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2 侍女さんの登場

コンコン


「お嬢様、お目覚めでしょうか」


 扉を叩く音の後、女性の声が聞こえてきた。もしかして、侍女というやつだろうか。ラノベではよく、寝ているお嬢様を起こしに部屋に入ってくることが多い気がする。

 素早くノートを隠し、羽ペンも元の位置に戻す。流石にあのノートを誰かに見られるのはよくないだろう。

 朝日を頼りに情報を書いていたので、照明は付けていない。そんな状況で、ベッドでなく椅子に座ってる時点で怪しまれるかもしれないが、下手に足音を立てて、何をしていたか聞かれても困るし。

 どう返事をすればいいのか、頭をフル回転させ考える。エリエルは普段どのように応えるのだろう。ゲームではそんな場面が描写されることは無かったから、分からない。


「失礼致します。っ!? 既にお目覚めでしたか。お嬢様のお返事を聞く前に入室してしまい、大変申し訳ございません。……処罰を受ける前に、お嬢様の朝食のご用意や、身だしなみ等を整えさせていただいてもよろしいでしょうか」


 私が考えている間に、カチャリと開いた扉からシックなメイド服を着た女性が、入ってくるなり頭を深々と下げてくる。

 一瞬しか顔を見ることは叶わなかったが、この人は学園内でエリエルのお世話をする侍女さんではないか! 名前は一切出て来なかったけれど、エリエルの命令に忠実で、ヒロインを虐めさせられたり、エリエルの無茶振りを最大限叶えようと実行してきた人である。

 エリエルの性格的に、解雇してやるとか言って脅していたのだろうけれど。大抵の無茶ぶりを叶えていたので、能力は凄く高いと思う。


 二次創作でこの侍女さんが主人公として登場するときは、マーリアノルト家にいるであろう年上の執事(想像)に、エリエルの無茶ぶりに応えたり、いつも心を痛めながらヒロインを虐めなければならないことを相談していく内に恋に発展する侍女×執事、執事×侍女の作品や、エリエルが婚約者のルドア王子に会いに、王城に行く筈なので、そこで出会った騎士様と……という侍女×騎士、騎士×侍女の作品が多かった。

 勿論侍女×攻略対象の身分差の恋が群を抜いていたし、他にも色々な組み合わせがある。書き手の数だけ無限に広がる恋愛模様。全部好きだが、私は侍女×執事(ここでは侍女さんが執事に、ぐいぐい迫っていく方)が特に大好きです。


 と、思わず二次創作の素敵な思い出に浸ってしまったけれど、それどころじゃなかったね。

 侍女さんは、私がトリップしていた間もずっと頭を下げっぱなしだった。血が頭に溜まっていそうで心配になる。それに侍女さんをよく見ると、僅かに震えていた。お腹の前で強く握られている手も、白くなっている気がする。

 それでも、処罰を受けることを前提としつつ、最大限自分の仕事を全うしようとするその姿勢が凄い……。


 なんて、感動している場合ではなかった。

 エリエルは予想通り、侍女にも畏れられているのだろう。侍女さんのこの反応が証拠だ。ゲーム内でも侍女に対して無茶振りをして、出来なかった場合罵声を浴びせたり魔法で水浸しにしたり、物を投げつけたりと酷かったから。

 でも、私としては普段のエリエルがどのような対応をするのであれ、この侍女さんを処罰するつもりなんて無い。そもそも、あれこれ悩んで返事をしなかった私が悪いのだから。


 でも、どう伝えればいいのか未だに分からない。可能な限り、ゲーム内エリエルの喋り方を真似しないといけないんだよね。エリエルになりきらなければ。

 ……お嬢様言葉、私に出来るだろうか。出来る出来ないに関わらず、しなければならないのだけどね。


「そんな些細なことは気にしなくてよ。処罰はないから安心なさい。元より、返事をしなかった私が悪かったのだから」


「え……」


 なんて高飛車なんだろう。我ながら、必死に考えた結果の言葉にひきそうになりつつ、それでも悟られないよう表情筋を引き締めた。

 勢いよく顔を上げた侍女さんが、そんな馬鹿な、信じられない……本当にあのエリエルなのか、とでも言いたげな表情で、口を開けたまま動きを止める。


 やっぱり私はエリエルになりきれなかったんだろうか。心臓がバクバクと勢いよく脈動する。

 もしエリエルの人格、といって良いかは分からないが、それが他人になっていると知られたらどうなるのだろう。

 どうなるかは想像が全くつかないが、ゲームのシナリオに入る前に私のバッドエンドルートが始まらないことを祈ることくらいしか、今の私に出来ることはない。

 多分、数秒にも満たない時間だったと思う。その時間が何時間にも感じられ、冷や汗が吹き出してきた頃。


「はっ! 大変失礼致しました。お嬢様の寛大なご配慮に感謝致します」


 侍女さんがやっと顔を上げ、もう一度深々と頭を下げた。


「ですが、本当に何の処罰もなしでよろしいのでしょうか……」


 不安そうな、怯えたような表情を隠しきれていない侍女さんが私を見てくる。どうやらさっき固まったのは、私が処罰しないと言ったからっぽいかな。おかしな言動のせいではなさそうで安心した。いや、エリエルが言ったにしては、おかしな言動だったかもしれないけれどね。


「本当にあなたが気にする必要はありませんの。そんなことよりも、朝食をお願い出来るかしら」


「かしこまりました。ご用意させていただきますので、少々お待ち下さい」


 とりあえず侍女さんのお仕事をしてもらおう。安心したらお腹も空いてきたしね。

 そう思って、エリエルが言いそうな感じで話してみた。特に怪しまれていないみたいだし、侍女さん相手でこれなら、ちゃんとエリエルとして生きていけるんじゃないだろうか。


 と、思っていたら、まさかパジャマから着替えるのも侍女さんのお手伝いが付くなんて。お嬢様は自分でボタンも外せないのか。いや、ラノベではよくある話だった。

 慣れないことなので戸惑いつつも、何とか侍女さんに着替えや身だしなみを整えてもらう。


 朝食を終えた後、着せられたのはお嬢様っぽいドレスではなかった。

 紺を基調とする膝が隠れるワンピースタイプ。胸元に黒いリボンが付いており、セーラー服のような襟、所謂セーラーカラーがポイントだ。

 ヒールの高いローファーが、部屋の照明に照らされ輝いている。


「これは……制服?」


「はい。本日は学園の入学式でございますので」


「あら、そうでしたのね」


 ゲームで見慣れた制服だったので、思わず声に出すと、すかさず侍女さんが答えてくれた。

 成る程、今日は入学式なのか。それは制服を着ないと駄目だね。

 納得して頷く。それにしても入学式か。何年ぶりだろう、懐かしいな……って、入学式?! あの〈ドキラブ♡魔法学園〉のオープニングじゃないか。


 入学式で、周りを貴族に囲まれて緊張し、不安と少しのわくわくを抑えきれない面持ちのヒロインの心情が述べられた後、攻略対象達、そしてエリエルや他の悪役令嬢達が次々とムービーで流れるのだ。


 ゲームを何周もした私にとって、思い出すことは造作もない。スキップはしない主義なので!


 転……生? かは分からないけど、初日からゲームは開始するらしい。いや、本当にここが乙女ゲーム〈ドキラブ♡魔法学園〉と同じ世界といって良いかはまだ断言できないのだけれども。


 これは気を引き締めて入学式に挑まなければいけないな。

 できれば、エリエルにとってのバッドエンドを迎えずすみますように……。

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