サトノホマレの最後
「うわああぁぁぁ!」
腕を抑えてうずくまるサトノホマレに、勝之信は。
「痛いかね?
お前はあれほど他人を楽しそうにいたぶっていたのに、やはり自分の傷は痛いのかね?」
サトノホマレは、叫びながらも、自らに邪法をかけていた。
「加速十倍、防御壁、身体回復…」
だが…。
切れた腕は治らない。
ぬぬっ、と焦るサトノホマレに勝之信は。
「邪法が使えないかね?
スイゲェよ、己の腕を見てみたらどうだ?」
え、と切断された腕をみると、そこからサトノホマレの体は、サラサラと砂のような粉になって荒野に落ちていた。
「何だこれはっ!」
「お主の時間は、とっくに終わっているのだよ。
お前は、もはやミイラとも呼べぬ醜い化け物に過ぎない。
当然、得意の邪法など、使う力は残っていないのだ、残念だったな」
なにっ!
とサトノホマレは憤慨し、顔を上げた。
上げようとした。
が、その瞬間、ポキリ、と体内に嫌な音が響いて、ゴトリと頭が胴体から離れた。
頭は空中で砂のように崩れ、体は土下座するように胴体を前に倒した。
「南無阿弥陀仏…、まあ、この世界に仏法も無いだろうがな…」
片手を目の高さに上げ、勝之信は念仏を唱えた。
と、その土下座する元サトノホマレの前方に、ヒュン、とウラガスミと仲間たち、それに一万を超えるロボットたちがテレポートしてきた。
「あ、勝之信さん、敵討ちは終わりましたか?」
ウラガスミの問に、勝之信は相好を崩し、
「ああ。
やっとな。
はるか昔の怨念も、これで晴らすことができたよ」
ウラガスミはそうですか、と朗らかに笑い、レプタのような人工細胞で肉体を作った。
「カゲユさん、これでいいですか?」
どうやらウラガスミは、カゲユの霊体と話していたようだ。
そのマネキンのような体が、霊が宿るにつれ、少し垂れ目気味の、実直そうな漢の姿になる。
「ああ、これで勝之信様とお話が叶います」
男は、簡素な筒袖の着物を着ていた。
さ、と男は片膝を付き、
「勝之信様。
誠に申し訳ありませんでいた。
私が不覚を取ったばかりに、勝之信様の目指していた世界までが目前で滅んでしまい、私は邪法者たちに良いように使われておりました!」
「おおカゲユか!
お前に落ち度は無いのだ!
ワシがお主に頼りすぎていたゆえ、あのような無様な終わりを我々は迎えてしまった。
が、今、こうしてウラガスミ殿という知勇兼ね備えた若武者の戦が始まっている。
カゲユよ。
我々も微力ながら、魔王様の手足となり戦おうぞ!」
「もちろんでございます!」
ウラガスミたちは歓喜の声を上げ、喜びあった。
「ほら、見てよケンビシ。
あの大きな山の影になるから、この辺には立派な天然の森があるよ!」
巨大な山は広い稜線を持ち、その山裾には広大な森が広がっていた。
どうも、この森があったことが、ジュウたちの捜索をより困難なものにしていたらしい。
山は頂上に、未だ雪を残し、美しく青く輝いていた。
「ああ。
富士山だな」
「やだなぁケンビシ。
こんなところに富士山なんてあるわけ無いじゃない。
大体、富士山はもっとスマートだよ」
おや、と勝之信も振り返り。
「ワシも富士だと思っていたが、違うのかな?」
「ウラガスミ。
ここは一度滅んで再生した日本なんだよ。
内海は琵琶湖、北陸方面が水没して汽水湖になってるがな。
マイラは大体北関東から中国地方の一部辺りに広がる国な訳だ」
ウラガスミは、ええっー、と考え、スママで地図を見た。
確かに目の前にある山が富士だとすると、内海の位置は琵琶湖の辺りではあり、猫獣人デューン族の国の辺は富山と言うことになる。
乙姫様と竜宮は海底の国だったが、確か南の人間が、仲間を襲う、と言っていて、そこは四国と言われれば、かなり水没した感じだが位置はそれであり、マイラの南の、未だ門が閉ざされた国は山口や岡山辺りにも見える。
「え、じゃあ僕が破壊する世界って?」
目を丸くしているウラガスミに、やはり勘違いをしていたな、とケンビシは苦笑いし。
「まー西には中国ヨーロッパ、東の果にはアメリカがあるってことさ」
ウラガスミは卒倒しそうになる。
「待ってよ!
