宿ハヌマ-ン
僕は油坂(あのバーのある、細い通りの名だ)を出て、宿屋ハヌマーンに入った。
一階は食堂も兼業していて、ギルド隣の食堂と違い、お酒も出すようだ。
フロントの年代物の木のカウンターにデバイスを近づけると、
「ああ、昨日からお泊まりのウラガスミ様ですね」
と、優しそうなお姉さんがニッコリ笑った。
215のキーを受け取って、僕は2階に上がった。
コフィとトムトムの話は、まだ半信半疑だ。
僕が、無理やり21世紀から、この世界に連れて来られ、嘘の記憶を植え付けられたとするならば、僕の他にも同じ境遇の人がいなければならない。
が、記憶喪失の僕は、そう言う人に会った記憶も無いし、コフィの言うように今日この世界に強引に連れてこられたとするならば、これからにはなるが会わなければおかしい。
それに…。
キャンパさんの話が本当なら、僕は合法的に、現在のアクユアーン辺境の国マイラに来、また、殆どタイムラグの無い時間に帰れるのだと言う。
そして、その間は戦いと魔法を学ぶことになるが、21世紀の日本に帰ったとき、僕は、一晩寝ただけで相当なレベルアップをしたことになっており、ついでに魔法の力も持てるので、後の人生を、どう生きるにせよ、バラ色の未来が待っている、のだという。
それに対してコフィの話だと、21世紀には、おそらく帰れず、終わらない戦いの中で朽ち果てるしかない。だから、コフィたちに手を貸し、この国に革命をもたらさなければならない、のだという。
正直、なぜ21世紀人の僕が、コフィの革命を手伝うのか、と問われれば、より最悪な未来を回避するため、と、いうしかない。
僕にしてみれば、1、2年で日本に帰れて、しかも一晩寝て起きたら、凄くレベルアップしている、未来の方が楽しいに決まっていた。
しかしー。
一番の問題は、僕が記憶喪失のため、何が真実なのか判らないことだ。
最低、イフの町か、if の町なのか、パントンやクローラーは実在しているのか、いないのか、だけでも判らないことには、2つの話の真偽は確かめられない。
だから僕は、そうコフィに言ったのだが、500キロ先、というのは歩いて町に日帰りできるような距離ではない。
今はレベルを上げ、何日か夜営が出来るようにならなければいけない、という。
だから、さしわたっての僕の日々は、戦うこと、らしい。
ハヌマーンはギルドで借りてくれた宿だし、21世紀人が油坂界隈で暮らすのは無理なので、僕はハヌマーン215号室から、毎日、戦いに出ることになりそうだ。
コフィたちとは、翌日の朝、トゥーム川のほとりで会うことになっていた。
コフィ曰く、この世界に来たその日に、コフィたちと仲間になる、というのは、いかにも不自然で、連中に怪しまれる。
だからトゥーム川のほとりで落ち合うのがいい、という。
僕は、この世界の事を何一つ知らないのだから、一も二も無かった。
215号室の扉を開けると、入ってすぐに簡素な衣装ダンスがあり、すぐバストイレがあって、その先にベッドと、小さな机があるだけの部屋だった。
ベッドの上に黒いカバンが置かれてい、中には着替えや日用品が入っていた。
その使い方や記憶は、触った途端、思い出す。
やっぱり、懐かしいイフの街は、現実にあった、としか思えない。
が、ともかく…。
僕はシャワーを浴びることにした。




