チセとケイ
イケメンなのにすごく変な先生がきたってのが、学校中で話題だ。
その噂を最初に聞いて思ったのは、いったい何が変なのかなって疑問だ。それは変とは何かっていう壮大なことじゃなくて、単純に文章の意味がピンとこなかった。
偏差値50に足りない私の読解力のせいのように思えて、ケイちゃんにも聞いてみる。
ケイちゃんは私と違って頭が良くて、来年にはケイオーとかトーダイとか、そういう子だ。離ればなれになっちゃうかと思うとけっこう悲しくて、考えないようにしてる。
「チセは鋭いよねー。バカのくせに」
「バカじゃないもん」
「いいんだよバカで。マークシート埋めるのが多少上手いからって、この国は正当にゃ評価しないよ。国そのものがバカだから。むしろ、バカでよかったじゃん」
「つまり…?」
「バカはバカとつるみたい。そして私は、バカでないのとつるみたい。孤独なんだよ、私は」
「じゃあ、ケイと仲良しの私はバカじゃないじゃん」
「バカだよ。ただし、バカじゃないバカ」
「はぁ?」
「事実ってね、いつも再帰的なの」
自信ありげに言い切ったくせに、ケイちゃんが肩を震わせて笑いをこらえてる。
私のよくわかんないとこで笑ってるってことは、またからかわれてる。高度に。
「話、ちゃんと戻してよ」
「悪いわるい。たぶんね、チセはイケメンなのにって言葉に引っかかってるんだ」
「つまり…?」
「たとえば顔がジュリーで、心が石田純一とする。イケメン?」
「それ、なんか難しくない?古いし」
「じゃあ顔が小栗旬で、心がバラクオバマ」
「イケメン」
「顔が小栗旬で、心の底まで小栗旬」
「ノットイケメン。不倫してるし」
「そういうこと。チセがそういう考えだから疑問に思うの。あの噂が変なのはさ、心と体を分けてないからだよ」
「…まだちょっとよくわかんないかも」
「たぶんチセの中でも、イケメンの定義がごちゃまぜになってるからだね」
ケイちゃんは私の腰に手を添えて、おでこのところにキッスしてきた。
慌てて体を離す。
「ちょっ、ケイちゃん何してんの!?」
「いや、教えてあげようかと思って、定義を」
「やり方考えてよ!ヘンタイみたいじゃん!」
他に見てた人がいなかったかキョロキョロして確認する。とりあえず大丈夫そう。
「伝わったみたいでよかった。まさにこれ、イケメンなのに変だなってやつ」
「ああ、そうか…ってなるかい!!」
たぶん、私の頭は沸騰している。ケイちゃんはいたずらっ子みたいな顔をしている。
「チセのアホ面も、あと一年かぁ…」
「せいせいするよね」
湿っぽい臭い。梅雨入りの季節だ。校門が近づいてくると、時間ギリギリ、雪崩のように押し寄せるセーラー服に混じって、見慣れない色のジャージ。一点で丸くなって、ずっと動かないのがいた。
顔はたしかにイケメン。だけど、じっと蟻の行列を見ている。生物学の先生なんだろうか?ケイちゃんが耳打つ。
「まぁ、彼氏にしたいってタイプではないよね」
「うん、そうだね」
答えながら、私は首をひねっていた。ケイちゃんが気が付いてないのか、それともバカな私の見間違いか。
蟻の一匹のおしりに、赤い火がついたように見えていたから。