4 侍女さんのお名前
目が覚めると見慣れぬ天井と、豪華な照明器具がありました。
「……?! ここどこ、って、寮の自室ですよね~」
寝ぼけていたから思わず飛び起きてしまった。残念なことに、昨日の出来事が全て夢オチ、とはいかないらしい。相変わらず日本で暮らしていた頃の名前は思い出せず、昨日1日過ごして薄々気付いていたのだけれど、エリエル・マーリアノルトとしての記憶も無い。
ラノベでは記憶が融合されるのが鉄板なのに……。
コンコン
「おはようございます、侍女のシーアでございます。お嬢様、お目覚めでしょうか」
「は、はい! どうぞ! おはようございマス!」
考え事をしていたので、突然鼓膜に飛び込んできた扉を叩く音と声に驚いて、少し声が裏返った。普通に恥ずかしい。
扉が開くと、昨日の侍女さんが入ってくる。少し怪訝な顔をしているが、素知らぬふりをしておこう。
そういばさっき、シーアと聞こえたけれど、侍女さんのお名前をゲットできたということだろうか。
日本の二次創作では、いかに名前を出さずに物語の主人公として描くか、と頭を悩ませる作者様達が多かった。今すぐ伝えに行きたい。可能であればそのままシーア×執事の同人誌を買い取らせていただきたい。いやでも、ここでシーアに執事の名前も聞いて、はっきり関係性も聞いた上での同人誌も捨てがたい! 妄想の中の同人誌に思いを馳せる。私に文才や絵心があればこっそりここでも同人誌を描けると思うんだけれどな。五段階評価の通知表で、国語と美術はいつも3だった私にはどれも難しい。
日本に居た友達には、同人誌読みたすぎるでしょ。発作かよ、とよく鼻で笑われたが、確かにその通りかもしれない。
1人ベッドの上で、お嬢様らしい優雅さは忘れず悔しさに悶えていると、窓のカーテンを開け終わったシーアが近付いてきた。
「失礼致します。本日もお早いお目覚めだったようですが、充分お休みになれていますでしょうか。もし必要であれば寝具をお取り替え致しますが」
「お気遣いありがとう。私は大丈夫ですので、そのままにしておいてくださるかしら」
「出過ぎた真似を致しました。申し訳ございません」
「謝らなくてもよろしくてよ。私を慮ってのことなのでしょう」
「ありがとうございます」
昨日も今日も、シーアが起こしに来る前に自然と目覚めていたことで、寝不足を疑われたのだろうか。その可能性が1番高いとは思うけれど、先程ベッドの上で悶えていたことが原因の可能性も捨てきれない。転げ回ったりはしなかったけれど、シーツをぎゅっと掴み、俯いている場面を見られたのだ。シーアには様子がおかしいと思われたのかもしれない。いや、改めて思い返すと確実に様子がおかしいな。今度からは、悶えるときはもっと優雅な動作で出来るように頑張ろう。
反省はこのくらいで置いておくとして、さっき咄嗟にシーアの言葉に返したが、お嬢様らしい言葉遣いを意識せずに喋れていたように思う。14年間は恐らくエリエル本人が動かしていた筈なので、体が覚えているのだろうか。
もしそうなら、貴族としての記憶を持たない私にとっては大助かりなのだけれど。確証が持てる段階ではないので、今は横に置いておいて、時間があるときにでも徐々に調べていくことにしよう。
「お嬢様、お待たせ致しました。本日のモーニングは、ハムとレタスのサンドウィッチでございます。どうぞお召し上がりくださいませ」
今はシーアが用意してくれた、このできたてサンドイッチを食べる時間なのだから。