毛ガニさんが転んだ
肘から腕を前に出して、石の上を滑る感じで一歩前進。
腕と太股の筋肉で、僕は前に出る。
目の前には、青いケフムの男と、その斜め後ろに緑のケフムの男。
この二人の奥に、赤いケフムのアシムが、まだデバイスに向かって、怒りを圧し殺したように何か囁いている。
緑のケフムはマジックキャスト、と僕が勝手に決めていたので、僕は、どっちかと言うと、青いケフムよりに進んで行った。
しかし、青いケフムの男は、近くで見ると、ずいぶんスネ毛が濃い。
こっちの世界のズボンは、ちょうど膝が隠れるぐらいの裾が多いので、余計にそういうのが、よく分かる。
脱毛とか、しないのかな…、と、ちょっと気になってしまった。
その、毛だらけの足が、だんだん近づいてくる。
アシムどの距離は、正直、まだ自信がもてない。
なにしろ、一回失敗したら、たぶんアシムが気づいてしまうから、一発勝負だ。
そう考えると、どうしても確実、と思えるところまで近寄りたい。
ところが、それを、この毛ガニみたいな足の男が邪魔をするのだ。
たぶん、もう一歩前進すると、毛ガニの動きかた次第では、踏んづけられるかもしれない。
いくら、潜入をかけていても、さすがにバレるだろう。
そこで、僕は、匍匐前進をやめて、じっと状況を見守った。
今、アシムはデバイスに喋っているが、話が終われば、周りの部下に指示を出したりするハズだ。
そのとき、もしかすると、一歩二歩、奴は、僕に接近するかもしれない。
たぶん、今の状況では、それが考えうる一番近い距離になるハズだった。
アシムがデバイスに怒鳴った。
「くそっ!
リヒャード坊っちゃんときたら、現場のことは何も判ってねぇ!」
物凄い形相のアシムは、こっちを振り向いた。
「おい、ターク!
お前は西門の守りだってよ、急げ!」
毛ガニが、はいっ! と叫び、そして、毛ガニは僕を踏みつけた!