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 ラグナ記憶にない夜から三日後。一夜を供にした女に準備しておけと言われた例の件とやらが起こる日だ。


 何が起こるかすら知らないラグナはこの日を迎えるまで特別に何かすることはなかった。師から受け継いだ屋敷でいつも通りの朝を迎え、いつも通り朝食をとり、午前中は書庫に隠り魔術の研究に当てていた。

 

 ラグナは師の研究を引き継ぎ、魔術の腕を上げるために暇を見つけてはこうしている。今は師の残した膨大な研究書を読み漁り、思い付いた自分なりのアレンジを試すのがラグナのなかでの流行りだ。研究書はただでさえ難解であるにも関わらず誰かに見られることを意識して書かれていないため、理解に時間がかかるが、それをラグナは一つ一つ自分の物にしていく。


 かつてのラグナにとって魔術とは生きるために必要なものであり、その習得は師から叩き込まれる苦痛だった。しかし、現在の師から強制されない魔術はラグナにとって楽しいものとなっていた。加えて、魔術師として危険のある仕事についているラグナには少しでも強い力が求められる。

 師の生前と死後、ラグナはどちらも変わりなく真剣に魔術の鍛練を行っているが、内心の魔術に対する姿勢はすっかり変わっていた。 


 寝ても覚めても魔術のことを考え、休日は家に隠って研究三昧。今日という日もその例に漏れないはずだった。

 だが、いつも通りのこの時間はいつも通りにはいかなかった。


 ゴンッ!!、ゴンッ!!、ゴンッ!!、ゴンッ!!


 玄関の方からやかましい音が聞こえる。ノックにしては異常なほど力任せだ。

 優雅に安楽椅子でゆったりと研究書を読みふけっていたラグナは異常事態に背中を背もたれから離し、音のする方向を見る。玄関からこの部屋は直通しておらず、視線も通らないが動物としての反射がそうさせた。

 

 ゴンッ!!、ゴンッ!!、ゴンッ!!、ゴンッ!!、バキイィィィ!!!!!!!!!


 ついには、扉が断末魔の叫びをあげる。

 ここは、魔術師の屋敷だ。玄関の扉や窓のみらず外壁さえも大陸有数と呼ばれた師の何重もの魔術によって強化されている。泥棒どころか軍隊に取り囲んで一斉に砲撃されてもびくともしない。

 それほどの扉が破壊された。尋常な事態ではなかった。

 ラグナの警戒の段階が最大に引き上がる。


「何だ!何が起こってるッ!!」


 ラグナは慌てて杖をとり、魔具を装着し、戦闘体制を整えていく。


 バキィ!、バキィ!、バキィ!、バキィ!


 そうしている間にも屋敷内の扉が破壊されていく。屋敷の外側は魔術で強化されているが、内側には一部を除いて何も施されていない。玄関を破壊した侵入者にとって臼紙を破るようなものだろう。

 侵入者はどうやらしらみ潰しに屋敷内を家捜ししているのだろう。


「というか、扉を一々壊すなよ!玄関と違って鍵は掛かってないぞ!!きちんとドアノブを使って開けろ!!」


 ラグナは屋敷を破壊されていく音にたまらず声をあげる。


 バキィ!!、バキィ!!


 しかし、ラグナの声が聞こえていないのかあるいは聞く耳を持っていないのか、破壊音は止まずラグナのいる書庫へとだんだんと近づいて来る。

 

 (荒々しすぎるっ!)


 侵入者のあまりの乱暴狼藉ぶりにラグナは早々に言葉による和解を諦る。机を倒し魔術による強化を施し即席の盾を作り、戦闘体制を整える。

 机の裏に隠れ、侵入者がラグナの元まで来るのをじっと待つ。


 バキイィィ!!、バァキイィィィ!!、


 そして、ついに侵入者の破壊が書庫のすぐ隣の部屋へと及び、ラグナはいよいよかと生唾を飲み込む。

 コツコツと侵入者が迫る音が響く。その音が七回ほどラグナの耳に届いたあとピタリと止まる。

 緊張で自身の呼吸が浅くなっているのに気がついたたラグナが一度だけ大きく息を吸い、そして吐く。ラグナが息を吐ききったと同時に目の前の扉に侵入者の暴虐が及ぶ。


 ゴンッ!


