円を描く
円を描く。紙にでも、ペンででもなくていいけれど、薄く平べったいものに、インクや墨なんかを塗っていく描き方を考えてほしい。
一つ円を描く。そこにできるのは勿論、一つの円である。
その上に重ねてもう一つ円を描く。始めに描いた円の上を何度もペンを滑らせて、繰り返し数Nがnに達したとき、そこに見えるのはなんだろうか。
そう、一つの円である。
しかし、そこにある円と始めに描いたN = 1の円は同じものだろうか。
同じものではないというのが僕の言い分だ。
紙面上にx軸とy軸をとり、紙面に対して垂直な方向に時間t軸をとる。この時、例えばx軸方向から見て、円はどのように見えるだろう。
見え方は二種類考えつく。
一つは、時間tにおける紙面に描かれている図形。端っこだけ少し尖った、まっすぐなチューブ。N= 1では端の尖ったところだけが出来て、N = nではN = 1で出来た端のところの後ろにn-1だけの長さのチューブがくっついている。
もう一つは、円を描いているときのペンの軌跡。螺旋状の軌跡を描き、横から見ればサインカーブ。N = 1では螺旋は一周分。N = nではn周分の螺旋が見えるだろう。
さて、この二つはどちらが正しいのか。
僕は後者であってほしいと思う。なぜなら、前者では、一回円を描いてしまえばその後はペンが円周上ならどこにあっても変わらないからだ。途中でペンを動かす方向が逆になってもそれを捉えきれない、一度決まってしまったものは変えようがなく、その後の努力なんて意味をなさないと言われているように感じるからだ。
だから僕はペンの軌跡を見ていたい。仮に出来上がるのが同じ一つの円だったとしても、僕はそこに至る過程を見過ごしたくない。
だって、そうでないと人は何も遺せないから。一つの円しか見ないのなら、僕もただ、焼かれて骨しか残せないから。