そんなの五年十年で終わるわけ無いじゃん!」
「ウラガスミ」
マリンが教える。
「ちゃんと召喚された日にも、もし望むならもっと前にも戻れるから平気だよ。
体が大人になる、とか気にしてるならこの世界で若返って帰ればいいし、君の経験値や得た能力は消えないから、楽しみにしてるといいよ。
だから頑張って早く世界を破壊しようね」
ウラガスミは天を仰いで、
「見たいアニメも読みたい漫画も、ずっと我慢してたのに、まだ十年もこれ、続くの!」
ケンビシと勇者たちは口々に魔王を慰めた。
全軍の配備を終えたウエンツ大統領は、しかし、やや青ざめていた。
今まで彼の心には、常に神ユリエルが語りかけてきていた。
だからこそウエンツは決して間違うことなく国政を鮮やかにこなしてこれたのだ。
が、不意に神の声は消えてしまった。
どういう事だ…。
不安に苛まれるウエンツに、神の声と同じように、魔王ウラガスミの声が聞こえてきた。
「あー、ウエンツ大統領。
聞こえてますか?」
(聞こえている。
何故、私の頭に神ではなく、君の声がかかるのかね?)
「今まで大統領に届いていた声は、ある魔法使いの悪意ある目論見だったんですよ。
魔法使いは、僕らが滅ぼしました。
これからは、神ではなくあなたをサポートする人工知能マリンの声が届くはずです。
マリンに従っていれば、あなたは今まで以上に正しい国家運営ができるはずですよ」
(おいおい。
戦場で向かい合ってる君の言葉を信じろ、というのかね?)
「しかしウエンツ大統領。
声がないまま、戦争ができますか?
マイラに蹂躙された後で声に従ったところで、カノンは大幅な譲歩を余儀なくされるだけではなく、今まで以上に多くの国がカノンから離反することでしょう」
ウエンツには、確かに戦争など判らなかった。
声に従って動いていたため、ウエンツには頼れる軍事顧問も参謀もいない。
軍の配備は終わったものの、そこからどう動かせば勝てるのか、素人のウエンツには判断はつかない。
そして対するマイラは、短期間で軍事力で領土を拡大してきた、歴戦の勇者たちであり、戦闘経験において、カノンは大きく劣っていた。
(では、どうすればいいというのかね?
もはや両軍は戦場の中で睨み合っているのだぞ)
「問題ありませんよ。
優秀な指導者であるウエンツ大統領は、軍を展開しながらも両面外交をそつなく続けてきた。
そして、戦いの秒読みが進む中、水面下の交渉が成功し、晴れてカノンとマイラは従来通りの友好国に戻り、戦争は回避された、と発表すれば、ウエンツ大統領を称える人こそあれ、貶める方などいるわけがありません」
ウエンツはため息を漏らし、
(事はそう単純ではないのだよ、ウラガスミ君。
カノンには利権を守りたい貴族たちがいるのだから)
「よろしければ、貴族さんたちには、僕の方で精神介入でコントロールできると思います。
これは今までは大統領の神の声を演じていた男のしていたのと同じものなので、特に目新しいことではありません。
マイラは、カノンを滅ぼそうなどとは思っていないんですよ」
(しかし、戦わなければ、カノンは痩せていく一方ではないかね?)
「ウエンツ大統領。
前にお話した通り、僕は貴族は反対です。
ただしカノンの文化は偉大で尊いものだと信じています。
そして思い出して頂きたいのは、魔王は世界を破壊したら、元の世界に帰る、ということです。
その時、世界を託すべきリーダーは若輩のリット王子やアビ皇子よりも、経験豊かなウエンツ大統領のような方だと僕は考えいます。
つまりカノンは痩せるのではなく、貴族制を排除しながらも、緩やかに混ざっていくもの、と期待しながら考えているのです。
僕らの世界にはEUと呼ばれる世界連合があります。
ウエンツ大統領はカノンを超えて、カノン、マイラ共同体の代表になってもらえないか、と考えているのです」
ウエンツは、ふむ、と考えた。
(だが、君の言うカノン、マイラ共同体などが出来るのはずいぶん先になるのだろう?)
「真に動き出すのは先として、この戦争中止の協議の中で、その言葉は未来の指標としてではありますが、現実の言葉にすることは可能、と考えます」
なるほど…。
確かに、今、マイラには力があるが、魔王がいつかいなくなるのであれば、マイラの優位は永遠のものではない。
その前に形だけでも共同体、の長の地位を持っておくのは、なかなか上手い指し手ではあるかもしれなかった。
(それは考えてみてもいいな、ウラガスミ君。
それでマリンと言うのは、どういう人物なのかね?)
「人物ではなく、コンピューター上の人格、つまり僕の世界の言葉ではAIと言います。
カノンのカテドラルにマリンを移設すれば、その瞬間からウエンツ大統領はマリンのサポートが受けられますよ。
人間のような利害はありませんから、ウエンツ大統領の意思に沿って最善の方向を示す事ができます」
カテドラルの脳たちが人格を持つ訳か。
(ひとまず、試すだけ試させてもらおうか。
ウラガスミ君、戦争はそれまでしばらく中止だ)
カノン軍とマイラ軍は、動きを止めた。




