕のビッチと心の中で呼んでいたのをラグナは思い出す。


 この女は変態だ。新郎の前に密かに自分を立たせその様をほくそ笑んで悦に浸るつもりかもしれない。あるいは、この事を新郎も知っておりアブノーマルな状況を楽しむつもりかもしれない。どちらにせよインモラルな世界に連れていかれる。


(ふざけんなっ!こちとら、心はまだピュアな童貞のままなんだぞ!!トラウマになるわっ!!)


 確かにこれならラグナは逃げ出す。さっきまでの女の言動にも説明がつく。


 式の後の宴の余興で自分があれこれと変態的プレイをさせられる所まで妄想したラグナは女をにらみあげる。


「てめぇ······、いったい何するつもりだ」

 

「結婚だが?」


 文脈が繋がっていないラグナの言葉に女は頭の上に?を浮かべ小首を傾げる。


(くそっ、あくまでしらを切るつもりか······)


 しかし、それをとぼけていると受け取ったラグナは教会に着くまでの間、この後自分の身に起こることを妄想し続けるのだった。










「着いたぞ」


 その女の声でうつ向いて妄想に耽っていたラグナは顔をあげる。すると、御者が扉を開ける所だった。

 女は先に降り、ラグナをまた引きずろうかと振り返る。だが、観念して従順になったラグナは自らの足で馬車を降り始める。もう逃げられないと悟った以上、抵抗して引きずり回されるのは御免だった。さんざん酷使されたラグナの服の襟元はもう伸びきっており、肩を覗かせているのだ。

 

 そうして馬車から降りたラグナが目にしたのは白く、荘厳で、巨大な建物だった。リエリス王国で王城の次に立派なこの建物は王国内で中央教会と通称されている。実際はマリアーク大聖堂という名のこの場所は大陸全土で信仰されるデウステラ教のリエリス王国内における布教や奉仕活動の中心地として各地の教会を取りまとめている。


 この教会で冠婚葬祭を行うことは貴族でも容易ではない。それができるこの女、もしくは新郎はとてつもない大物だ。


 神の威厳をこれでもかと主張する建物を前に、ここで行われる結婚式に出席するラグナは得も言われぬ緊張感を感じ始める。


「行くぞ」


 そんなラグナを余所に、女はここが実家だと言わんばかりの平然さで中に入っていく。遅れそうになったラグナは早足で追い掛けていく。


 

 

 しばらく歩くと女は明らかに式が行われる礼拝堂ではない片開きの扉の前で止まる。


「なかに着替えを用意してある。着替えて来い」


 そしてその理由はラグナが問うまでもなく告げられた。


 確かに急に自宅から出てきたせいで町を歩くのも躊躇われるラフな部屋着姿だ。フォーマルな場である結婚式に相応しい格好だとはとても言えなかった。

 そう納得したラグナが扉を開ける。


 鏡と化粧台、何着もタキシードを掛けられたハンガーラックの置かれた小部屋には老婆と子供とメガネの三人の修道女が控えていた。

 三人はラグナが部屋に入ったの見ると小走りで近づいてきた。


「えっと、こんに「早くおし、グズッ!!」


 ラグナがまずは挨拶を交わそうとした瞬間に、老婆の修道女が罵倒しながらラグナの髪を掴んで鏡の前まで引っ張って行く。


「痛い!痛い!痛いっ!」


「とれだけ待たせるつもりですかっ!!ゲス野郎っ!!」


 次に子供の修道女が罵りつつ、ラグナのお気に入りだった部屋着を容赦なく裁ち鋏で裂く。


「キャアァァァァ!!痴漢っ!!!!」


 すっかりパンツ一枚に剥かれてしまったラグナは己の性別を忘れて叫びながら、身を縮こまらせて裸体を隠す。


「手間を取らせるないで。軟弱者」


 最後にメガネの修道女が腕にタキシードを掛けて冷たい目で迫ってくる。老婆とガキも両脇から迫り、壁際に追い詰められたラグナに逃げ場はなかった。

 すっかり怯えきったラグナの瞳からは大粒の涙が溢れ出す。


「イヤァァァアアァアァァ!!!!!」


 ラグナの悲鳴が教会に響き渡る。

 この後ムチャクチャ更衣させられた。






 着替えを終わらせたラグナは更衣室の椅子に椅子の上で脱け殻になっていた。暴風のように起こった出来事に心を磨り減らたラグナの瞳には光が宿っていない。乱暴していった三人の修道女はここで待てと言い残して出ていき、部屋にはラグナ一人だった。


 ラグナがしばらく別次元を見つめていると、着替えるために別れた女が部屋に入ってきた。ラグナが着替えている間に女も着替えたようで血塗れのドレスは純白のものに変わっていた。

 女の輝きにラグナは魂を現世に取り戻して女のドレス姿に注目する。

 

「待たせたな。だが、そもそもお前のせいだ。我慢しろ」


 何をもって自分のせいと言っているのか分からないが返り血のことを言ってるのなら理不尽過ぎた。ここまで、ラグナは謂れ無きなのかどうかは分からないが謂われる覚えのない罵倒を受けてきたのだ。これ以上はご勘弁願いたかった。

 ラグナは不満の丈を視線にこめる。


「ふふっ」


 女はそれを笑って流す。

 そして、ドレスのスカートの裾を手に持ちはにかむ。


「どうだ?」


 女が自分のウェディングドレス姿の感想を求めているのはすぐに分かった。


「あっ、ああ、綺麗だよ」


 急に変わった女の態度に少し戸惑いつつも、花嫁にそう聞かれては定型文のように返すしかなかった。しかし、既に女の花嫁姿に目を奪われていたラグナに後ろめたさは無い。


「ありがとう。お前も似合っているぞ」


「ああ、ありがとう」


 女に誉め返され、改めて自分の格好を鏡で見る。


(あっ、あれぇ······?、結婚式の参列者の格好ってこんなに派手でよかったんだっけ······?)


 そして、気が付く自分のタキシードが女のウェディングドレスとお揃いのように真っ白なことに。


「では行くぞ」


 ラグナが自分の服装の意味に答えを出す間もなく、女が腕を絡めてラグナを引っ張って行く。


 大人しくついていったラグナは巨大な扉の前に立つ。威厳あるこの扉の向こうには礼拝堂が続いているのだろう。扉を開けるためか二人の男が扉の前に控えていた。


 式の行われる礼拝堂の前にいるにも関わらず今だラグナは花嫁と腕を組んでいた。


(あれ?なんだこの状況·······)


 これではまるでラグナが新郎のようだ。そうラグナは迫る現実を今だ受け流そうとしている。


「たいへん長らくお待たせいたしました。新郎新婦の入場です」


 しかし、とどめを刺すように扉の向こうから声が響いてくる。それを合図にして扉の前で控えていた男達が扉を開き始める。


(あれぇぇええぇぇえぇ?)


 逃げられない現実はすぐそこだった。 





 

 


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