 しかし、他の部屋と同じように簡単に扉が破壊されることはない。

 この部屋は師の研究の全てが納められた書庫だ。ここには師の人生が詰まっている。それをおいそれと他人に見せることなどできる筈もない。そして何があっても失われるわけにはいかない物である。当然に魔術によって守られており、それは外側のものよりも強力だった。例えこの屋敷が消し炭になったとしてもこの部屋は健在だろう。


 ゴンッ!、ゴンッ!、ゴンッ!、ゴンッ!、ガコンッ!!!


 さすがの侵入者も攻めあぐねているようだった。叩かれる扉は大きな音こそでているものの、揺れてすらいない。扉の頼もしさにようやくラグナの緊張した表情がほどけ、安堵のため息が出る。

 外側の魔術の防壁はラグナでも正攻法では突破できない。それを力任せに破壊できる侵入者は正直にいって化け物だ。この部屋まで簡単に破られるようではラグナは絞首台を前にした死刑囚の気分を味わうことになる。

 取りあえずはここに隠り、隙を窺えば逃げることはできるだろう。ラグナは自分のしぶとさには自信があった。

 取りあえずは生き残ることができる。その楽観がラグナに油断を生む。


「はっはっはー!!。流石のお前でもこの扉を破壊などできないぞ。ここが今は亡き天賢アボルスの屋敷だと知らないのか?時を無駄にする前に帰ったらどうだ!!」


 ストレスからの解放からの反動でラグナは侵入者を煽り始める。何時までもここには閉じ籠っていたくないラグナは早々に侵入者に諦めてほしかった。先ほどからの様子を見るに侵入者にこの扉を破るのは不可能であり、手応えからその事を侵入者も理解したはずだ。


 コツコツコツ


 ラグナの言葉を理解したのか侵入者の離れていく音がする。

 当面の危機は去ったと安楽椅子に腰を掛け一息つき、ラグナはこれからどうするかと思案する。

 このまま能天気に部屋を出るのは愚策だと気を緩ましたラグナにも分かる。とりあえずは周囲の安全確認からと探索の為の魔術を使うため、魔方陣の作成に取りかかった直後だった。

  

 コツコツコツ


 先ほど去っていったはずの足音が戻ってきた。ラグナは椅子に座ったままではあったが緩みきった姿勢を正し起こる事態に備えて身構える。

 足音はやはりこの部屋の前で止まる。


(諦めたんじゃないのかっ!)


 ラグナは再び戦闘体制を取る。扉を睨み相手の出方を見る。


 ガンッ!!!


 そう音を立てた扉には大剣の切っ先が突き出ていた。そしてそれはギリギリと音を立てながら両扉の隙間を縦に裂いていく。扉に刻まれた陣が発光し強い抵抗を示しているがなすすべもない。

 あっという間に扉を両断するも、それだけで倒れるほど師の築いた防壁は柔ではない。しかし、絶望はまだ始まったばかりだ。


 ガンッ!!!


 再び大剣が突き刺さり、今度は横に切り裂いていく。今度は一度目のせいで魔術の弱まった扉は先ほどよりも早く裂けていく。

 大剣が端まで到達し二つの扉は四つの板になる。扉に施された魔術はほとんどの消えたにも関わらず扉が崩れ落ちないのは単に蝶番に支えられているだけの物理的な物だった。

 そして扉から大剣が引き抜かれた次の瞬間、今だ辛うじて立っている扉が弾けとんだ。

 四つに別れた扉の一つがラグナに向かって飛んでくる。ラグナはそれを盾として用意した机に身を隠すことでやり過ごす。

 しかし、ラグナの顔に安堵はなく焦りが浮かんでいた。想像以上の事態に気が狂いそうになるの抑え、生き残るための方策に頭を巡らす。


「ラァァグゥゥゥナァァ!!!!」


 女の声でそう叫ぶのを聞くとラグナは相手の顔を確認するべく机の盾から僅かに顔を覗かせる。


 

 


 





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