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アレクサンドリアの火  作者: ビートマサブネ
3/4

学び舎

 8時32分。教室内を、後ろからカメラが映している。人類がバカみたいに持ち歩く携帯技術への傾倒のおかげで、カメラは立派に小さくなった。漢文の授業。初老のオヤジが話を始めても、生徒のおしゃべりは終わりそうにない。チセと呼ばれている生徒は、ノートに熱心に鉛筆を走らせている。ケイと呼ばれている生徒は、すごく眠たそうにしている。

 9時22分。船を漕いでいたケイの頭が、机の上に落ちる。歴史学の授業。南北朝の権力抗争の終わりまで2万年でもかかりそうな、ゆったりとした語りだ。話の行方を見失ったのか、チセはノートの上を行ったり来たりしている。30分が経過。ケイが目覚める。隣のチセの枝毛をグリグリとして、チセに睨まれている。ところ変わって、三階のトイレにもカメラ。ルミと呼ばれている生徒が、下着も脱がずに個室に閉じこもって泣いている。イケメンのジャージ男が、そのドアをノックしている。

 10時8分。数学。三次方程式の解。ケイは立ち上がって、教室を去る。担当の男教諭に咎められるが、「生理なんで」とだけ言い捨て、振り返る素振りも見せなかった。チセは熱心だが、そのノートに数式が記述されている様子はない。二階の廊下にもカメラ。チーと呼ばれている生徒が、横断歩道を渡る鹿のようにキョロキョロとしている。この廊下を車が通ることはありえない。何を探している?2年E組の教室では、英語教諭のババァが、チーがいなくなったことに関して、見て見ぬふりをして授業を続けていた。

 10時9分。チセたちの教室から、レイと呼ばれている生徒も出ていく。「ケイさんのこと呼んできます」1年C組のカメラ。その最後部では、マリと呼ばれている生徒が窓から身を乗り出している。モンシロチョウが飛んでいた。再びトイレ。ルミの口はハンカチで塞がれ、個室でセックスが始まっている。チーの居場所は三階に移り、なおキョロキョロとしていた。車は通らないし、ババァの見ぬふりも続いている。ケイを呼びに行ったはずのレイは、すぐに涙目になって帰ってきた。

 10時57分。保健室のカメラ。生理のはずのケイはいない。ルミの五回目のセックスが始まっていた。マリの視線は黒板に戻っている。

 12時。昼休みに入る。チセのお弁当は母親の手作りで、唐揚げが三個も入っていた。チーはイケメンジャージと三階廊下でお話をしている。マリは教室にいない。モンシロチョウを追って、外に行ったのかもしれない。チセのノートが、お弁当の横で無造作に開かれている。拡大してみれば、書かれている文字が読める。地上に飽きた神さまは、空に住みたいと、わがままを言う。

 僕は屋上のカメラを映す。ケイはそこにいた。校庭とは反対の方を見ている。三階のトイレの、ある特定の個室が、いつまでもあかないってことに気が付いたのは、ほんの二、三人くらいだ。ちょっと生臭いってことに気が付いたのは、五、六人ほどだろうか。学校にはエチケットってものがあるから、無理矢理にこじあけたり、覗き込んだりするという人間はいなかった。

 それから放課後までは、特に何もない。ケイも教室に戻って、授業を聞いているふりを続けていた。帰り道は、きれいな夕陽にすっぽりと包まれていた。セーラー服の一団がカモメの群れのようにも見える。

「今日は充実の一日だったー」とチセ。わざとらしい伸び。

「そうなのか?」とケイ。

「小説がね、5ページも進んだ」とチセ。

「そりゃすごい」とケイ。

「チセは大作家になれるよ」ケイは本当に喜んでいる。

 騒ぎになるまでには一週間がかかった。あかずのトイレの個室で、蠅人間が生まれているという噂だ。どの生徒も新手の都市伝説に過ぎないと考えていたが、伝説の個室はたしかに頑としてあかない。あと生臭い。上から覗き込む役目は、熱いじゃんけん大会のすえ、バスケ部の副主将に決まった。伝説の正体を知ってしまった彼女の反応は今でも語り草だ。

 二週間後のインターハイ予選、バスケ部は一回戦で敗退する。副主将のスリーポイントが、一本も決まらなかったからだ。

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